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第4話「静寂の村に咲く呪い」

翌朝。宿の窓から差し込む朝日でリオは目を覚ました。


昨夜の疲れはまだ身体の奥に残っているが、不思議と心は軽かった。

旅立ちの不安よりも、今日がどんな一日になるのかという、わずかな期待のほうが勝っていた。


ベッドの向かいを見ると、エリナは既に目を覚まし、床に座って剣の手入れをしていた。


「おはよう」


リオが声をかけると、エリナは軽く顔を上げた。


「……やっと起きたの? あんた、意外と寝坊助?」


「そうでもないんだけど……たぶん、昨日の緊張が解けたんだと思う」


「まあ、今日からが本番よ」


エリナは最後の一拭きを終えた剣を鞘に戻し、立ち上がった。


「近くに小さな村があるの。補給も兼ねて、立ち寄ってみない?」


「うん、賛成。地図に載ってたかな?」


「名前すら載ってないような集落。でも、こういう場所こそ情報が眠ってたりするのよ」


準備を整えた二人は、朝のうちに宿を後にした。


村にたどり着いたのは、日が高くなり始めたころだった。

森を抜けた先にぽつんと広がる、十数軒ほどの家々――“セナの里”と呼ばれる小さな村だった。


「……なんだか静かすぎない?」


リオが眉をひそめる。


鳥のさえずりも風の音もする。しかし、村には人の気配がほとんどなかった。

農作業の様子も見えず、家の扉も固く閉ざされている。


「昼間だってのに、こんなに無人なんて変よ」


エリナは慎重に剣の柄に手を添えながら、足を進めた。


「こんにちはー、誰かいませんかー?」


リオが呼びかけるも、返事はない。代わりに、どこかの家の窓の隙間から、怯えたような視線が覗いていた。


「今、誰かいた……?」


「閉じこもってるのか、警戒してるのか……それとも、何かあったのか」


その時だった。


「あ、あの……」


背後から、小さな声がかかった。


振り返ると、10歳にも満たないくらいの少女が、草むらの陰からこちらを見ていた。


髪はぼさぼさで、顔は汚れている。それでも目はまっすぐにこちらを見据えていた。


「どうしたの? 君、一人で?」


「……お兄ちゃんたち、旅の人?」


「うん、そうだよ。困ってることがあるなら、話してくれないかな」


リオがしゃがみ込んで目線を合わせると、少女は少し口ごもりながらも話し始めた。


「この村ね……おかしくなっちゃったの。みんな、夜になると……変な声を聞いて、夢にうなされて、倒れちゃって」


「夢に……?」


「うん。夢の中で、黒いモヤみたいな“何か”に追いかけられるの。起きたときには、熱が出て……歩けなくなるの」


「それって、まさか……」


エリナがリオを見る。


「魔菌の兆候だわ」


「でも、こんな辺鄙な村にまで……?」


リオは焦燥感を覚えた。封印の崩壊が、予想以上に広範囲に及び始めているのかもしれない。


「他に話を聞かせてくれる人はいる?」


「……村長のおじいちゃん。まだ元気だから、案内するね」


少女は二人を案内して、村の一番奥にある、苔むした古い家へと連れて行った。


「旅の方々……よくぞ来てくださった……」


村長と呼ばれた老人は、やせ細った体で椅子に座っていた。


白髪を後ろで束ね、深い皺の刻まれた顔には、それでも気品のようなものが残っていた。


「村の異変……お聞きになったとおりです。最初は数人が夢にうなされているだけでした。ですが……日が経つごとに、増えていったのです」


「夢の内容は共通してますか?」


「皆、口を揃えて“黒い沼”に沈む夢だと……そして、そこに何か、目のようなものが浮いていると」


エリナは無言で唇を引き結び、リオも顔を曇らせた。


「魔菌は……人の精神を蝕む力を持っていると、古文書に記されていました」


「まさか、それが……もう目を覚まし始めていると?」


「可能性は高いです。けど、これ以上広がる前に、私たちが止めるしかない」


「そのために来たのだろう? 賢者の末裔よ」


村長は目を細め、静かに言った。


「……あなたには、見えるのですね」


「老い先短い身、多少の“目”は残っております」


リオは息を深く吸い込んだ。


「村長、この村を治める力……試させてください」


「……どうか、我らの未来を託します」


村の広場の中央に、倒れたまま動かない青年がいた。

顔は青ざめ、唇は乾ききっている。身体は小刻みに震え、何かを呟いていた。


「う……くろい……くろ……おそって……くる……」


「放っておいたら命が危ない」


リオは膝をつき、両手を青年の額と胸に重ねた。


「《浄化の祈り》」


淡い緑光がリオの掌から溢れ、青年の身体を包む。


だが――


「っ……!?」


リオの顔が苦痛に歪む。


癒しの力が、内部で“跳ね返された”のだ。

まるで、黒い瘴気が心の深部に根を張り、排除を拒んでいるかのように。


「リオ、大丈夫!?」


「……中に、います。魔菌の“残滓”が……この人の心に……」


「じゃあ、無理やり引き剥がすしかないわね」


「でも、そんなことをしたら、精神が……!」


そのとき、青年の身体が激しく震えた。


「――あああああッ!!」


黒い煙のようなモノが、口から噴き出したかと思うと、地面に蠢く影となって広がる。


「実体化した……!」


「リオ、下がって!」


エリナが一歩前に出て、剣を振るった。


「《火穿斬かせんざん!》」


剣から迸る赤い炎が、影の中心に命中し、焼き払う。

影は一瞬苦悶のような声をあげ、蒸発していった。


「……はぁ、はぁ……やった?」


「ええ。今のは魔菌の欠片に過ぎなかったはず。でも、あれが核を持っていたら……」


「本体が動き出すのも、時間の問題……か」


リオは青年を再び癒しの光で包み、今度はすんなりと浄化が進んだ。


「……助かった……夢が……消えた……」


青年は力なくそう呟いて、静かに眠りについた。


「これで、村にはしばらく平穏が戻るはず。でも……根本的な解決にはならないわ」


「うん。僕たちが止めないと、“封印”そのものが崩れ始めてる」


「行き先を変えましょう。これ以上、魔菌の侵食が進む前に……」


エリナはリオの横に立ち、視線を遠くに向けた。


「次の目的地は、“水の賢者”の末裔。ミラ=セレスティア。彼女の力が必要になる」


リオは静かに頷いた。


旅は、思っていたよりも過酷で。

だが同時に、誰かを救えるという“確かな意味”を帯び始めていた。

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