②擬態する私の人生
環境の影響もあり、私は小さな頃から「自分の気持ちを封じ込める」癖ができてしまっていました。
自分の心を押し殺す事が、自分なりに考えたその時期を生き延びる手段だったのだと思います。学校でも、自分のままでは浮いてしまう気がして、本来の自分とは違う"誰か"を演じるような日々でした。周囲に溶け込もうと、自分なりに必死で頑張っていた…。けれど、どうしても何が違う…。当時は言葉にできなかったけれど「自分はみんなとどこか根本的に違う」という感覚が常にあって、その違和感に長い間苦しんでいました。
そして十数年も経った後、ようやく自分が発達障害であることを知りました。けれど、それが分かったからといって何か救いになった訳ではありません。もうその頃には、自分を隠し、他人に合わせて擬態する行為が自分に染み付いてしまっていて。人と会えば、「その人に合わせた誰か」になってしまうのが日常でした。
何十年もの間、本来の自分を無意識的に隠し続けてきた私は、ようやく自分でそのことに気付いた時には「今、自分が何を思い、何を感じているのか」という“感情そのもの"が分からなくなっていました。
感情を感じられない状態になると、嫌なことをされても、その場では何も感じる事が出来ず、むしろ笑顔でやり過ごしてしまう。でも数日たってから突然胸がくるしくなったり、心が締め付けられたりする。そんな「感情の時差反応」のようなものに襲われていました。
その場で何が嫌だったか分からないから、相手に自分の気持ちを伝えることも出来ない。そうして自己表現ができないまま我慢を重ねることで、私は周囲に過剰な適応をしようとしていました。




