第35話「揺らぐ絆、叫ぶ意志」
轟音が木霊し、砕けた大地が黒煙を上げた。
《断罪者》の攻撃は、周囲の地形ごと空間を蝕む。まるでこの世界そのものが、拒絶されているかのように。
「バルド、ミラを連れて下がって!」
リオの叫び声が戦場に響く。
「だが、お前ひとりで──」
「援護はする! でも今は耐えるしかない!」
バルドはわずかに逡巡したが、傷を負ったミラを抱えて後退する。
「……リオ、無理はしないで」
ミラは弱々しくそう言い残し、バルドに支えられて霧の中へ消えていった。
その背を見送る間もなく、リオは正面の《断罪者》へと視線を戻す。
「再構成命令に従わぬ者に、存在の余地はない」
無機質な声が再び告げると、断罪者の背から黒い翼のようなエネルギーが展開され、空が歪む。
(空間転移の加速……!)
リオは即座に防御障壁を張るが、断罪者の一撃はそれを易々と貫いた。
「ぐっ……!」
氷盾が割れ、リオの体が後方へ弾き飛ばされる。転がった地面には、すでに癒しの陣すら残っていなかった。
──だが、そこへ炎が閃いた。
「焔閃撃ッ!!」
エリナの声と共に、一直線の火柱が断罪者の脇腹を撃つ。
しかし、その傷口すら瞬時に再生されていく。
「回復……再構成能力か!?」
エリナの額に汗が浮かぶ。
「やってもやっても……全部無にされる。私の攻撃も、リオの魔法も……」
──あらゆる力を否定する存在。
それが断罪者の本質だった。
「弱い」
断罪者の言葉が、無感情なまま空気を振るわせる。
「存在意義、確認不能。削除対象、継続」
その一言が、リオの心を強く抉った。
(……僕たちの旅が、意味のないものだと……言うのか)
握る杖に、力が籠る。
だが、次の瞬間──。
「リオォッ!!」
叫び声と共に、再び断罪者のエネルギー体が解き放たれる。
直撃──かと思われたその瞬間、炎が遮る。
エリナが、リオの前に立っていた。
「エリナ!? なぜ──!」
「黙って! あなたが倒れてはダメ!」
苦痛に顔を歪めながらも、彼女はリオに背を向けて立っていた。
その姿は、剣など持たずとも“守る者”としての決意を感じさせた。
「リオ……私はあんたの魔法に、何度も救われてきた」
「でも今は、私が盾になる番だ」
「だけど、エリナが倒れたら──!」
「大丈夫……信じてる。リオが、希望を見せてくれるって」
──その言葉に、リオの中で何かが弾けた。
(僕の力は、無力じゃない……!)
(誰かを癒し、守り、立たせる力だ──!)
「……ありがとう、エリナ」
リオは再び杖を構え、両手でその先端を掲げる。
「聖域展開・癒光陣《ルーメン=セラフィア》 ──!」
広がる癒しの陣。周囲の魔力が優しく脈打ち、バルドにも、ミラにも届く。
そしてその光は、断罪者にも干渉する。
「干渉波──認識。想定外のエネルギー──補正開始」
(効いてる……!)
癒しの魔法が、攻撃ではない“否定への否定”として働き始めていた。
「……もしかして、“癒し”はこの敵にとって相反する概念なんじゃ……?」
その刹那、リオの心に“光”が宿った。
眩しいほどの白が、瞳に焼きつく。
《継承者よ──その力を、思い出せ》
《癒しは、再生に非ず。存在の肯定なり》
リオの背に、幾重にも重なる紋章が浮かぶ。
それは聖なる賢者の証。
リオの魂と、魔力が共鳴する。
「僕は……諦めない。誰も失わせない──!」
聖光斬《ルクス=ヴェルティス》!
放たれた光刃が、断罪者の面へと走る。
仮面がわずかに裂け、断罪者が後ずさった。
「反応、確認……想定外。警戒レベル──上昇」
だが──その時、リオの膝が崩れる。
「っ……!」
体力が限界に近い。魔力も底を尽きかけていた。
「無理……なのか」
仲間の声が遠ざかる。視界が霞む。
(ここで、倒れるのか──)
その時──誰かの手が、リオの肩を支えた。
「まだ、終わってねぇだろ。立て、リオ」
その声は、確かに──
「君は……!?」
影が、断罪者とリオの間に立ちはだかった。
「最後まで見届けるって、決めてたからな。……ようやく、戻ってきたぜ」
リオの目に映るその背は、あの雷の獣のごとき威圧感と、かつてない穏やかさをまとったザイクだった。
──戦いは、まだ終わらない。




