この街の門番、どう考えても強すぎる
息抜きに作ったものです。あまり深く考えずに読んでいただけたら嬉しいです。
その街の門番は、二人いた。
古びた鎧に身を包み、年季の入った槍を手に、門の左右に立っている。
片方は少しだけ体格のいい黒髪の男。
もう片方は、村人の中に紛れれば二度と見分けがつかないような、平凡な顔の男だった。
鎧はくすみ、槍も決して名のある武具ではない。
旅人は素通りし、商人は軽く会釈をするだけ。
どこにでもいる、ごく普通の門番⸻
そのはずだった。
だが、この街には妙な噂がある。
“この街だけ、十年近く魔物被害が出ていない“
理由は、誰も知らない。
黒髪の門番Aが槍に体重を預け、ぼそりと呟いた。
「……しかし、この街は本当に静かだな」
視線の先では、商人の馬車がゆっくりと通り過ぎ、子供たちが門の近くで遊んでいる。
それを眺めながら、平凡な顔の門番Bは少しだけ目を細めた。
「平和っていうのも、大事な日常のひとつですよ」
「そういうものか」
門番Aは短く返し、再び槍に体重を預ける。
(……やけに実感がこもってるな。元冒険者か、傭兵あたりか?)
横顔を盗み見るが、相変わらず特徴のない、どこにでもいそうな顔だ。
だが、その言葉には妙な説得力があった。
「毎日、何も起きないってことは」
門番Bは続ける。
「誰かが、無理をしなくていいってことですから」
「……ふうん」
門番Aはそれ以上深く突っ込まず、視線を前に戻した。
⸻そのときだった。
空気が、わずかに震えた。
門番Aが空を見上げる。
「……来るな」
雲の切れ間から、巨大な影が姿を現す。
黒褐色の翼。鋭い爪。うねる長い首。
ドラゴンだ。
街へ向かって、ゆっくりと高度を下げている。
「このまま入られると……被害が出ますね」
門番Bはそう言いながら、槍を握り直した。
表情は落ち着いている。困ったように、少しだけ眉を下げる程度だ。
「まだ距離あるぞ」
「ええ。でも……十分届きます」
「そうか」
門番Aは、それ以上何も言わなかった。
次の瞬間。
門番Bは、助走もつけずに槍を投げた。
ゴウッ⸻!!
空気が裂ける音がした。
投擲された槍は勢いを失うことなく、一直線に空を貫く。
ドラゴンの視界に、突如として“死”が迫った。
『――ッ!?』
咄嗟に身をひねる。
槍は首のすぐ脇をかすめ、鱗に触れた。
ぱら……ぱらぱら……
自慢の硬質な鱗が、紙屑のように崩れ落ちる。
(い、一体なにが……!?)
心臓が跳ね上がる。
冷や汗が止まらない。
そのとき、下から声が届いた。
「ドラゴン、聞こえるか」
門番Aだった。
城門の前で、槍も構えず、ただ空を見上げている。
「今のは警告だ」
淡々と、事務的に。
「これ以上この街に入るなら……対策せざるを得ない」
⸻その言葉の重さを、ドラゴンは本能で理解した。
『……り、了解しました!』
翼をばたつかせ、何度も頷く。
『すぐ退きます……!もう来ませんから……!』
そう言い残し、ドラゴンは半泣きで進路を変え、全速力で逃げ去った
静寂が戻る。
門番Bは槍の残った柄を見て、少し首を傾げた。
「……鱗、思ったより脆かったですね」
「そういうもんか」
門番Aは特に気にした様子もなく、門へ視線を戻す。
「まあ、入らなかったならいいだろ」
「ですね。平和が一番です」
二人は何事もなかったかのように、元の位置へ戻った。
◇
翌日。
朝の街道に、異様な緊張感が走っていた。
重装の戦士。
老魔導士。
精霊契約の弓使い。
聖印を刻んだ聖騎士。
⸻間違いなく、S級パーティだった。
「……本当に、ここなのか?」
「間違いない」
魔導士が低く答える。
「昨夜、ドラゴンの魔力反応が……この街の直上で、突然“消えた”」
「討伐報告も、被害もない」
「……おかしい。S級ドラゴンだぞ」
四人は街門の前で足を止めた。
そこに立っていたのは、古びた鎧に槍を持った門番が二人。
⸻どう見ても、モブ。
「……おはようございます」
門番Bが、穏やかに挨拶した。
その瞬間。
魔導士の背筋に、ぞわりと寒気が走る。
(……魔力反応が……読めない?)
いや、読めないのではない……できないのだ。
「昨夜、この街の上空にドラゴンは?」
「ええ。いましたね」
過去形。あまりにも軽い。
「……討伐は?」
「いえ」
黒髪の門番Aが答えた。
「入られたら困るので、帰ってもらった」
沈黙。
「……帰って……?」
「どうやって?」
門番Aは首を傾げる。
「警告しただけだが」
魔導士は理解した。
⸻基準が、違う。
「……以前は、冒険者で?」
「いや。今は門番だ」
「平和こそが、大事な日常のひとつですから」
その言葉に。
S級パーティは確信した。
(……この二人は、触れてはならない”存在”だ)
危機感を覚えた四人は深々と頭を下げ、早足で去った。
門の前では、二人の門番がいつも通り立っている。
「今日は、静かですね」
「そういう日もある」
……実は。
この街の門番二人の正体は、かつて世界を終わらせかけた魔王と、世界を救った勇者が、今世の人間に転生した姿である。
その事実は、世界どころか⸻二人の門番自身すら、まだ知らない。




