第28話「光の記憶と継承の試練」
西方の霧が晴れた先に現れたのは、黄金の光に包まれた峡谷だった。
陽光の峡谷――。光の継承者が眠るとされる聖域に、僕たちはついに足を踏み入れた。峡谷の岩肌は、まるで太陽の欠片を宿しているかのように煌めき、空に浮かぶ白雲までもが祝福のように輝いていた。
「ここが……光の継承者の国……」
ミラが目を細め、やわらかな風に髪をなびかせながら呟いた。
「眩しすぎる。影が消えそうなほどだな」
バルドが手で額を覆いながら言う。
僕たちはこの神聖な大地を、畏敬の念を込めて歩き始めた。道は緩やかな階段となり、峡谷の奥へと誘うように続いている。進むほどに、空気が研ぎ澄まされていくような感覚に包まれた。
峡谷の中央に立つ巨大な水晶塔。それが、光の継承の場――「ラディアント・ピラー」だと、どこかで聞いたことがある。
「……待っていたよ、賢者の末裔たちよ」
塔の前に現れたのは、白銀のローブを纏った女性だった。年齢は僕たちとさほど変わらないが、その瞳には悠久の時間を知る者の深みがあった。
「あなたが……光の継承者……?」
エリナが一歩前に出て問いかける。女性は静かにうなずいた。
「私はルミナ=エルクレイン。光の継承者として、この地にて役目を待っていた者。そして、君たちを試す者でもある」
ルミナの言葉に、一同が緊張を走らせる。
「継承者は力を継ぐ者であると同時に、自らの光を知る者。君たちの内にある闇をも見極める必要がある」
その瞬間、塔の前の大地が揺れた。僕たちの足元が崩れ、気がつけばそれぞれが孤立した空間に落ちていた。
───
僕の目の前には、過去の自分が立っていた。逃げていたころの、無力だった僕。誰にも認められず、癒しの力すら疎まれていたあの頃の自分だ。
「また逃げるのか? どうせ君には誰も救えない。ミラの命すら、賢者の力にすがらなければ守れなかったんだ」
過去の自分の声が鋭く心を刺す。
それでも僕は、真正面から彼を見据えた。
「たしかに僕は弱い。でも……その弱さを知ってるからこそ、誰かの痛みに気づける。守りたいと思えるんだ」
言葉と同時に、胸の奥が熱を帯びた。《セレスティア・ブレス》が静かに脈動し、過去の幻影を光で包んでいく。
───
試練から目覚めると、仲間たちもそれぞれの幻と対峙していたようだった。ミラの目には涙の跡が、エリナは強く拳を握りしめ、バルドは深く息を吐いていた。
最後に、ルミナが再び姿を現す。
「……すべてを見届けた。君たちには、次の光を託す資格がある」
彼女の手から放たれたのは、虹色にきらめく宝珠――《光の印章》だった。
その瞬間、峡谷の空に眩い光が走り、七賢者の力のひとつが僕たちに継がれた。
「だが覚えておいて。光が強くなればなるほど、影もまた深くなる。裂け目は今、世界の理の裏で脈動している」
ルミナの声はやがて風に溶け、彼女の姿もまた光に包まれて消えていった。
───
旅はまだ終わらない。次なる目的地は、闇の継承者の地か、それとも――。
だが今は、この温かな光を胸に、僕たちは再び歩き出す。世界を守るために。僕自身が、僕のままであるために。




