第31話「封賢の座と消された継承者」
険しい山岳地帯を抜け、僕たちはついにたどり着いた。
伝承に語られる《封賢の座》――七人の賢者が集いし古の神殿跡。
そこは、大地に穿たれた巨大な窪地の中にひっそりと眠っていた。かつては賢者たちの叡智と力が交差し、未来を託す場だったというが、今はその面影をかろうじて残すのみ。崩れた柱、風化した紋章、そして中央にそびえる“空白の玉座”。
「ここが……すべての始まりと、終わりの場所……」
ミラが呟く。風が彼女の髪をさらい、静寂が辺りを支配する。
だがその静けさは、やがて音もなく崩れ始めた。
玉座の周囲に――七つの石碑が浮かび上がる。
一つは炎の紋章、もう一つは水。
続いて地、風、光、闇、そして――無。
「これって……今までの継承者の紋章?」
エリナの声に、僕はゆっくりと頷いた。
それぞれの継承地で僕たちが刻まれた印――それが今、呼応するかのように輝きを帯びている。
最後の一つ、“空白”と刻まれた石碑だけが――何も映さない。
無垢、無音、無名。
「……名前が、ない」
僕はそう呟いた瞬間、不意にあの声が脳裏に響いた。
「名は捨てた。存在すら、否定された」
辺りの空間がねじれ、再び“あの”黒衣の人物が姿を現す。
「再び来たな、継承の子らよ」
「あなたが……“空白”の継承者なんですね?」
僕の問いに、彼は静かに頷いた。
「否。“空白”は継承ではない。かつて継承の力を拒まれた者。“器”にもなれず、“破壊者”にもなれず……ただ、この座に縛られ続けた影」
その言葉に、僕の背筋が凍る。
「なら、あなたは……何者なんですか?」
黒衣の人物は一瞬黙し、そして口を開いた。
「私は“代償”。かつて七人目の賢者として選ばれながら、理に抗い、封印された存在」
「……七人目の賢者……?」
バルドが目を見開いた。
賢者の力は、現代では“継承者”として受け継がれている。
ならばこの人物は、真に“封賢”された存在――
「私の力は、“繋ぐ”ではなく“壊す”力。裂け目を見たな?」
彼は、空を指す。
――そこに在るはずの“裂け目”が、ゆっくりと動いた。
あれは単なる傷ではない。生きて、動き、広がっている。
「“空白”とは……裂け目そのものなのか?」
僕は思わず口に出す。
「裂け目は“理の拒絶”だ。お前たちが選んだ道、そのすべてが生む結果だ」
重く響く言葉。
彼はゆっくりと歩みを進め、七つの石碑の中心に立った。
「問おう。“継承”とは何のためにある?」
「……それは……世界を救うため、じゃないんですか?」
僕の答えに、黒衣の人物は首を横に振った。
「違う。継承とは“記憶”であり、“贖罪”であり、“選択”だ」
光が渦を巻き、七つの印章が共鳴する。
その中で、空白の石碑がかすかに――震えた。
「今ここに、全ての継承が揃った。“空白”は空ではなく、“全を映す鏡”だ」
その瞬間、僕の胸にあった六つの印章が光を放つ。
熱い――痛いほどの力が、僕の中を駆け巡る。
「リオ!」
ミラとエリナが駆け寄るが、僕は崩れ落ちる。
意識が遠のく中、聞こえたのは――
「継承者よ。“選べ”。この世界を、繋ぐか、壊すか」
《選択》。
それが、最後の継承。




