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待ち合わせ場所で、考える

 そろそろ夜に差し掛かる時間。

 ティータイムには遅く、食後の一杯には早い。

 そんな時間だけど、この喫茶店の賑わいはまだまだ静まらない。

 みんな、思い思いにスイーツとお喋りを楽しんでいる。

 華やいだ空気だ。その中にあって、俺は少し浮かない気分。

「まだかな……」

 時計を見て、ふとぼやく。

 心の中で、と思って気付く。

 やべぇ、いま俺、声に出してた。小声だったようで、周りの誰もこちらを見ていない。みんな、パフェやらケーキやらに超夢中。セーフ。

 いや、セーフか?

 三十路を過ぎたおじさんが、ちょっと切ないでしょ。独り言なんてさ。そうでもない? そう? ありがとう。

 と、一人で勝手に自問自答する。

 脳内でこんな会話を繰り広げとかないと、ちょっと落ち着かない。

 ほらまた。

「…………」

 無意識にスマホを覗いて、新着メッセが来てないかチェックなんかしちゃってる。

 さっきもしたでしょうが。学べ、俺。

 そんなね、一分かそこらで状況は変わったりしないのよ。

(でも)

 気になるもんは気になる。

 ね。わかる。うん、わかるよ。

 今の俺は、絶賛待ち合わせ中。

 仕事帰りのあの子を待っている。

 俺は定時で上がれたけれど、あの子から「残業がある」とメッセが来た。

 本当は迎えに行く予定だったところを「申し訳ないから」とこの店を待ち合わせ場所に再設定された。

(残業なら、仕方ない。あの辺、喫茶店とか無いしね)

 ここが指定になるのはわかる。

 わかるんだけど。

(迎えに行きたかったな~~~~)

 というのが、俺の本音。

 珈琲カップの取っ手を無意味にいじりながら、つい、悶々と考えに耽ってしまう。

 ……俺に迎えに来られたくないから、ここを待ち合わせにしたんじゃないか。

 とか。

 じゃあ何で迎えに来て欲しくないんだ? とか。

 もしかして、誰かもっといい人が出来たんじゃ……とか。

 邪推。

 それ以外の何物でもない。

 あー、やだやだ。余裕が無い年上彼氏なんて、何の魅力も無いんじゃないの?

 未だにこんなことで後ろ向きに考えちゃうなんてさ。

 おっかしいなあ。俺、三十路を超える頃には、もっと余裕のある大人になってる予定だったのに。嫉妬も、邪推もしない、寛容な人間に。

 かっこわりぃ。

 とりあえず、珈琲をひと口飲んで頭と心を落ち着かせる。

 よし。

 別のことを考えよう。

 余裕のない大人でも、それを自分自身で解決出来れば問題無い。

 この前のおでかけのこととか、思い出してみる。

 ……可愛かったな。

 俺と繋いだ手を見てにこにこしてるから「また見てる」ってからかえば、「何度でも噛みしめたい倖せなんです」って笑ってくれた。

 そう、「私、ずっと嘉助さんとこうして手を繋ぎたいって思っていたから。この感動を忘れたくなくて」という、いつもの言葉と共に。

 嬉しいよな。自分と一緒に居ることを、心から倖せそうにしてくれる人が居るってのは。

 ……まあそのあと、赤信号に気付かず道路を渡ろうとして焦ったんだけど。

 あの子には、そんなちょっと迂闊なところがある。

 この前も、段差に注意って張り紙を見ながら転びかけていたし。

 その前も……。

「あ」

 思わず、声が出た。

 今日、ここに来るまでの道で工事があった。工事現場を囲んで作られた迂回路は、狭い上に足元の凹凸が酷く、人とすれ違うだけでも難儀した。

(……大丈夫かな)

 急いで走って、転んだりしないだろうか。

 人とぶつかって、難癖を付けられたりしないか。

 気が気でなくなり、やはり迎えに行こうと顔を上げたときだった。

「お待たせしました……!」

「おひいさん」

「すみません、スマホの充電が切れてしまって」

 息を切らして走って来る彼女を見て、はあぁぁ、と我知らず大きな息が零れる。

「? どうされました?」

「いや」

 心配した、と言うのは、何となく憚られた。心配の前には、邪推もあったわけで。

 しかし彼女は小首を傾げると、ふふっと微笑んだ。

「心配をおかけしてごめんなさい」

 どうやら、お見通しだったようだ。

「でも、……ちょっと嬉しい」

 その笑顔の可愛らしさに、俺は「敵わないなあ」と苦笑する。

 そんないいもんじゃないよ、おじさんの心配なんてさ。

 ああだこうだ、おろおろするばっかりで、格好悪いもんだ。

 それでも。

「……無事で良かった」

 この一言は、言わせてね。狡いかも知れないけど。

「あら。大袈裟なんだから」

 私、もう子どもじゃないんですよ、と今度は少しむくれてみせる。

 ころころ変わる表情が愛おしい。そういう表情をすると、小さな頃のあなたを思い出す。あんなにちっちゃかったあの子が、こんなに素敵な女性になって(いや、俺もそのときは子どもだったけど)。感動。

「りんごのパフェ、頼まなかったんですね?」

「ああ、うん。……パフェは、二人で食べたかったから」

 同じものでも、違うものでも。

 美味しいものを美味しいねと言い合いたくて。

 俺の我儘に、彼女は、

「嬉しい」

 大輪の花の如くにっこり笑った。

「では、ご一緒しましょう」

「どれ頼もうか?」

 やっと、待ち望んだ二人の時間が始まる。


 END.


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