第8話「雷鳴の予兆」前編
朝靄の漂う森を、リオたちは静かに歩いていた。
瘴気を祓った北の村を出発して、数日。
彼らは次の目的地――帝都メルグランへと足を向けていた。
「帝都には“神の塔”があるの。雷の継承者に関する記録が残っているかもしれないわ」
ミラが歩きながら口を開く。
「雷、か……まだ姿を見せてない継承者だっけ?」
リオの問いに、ミラは小さく頷いた。
「七人の賢者のひとり。“雷光のサイフェル”の血を継ぐ者。攻撃性と速度に優れた戦闘特化の継承者よ」
「ふーん……なんか面白そうね」
エリナがニヤリと笑う。
「気が強くて、手が早いタイプなら、気が合いそう」
「また張り合うつもり?」
リオが苦笑する。
「別にいいじゃない。ちょっと手合わせするくらい」
「それで仲良くなれるなら……いいのかも」
ミラはくすっと笑って、前を向いた。
昼過ぎ、小さな村で休憩をとっていたリオたちは、少年からこんな話を聞く。
「……最近、山の方から雷の音がするんだ。雲ひとつない空なのに、だよ?」
「雷鳴……?」
ミラが表情を引き締める。
「それだけじゃない。夜になると、金色の毛をした大きな狼が、村の周りをうろついてるんだ」
少年は肩を震わせながら言った。
「光ってて……すっごく、怖い。でも、どこか寂しそうで……誰かを探してるみたいな目だった」
リオは仲間たちと視線を交わす。
「間違いない。雷の継承者の気配だ」
「うわ、マジで狼なの……?」
エリナが眉をひそめる。
「もしくは、獣に姿を変えているのかもしれない。力の制御が不安定な継承者は、時に本能に飲まれてしまうことがあるの」
ミラの言葉に、皆が頷いた。
「行ってみよう。雷が牙を剥く前に」
リオは剣の柄に手を添えて歩き出す。
森の奥へと踏み入ると、空気が一変した。
晴天にも関わらず、木々の間を漂う空気はビリビリと震えている。
雷鳴のような低い音が、地の底から響いてきた。
「来る……!」
ミラが警告するより早く、風が裂けた。
黄金に輝く光が走り、森の木々を縫うように疾走する――
「っ、あれが……!」
目の前に現れたのは、金色の雷を纏った巨大な狼だった。
全身の毛並みが静電気を帯びて逆立ち、足元を稲妻が這う。
その瞳は、まぎれもなく“人の意志”を宿していた。
「っ、紅盾!!」
エリナが咄嗟に炎の壁を作り出し、雷撃を受け止める。
雷と炎がぶつかり合い、轟音と閃光が森を揺らした。
「おいおい、これ本当に獣かよ!」
「違う……これは、“賢者の力”だ」
リオは確信を持って言った。
「話が通じる相手なら……!」
「っ、癒光障壁!」
リオの光が雷を包み込み、衝撃をやわらげる。
その隙を突いて、ミラが結界を張った。
「水縛結界! ……動きを封じる!」
だが、狼は身をひねり、霧の縄を焼き切った。
「こいつ……制御が効いてない!?」
エリナが歯を食いしばり、剣に炎を纏わせた。
「じゃあ、思いっきり一発入れて、目を覚まさせてやるッ!!」
「待って――!」
リオの声が届くと同時に、狼の動きが止まった。
彼は、剣を下ろしたリオをじっと見つめる。
そして次の瞬間――
狼の身体が光に包まれ、ゆっくりと変化していく。




