元凶をつるし上げたいですが、まずは娘をかわいがるのが先ですわね
ギデオン様宛の手紙は、恥ずかしいことですが二度書き直しいたしました。
冷静に文章を書いていたつもりだったのに、読み返してみましたら、ものすごい怒りの手紙になっていましたの。未熟で恥ずかしいですわ。フィリップ殿下から婚約破棄を突きつけられた時にはなんにも感じませんでしたのに、アディの置かれた環境を思うと、怒りがどうしても抑えられなかったんですの。ギデオン様と相対する前に怒りを鎮めておかなければ、本当に怒鳴り散らしそうですわ。
とにかく冷静にアディの置かれた状況を告げ、今までケリーやジョセフから相談されていたはずですが、なぜ対処なさらなかったのかということを問い質し、家庭のことなのでわたくしが全権を委任されたということで処断させていただく旨を書き上げると、どうにか読める書簡となっておりましたので、ジョセフに王宮まで運ばせることにいたしました。
本来家令であるジョセフがやる仕事ではございませんが、もう確実に本人に届けて帰宅を促していただこうかと思いまして。ええ、お説教ですわ。
でも、腹の立つことに、ギデオン様はお戻りになりません。「帰れるように調整する」という書簡のみ届きましたが、それだけですわ。こうやって、いつもアディのことを先送りにしていたのでしょうね。そして、屋敷の者が王宮に向かうわけにはいかず、そのまま放置されてきたと。
「まぁ……まぁまぁまぁ! そうなのですね。まぁ、言いたいことはわかりますわ」
わかりますが、受け入れられるかどうかは別問題ですわね。
わたくしもおりましたから、王宮が歪んでいることは存じております。あそこでは、〝使える駒〟はそれこそすり減ってもなお使い続けるほどに酷使するところです。上を支えるために、下が使いつぶされる。あそこから逃げることは容易ではございません。
でも、離れたからこそわかることもあるのですわ。あそこから切り離されたからこそ、わたくしにもようやく理解できました。
受け入れては、いけないのです。自分の限界を超えて、際限なく仕事を受け入れても、誰もどうにもしてくれはしません。ただ、壊れたら捨てられるだけ。たまたまわたくしは壊れる前に逃げ出せたけれど、あのまま王子妃や王太子妃、ひいては王妃になってしまったら、国という重責に押しつぶされ、死んだ後も蔑まれたでしょうね。
ギデオン様はお疲れのようでした。疲れは判断力を低下させますわ。あんなに可愛い娘を放置して当たり前の顔をするほど鬼畜なら、もうそのまま王宮で消えるのを待てばいいけれど、そうでないとしたら。いえ、そうではないと思いたいですわ。
「ジョセフ、もう一通お手紙を手配していただきたいの」
仕方がないので、わたくしアークベリー公爵にお手紙を書きました。宰相室が忙しすぎて旦那様が帰ってこれないので、少し業務見直しができないか間に入ってほしいとの歎願文ですわ。これもまたエインズワース公爵家のため。お仕事に押しつぶされそうなギデオン様やエインズワース家を尊重するための行動です。
お手紙を出し終えたわたくしは、アディと食事を取ります。
「リディ、お、いしいね」
「ええ、おいしいですわね。エインズワースの料理人は優秀ですわ。このお肉はね、仔牛のお肉を赤ワインで煮込んだものなんですって。わたくし、料理はしたことがないから、どう作るかわからないわ。アディはこの味は好きかしら?」
その日のメインディッシュは仔牛肉をワインでじっくりと煮た料理でした。ほろりと崩れるほどやわらかく煮たそれは、まだたくさん食べれないアディのために作られたものです。
「んー、ちょっとすっぱい」
「そうね、ワインは酸味がありますから。この味はトマトも入っているのかしら。でも、深みがありますわね」
「リディは、すき?」
「ええ、おいしいもの。不思議ね、わたくし、今までたくさんワイン煮を食べてきたのに、こんなにおいしいって思ったことはなかったの。やっぱりアディと食べているからかしら。ひとりはつまらなかったのよ」
アディとエルマを引き離したあの日から、わたくしを始めとして、屋敷の者はアディのことを最優先として動きました。
まず本来あるべき環境を整えます。側付きの侍女を四人付け、身の回りのことは彼女たちにお任せしつつ、わたくしもまたアディの側に付きました。言葉や所作の覚えなおしはきついと思われますので、わたくしと触れ合う名目で正してまいりますわ。一気にすべてを覚えるなどさせません。文字や勉強は後から取り戻すことは可能ですから、まずは高位貴族として恥ずかしくない姿を整えなくては。
必然的に、アディはほぼずっとわたくしの側におります。エルマとわたくしが入れ替わっただけなような気もしてちょっと複雑な気持ちになりますが、アディの心のケアも大事ですから、今はただ寄り添うのみですわ。
……本当は、わたくしが手放せないのは、悔しいけれど認めますわ。エルマを反面教師として、わたくし以外との交流は大いに行いますけれど。
「あた……わ、わた、し、わたしは、こうやって、おはなししてたべるの、おいしい」
「そうね、おいしいですわね。そうですわ、あとでこのお肉がどこで育ったのか図書室に調べに行きませんこと? 牛肉の産地で有名なのはシーク領と、ジェンスール領ですわ。地図で見ますとね、全然別な土地なんですけれど、どちらも標高がわりと高めな場所ですの」
「ひょうこう」
