第32話「継承の終焉と始まりの器」
――光の奔流が、僕の意識をさらっていく。
炎、水、地、風、光、闇――六つの継承の力が、同時に僕の中で震えていた。それは痛みではない。けれど、魂の奥底を削られるような圧迫感に、僕は思わず膝をついた。
(これが……“空白”の力……?)
否、これは“全て”の力だ。
七つ目の継承は、他のすべてを鏡のように映す――《統合》の器。
遠くで、誰かが叫ぶ声が聞こえる。
エリナの鋭い声、ミラの悲鳴。
でも、僕はその声を認識しきれない。
心だけが、深い深い霧の中に落ちていった。
⸻
「……僕は、何者なんだ……?」
気づけば、僕はあの《虚無》の中にいた。
裂け目に似た、何もない世界――その中心に、ひとりの少年が立っていた。
それは――僕自身だった。
けれど、どこか異なる。
感情のない、鏡のような眼をした“もう一人の僕”が、まっすぐに僕を見つめていた。
「お前は、“継承者”ではない」
彼はそう言った。
「お前は、“器”だ」
「……器、だって?」
「全てを受け入れ、全てを映し、全てを――繋ぐ者」
炎のように熱く、水のように冷たく、風のように軽く、地のように重く、光のように尊く、闇のように深い。
全ての要素が、僕の中でせめぎ合う。
その中で、“空白”だけが、静かに中心を保っていた。
「お前が決めるのだ。“世界”の未来を」
「僕が……?」
「七人の継承者、それは七つの道。“空白”は、その全ての可能性を抱く最後の賢者。今、お前に選択が委ねられた」
「何を……選べと?」
鏡の“僕”は答えた。
「すべてを、繋ぐか――壊すか」
⸻
「……ッ!」
意識が戻ると、僕は大地に倒れていた。
仲間たちの顔が、歪んで視界に映る。
「リオ! 無事なの!?」
ミラの声が、震えていた。
僕は、微かに頷く。そして、ゆっくりと身を起こした。
「見たんだ。……空白の継承者の記憶を」
バルドが目を細めた。
「記憶……?」
「いや、きっとあれは“意志”だった」
僕は空を仰いだ。
“裂け目”は、まるで呼応するように、音もなく震えていた。
「空白の継承者は……すべてを拒まれた存在だった。だからこそ、“選ぶ”資格を得た。僕たちが……世界をどう導くかを」
エリナが拳を握る。
「世界を……導く?」
「この“継承”の力が集った今、最終的にどう使うかが問われている。“理を繋ぐ”のか、“新たな理で壊す”のか――」
ミラの表情に、不安が浮かぶ。
「……それって、リオが一人で決めなきゃいけないの?」
「違う」
僕は首を振った。
「これは、僕だけの決断じゃない。僕たちみんなが、この旅で出会い、感じてきたこと。そのすべてが、“空白”に宿ってる」
バルドが低く呟いた。
「空白は……空じゃない。“全てを映す鏡”か」
僕は一歩、封賢の座の中心へと歩み出る。
石碑が七つ、再び輝きを放った。
「ここが最後の試練になるかもしれない。でも、僕はこの旅で……皆と出会って、変われた。だから……僕は、“繋ぐ”選択を信じたい」
その時、玉座の背後――虚空が音を立てて揺れた。
“裂け目”が、ついに完全な開口を迎える。
⸻
そして、そこから――何かが、こちらを“視た”。




