第6話「水の継承者、ミラ=セレスティア」
「……あなたを待っていたの」
夜風に乗って届く、静かな声。
月光を受けて光る白銀の髪。蒼い瞳がリオを真っ直ぐに見据えていた。
焚き火の灯りに浮かぶその姿は、人ではなく――まるで湖そのものが人の形を取ったかのようだった。
「君は……“水の賢者”の末裔?」
リオの問いに、少女は小さく頷いた。
「ミラ=セレスティア。私は水の継承者。そして、あなたと同じ使命を背負う者」
「リオ=ヴァルエル……癒しと再生の賢者の末裔だよ」
二人は互いに名を告げた。それだけで、なぜか深く通じ合った気がした。
「ここで君に会えるなんて、偶然……なのかな?」
「水はすべてを知っているわ。あなたがこの湖に立ち寄ることも、心の揺らぎも」
ミラはリオの隣に静かに腰を下ろした。
湖面に映る二人の影が、波紋と共にゆらりと揺れる。
「あなたは悩んでいた。癒しの力で戦えるのかどうか」
「……見ていたの?」
「私は“水の声”を聴けるから。水は、心の音も拾うの」
リオは思わず苦笑する。
「そんな自分が恥ずかしくなるよ……でも、たしかに僕は怖かった。癒す力じゃ、誰も守れないんじゃないかって」
「癒しの力は、戦う力。痛みを受け止めることも、希望を繋ぐこともできる」
ミラの声は、湖面のさざ波のように優しかった。
「あなたの光を、私は信じるわ」
リオの胸に、何か温かいものが広がった。
「……ありがとう」
そこへ――
「ちょっと待ったーッ!!」
エリナが湖をバシャバシャかき分けて駆け寄ってくる。
「なによその距離感! あんた、リオに色仕掛けでもしてんの!?」
ミラはゆっくりと振り返り、淡く微笑む。
「……ふふ、誤解ですよ。私はただ……あなたと彼に、会いに来ただけ」
「はあ!? いけしゃあしゃあと……!」
「あなたが火の継承者ですね。――思ったとおり、情熱的な人」
「なっ……そ、そんなこと……っ」
「でも安心して。私、あなたのこと……嫌いじゃありません」
「水はすべてを知っているから」
「なにそれズルくない!? 情報勝ちみたいな出方しないでよ、もう……!」
エリナは腕を組みながら、ミラを睨みつけるように見つめていた。
しかしミラは、まったく動じる様子もなく、微笑んだ。
「私はあなたのことも歓迎するわ。火と水、相反するように見えても……交われば、霧や虹が生まれるもの」
「……なんか、腹立つくらい正論ね」
「でも、悪意はないわ」
「知ってるけどムカつくのよっ!」
エリナがぷいっと顔をそむけると、ミラは小さく笑った。
「ふふ。面白い人たち。これなら、きっと……運命を変えられる」
その言葉に、焚き火の火が、ふっと大きく揺れた。
まるで、この出会いが新たな光を生んだと、祝福しているように。
翌朝。
「で……その服、どうにかならないの?」
エリナが目を丸くして言った。
ミラは湖の精霊のような衣のまま、寝起きの支度をしていた。
「これが正式な衣装だから。水の巫女として育てられたの」
「その格好で旅するの? 目立つわよ、いろんな意味で」
「じゃあ、あなたが選んでくれる?」
「えっ……わ、私が?」
「あなたの感性、面白そうだから」
ミラはさらっと言ってのけた。
「わ、わかったわよ。布くらい縫ってあげるし、ついでにもっとマトモな下着つけなさいよね!」
エリナは顔を赤くして口を閉じた。
「今のは別に見せるつもりなかったんだけど」
「見せてるのよッ!! ほらリオも何か言いなさいよ!」
「え!? ぼ、僕は……その、似合ってると思うけど……」
「うっ……! もうっ!」
エリナは顔を真っ赤にして荷物の整理に取りかかった。
ミラはそんな彼女を見ながら、ふっと微笑んだ。
「この旅、きっと楽しくなるわ」
その言葉に、リオもまた、小さく笑った。
「……うん。僕も、そう思う」
三人目の仲間。
彼女の加入は、旅に新しい色を与え、世界を少しだけ、明るく照らした。