第33話「虚無の目と断罪の声」
――それは、“視ていた”。
封賢の座の上空、宙に浮かぶ裂け目が、ゆっくりと形を変えていく。
まるでひとつの“眼”が、こちらを凝視するように。
その瞳は、怒りでも憎しみでもない。
ただ、圧倒的な“無関心”。
感情すらない“存在の意志”が、僕たちを見下ろしていた。
「なんだ、あれ……」
エリナが一歩、僕の前に立つ。
ミラは唇を噛みしめながら、魔力の奔流に備えていた。
バルドも剣を抜き、視線を一点に集中させる。
そして――“それ”が、言葉を紡いだ。
『継承、完了ヲ確認。空白ノ器、反応アリ』
それは音ではなく、脳内に直接流れ込んでくる感覚だった。
理性を削るような機械的な声に、僕は思わず頭を抱える。
「くっ……!」
『選択権、発動。統合ノ意志、承認マチ』
「……僕に、何をさせたい」
『世界ヲ“再構築”スル』
一同が驚愕に目を見開いた。
「再構築……だと?」
バルドの声が震える。
だが、“裂け目”の向こうからの声は続けてきた。
『現世界ノ法則ハ、収束不可能領域ニ達シタ。継承システム、維持困難。統合個体ヲ介シ、全機構ヲ再設定スル』
「まさか……世界を壊して、創り直すってこと!?」
ミラの叫びが虚空に吸い込まれていく。
僕は、ふるえる指で胸元を押さえた。
心臓が、何かを拒むように激しく鼓動していた。
「ふざけるな……!」
気づけば、僕は叫んでいた。
「この世界は……僕たちが生きてきた場所だ! 何が不完全だって!? 理が壊れた? だから何だよ……!」
“裂け目”の声が、わずかに反応したように静止する。
『感情反応、確認。非合理的拒絶。交渉、不可ト判定』
次の瞬間、空間が裂けた。
そこから現れたのは――黒き巨影。
人のような輪郭を持ちつつも、目も口もない、ただの“影”。
全身を黒い靄に覆われたそれは、まるでこの世の存在ではなかった。
断罪者――
それが、次元を越えて出現した、僕たちの敵だった。
⸻
地が唸り、空が歪む。
封賢の座が崩れ始め、周囲の石碑が砕け散る。
「まずい、このままじゃ……!」
エリナが火炎を纏って先制の斬撃を放つ。
ミラの水の魔法が防御結界を張り、バルドが前線に立つ。
「リオ、あんたは下がれ! あれ、普通じゃない!」
「いや、僕が……!」
僕が最も狙われていることは明らかだった。
空白の継承者である僕が、“鍵”なのだ。
「……わかった。けど、僕も戦う!」
僕は背中の杖を強く握る。
火、水、地、風、光、闇。
すべての魔力が、僕の中で輝きを放つ。
そして、対峙する“虚無の影”――
それは一歩、こちらに足を踏み出した。
『排除ヲ開始スル』
それが――世界に対する、最初の断罪だった。