「土地の高さですわ。平地より山の方が大地の位置は高く、お日様に近いですわよね」
「おひさまが、だいじなのかなぁ」
「お日様の光はあったかいですものね。またひなたぼっこしましょうね。わたくし、このお家に来て初めて行いましたけど、とても幸せな時間ですわ」
「わ、たしも、すき」
「おなじですわね。お揃いですわ」
わたくしとアディは、同じ寝台で寝起きし、共に食事をとり、わたくしが執務をする横でアディは侍女たちと遊び、陽の光を浴びつつ外でお茶をし、疲れたらお昼寝をして過ごしました。
少しずつアディが落ち着いて人と接せるようになってきたのが感じられたので、一歩踏み出してごっこ遊びの一環としてわたくしの所作の真似をさせます。焦ってはダメ。楽しくなければ。だって間違えるたびに鞭で手のひらを打たれるなんてごめんですもの。
アディの気持ちがほぐれてくるのと同じくらい、わたくしの凍えた感情もほぐれてきたのか、楽しい気持ちでいっぱいになることが多いです。
「アディは、わたくしのお日様ね」
ああ、真実の愛って、こういう気持ちなのかしら。
その人といると楽しくて、背中に羽が生えたように心が軽い。アディが笑ってくれると温かい気持ちになって、わたくしまで笑顔になってしまう。
わたくしはフィリップ殿下のことを思いました。殿下は真実の愛の方の側は安らげるのだとおっしゃっていました。安らぎ。それはまさに今のわたくしの気持ちなのでは。一月ほどしか経っていないのに、わたくし、アディの側を離れたくありません。
そんな真実の愛の方を奪われた殿下。あのとき、わたくしがあの方の助命に走っていたら、殿下は愛を手放さずにいられた? この気持ちを、大切な相手を失くした殿下は、いまどうされているのかしら。
そこまで考えてぞっといたしました。わたくしは──わたくしは、どうしたら。
「リディ?」
「ああ……いえ、大丈夫ですわ。なにもありませんの」
なんだか、胸が痛い。
◇
ギデオン様が王宮から帰ってきたのは、手紙を渡してから二か月ほど後のこと。それでもなかなかないことだと、ジョセフは言います。
「お久しぶりでございます、ギデオン様」
先ぶれを受けてアディと玄関で待っていたわたくしは、丁寧に礼をいたしました。横に並んだアディも、見よう見まねで頭を下げました。ごっこ遊びが活きてきていて、最近はこうやって少しずつ貴族令嬢としての所作を身に付けつつありますのよ。
「ああ……」
結婚式以来ですが、なんだか本当にやつれてますわね。ちゃんと睡眠や栄養が摂れていないのかもしれません。
「…………あ」
ギデオン様はわたくしに挨拶をしようとして、わたくしの隣に立つアディに気づいたようです。ぎゅん、と視線が吸い寄せられるようにアディに向かい、そのまま無言で見つめています。
一方でアディは見られることに恥ずかしさを感じたのか、そっとわたくしにすり寄り、スカートに半ば埋もれるような位置に移動しました。つないだ手にきゅっと力が入るのを感じて、わたくしはそっと身をかがめます。
「アディ、お父様ですわ。おかえりなさいが言えまして?」
「…………あ、ぅ」
ほぼ顔を合わせることなった父親の登場に、アディは言葉を見失ってしまったみたいですわね。怖くなったのか、わたくしのスカートに顔までうずめてしまいました。
「ちゃんと礼を取れて、後ろに逃げずに頑張れて偉かったわね、アディ。とてもがんばりましたわ」
わたくしとの初対面の時には、エルマの後ろに隠れて出てこなかったアディ。挨拶を口に出せずとも、顔を合わせられただけで十分頑張りましたわよね。
そっとつないでいないほうの手で頭をなでると、アディはぎゅっと抱き着いてきました。そうね、お出迎えに来れただけでもう十分頑張っているものね。
「ギデオン様」
「あ……そ、その子は……」
アディから視線をギデオン様に戻すと、似たような表情で固まっているのが見えました。親子ですわね。逃げなくて偉いと褒めるべきかしら? いえ、アディの方が頑張っているからギデオン様はまだまだですわ。
「おわかりになりますか?」
「アデライン……なのか?」
自信がなさそうに名前を呼び、ギデオン様はじっとわたくしのスカートに埋もれるアディを見つめ続けています。あの、瞬きくらいなさったら?
「いや、アデラインはもっと小さかったはず……?」
「いつのお話ですの?」
「え、いや……あれ、今いくつなのか」
わたくしは微笑みました。一部の隙もない、完璧な笑み。口角の角度まで練習いたしましたから、もはや染み付いていますわ。
「いくつだと思われますか? ちなみに今年は神歴一四八九年ですわね」
「……七つ、なのか。もう……」
ギデオン様の中のアディは、いったいいくつで止まっているのかしらね。本当に、腹が立ちますわ。
でも、今はギデオン様のことはどうでもよろしいですわ。固まったギデオン様よりも、縮こまったアディを抱きしめるほうが大切です。
「アディ、お出迎えをよく頑張りましたわね。わたくしと一緒にお部屋に戻りましょう? お父様はジョセフたちとお話がございますしね」
「……リディ、うん……いく」
「わたくしに、頑張ったアディを抱きしめる権利をいただけませんこと? さぁ、参りましょう? あぁ、ギデオン様、夜に改めて、また」
ギデオン様のことはジョセフにお任せして、まずはアディを労わりましょう。
ヒーローいらんやんっていう。




