第26話 「黄昏の予兆」
第26話 黄昏の予兆(修正版)
風の継承者セフィアとの邂逅を終えた僕たちは、西方に広がる荒野地帯を目指していた。次なる目的地は、光の継承者がいるとされる「アグナ・ソリス王国」──伝承の中で「光の塔」と呼ばれる聖地がある場所だ。
「これで四人目、あと残るは三人か」
エリナが小さく呟いた。長い旅路の疲れが、言葉の端々に滲んでいた。
「光と闇、そして……?」
ミラが首をかしげる。
「残る一人は、“空白の継承者”と呼ばれている存在だ。どこの国にも属さず、記録も残っていない。名前も、性別さえも不明らしい」
僕の言葉に、三人の間に一瞬の沈黙が落ちた。まるで、その“空白”という存在が、確かな不穏を連れてくるかのように。
旅は順調とは言い難かった。西方へ進むにつれ、空はにわかに曇り、風にはざらついた砂が混じるようになった。どこか肌に刺さるような不快な感覚。そして、遠くに見える黒い渦──空の裂け目のような、巨大な“影”が空に滲んでいた。
「リオ、あれ……」
ミラが空を指差す。
「……裂け目、だな。セフィアの言っていた“気になる揺らぎ”って、これかもしれない」
空に開いた黒の傷痕。以前にも一度、風の国でそれに似たものを見た記憶がある。あの時よりも、はっきりと、広く、深く……異変は確実に進行している。
翌朝。僕たちは、荒野の入口にある小さな集落に辿り着いた。
「ここは……誰もいない?」
エリナが警戒するように周囲を見渡す。家々はある。井戸も、生きたままの家畜も。しかし、人の気配だけがない。
「まるで、みんな突然いなくなったみたい……」
ミラが不安げに言ったその時だった。
「──こっちに、魔菌の痕跡がある」
僕は地面の亀裂に、紫色に変色した瘴気の残滓を見つけた。それは、まるで地下から何かが滲み出したような、禍々しい気配を放っていた。
「……集落の人たち、避難したのか、それとも……」
言葉の続きを飲み込む。もし魔菌がまた活性化しているのだとしたら、それは……
「バルドは“地”の継承者として、確かに魔菌の封印を強化していたはずよ。まさか……それを上回る何かが起きてる?」
エリナの言葉に、僕は頷く。
「この裂け目の影響だとすれば、魔菌そのものが異常をきたしているのかもしれない。セフィアの“風”で瘴気を払った地域も、一時的なものでしかない可能性がある」
「……じゃあ、早く“光”の継承者のもとへ行かなきゃ。私、嫌な予感がする」
ミラの声は震えていた。それは、単なる予感ではないのかもしれない。
その夜。僕たちは集落の空き家を借りて野営した。
外では、風が乾いた地を滑っていく。時折、その風に混じって、誰かの囁きのようなものが耳元を掠めた。
──……戻れ……闇に、呑まれる前に……
「……今の、誰の声だ……?」
僕は飛び起きた。だが、周囲は静かだった。ミラとエリナはまだ眠っている。
まさか……セレスティアの力を使いすぎた影響か? それとも、裂け目の瘴気が何かを“伝えよう”としているのか?
僕は静かに外へ出た。月明かりの下、空の裂け目は、じわじわと広がっていた。
(何かが、近づいている……)
胸騒ぎだけが、確かなものとして心に残っていた。
翌朝、出発の準備をしていた僕たちの前に、一人の老人が現れた。どこに潜んでいたのか、頬に皺を刻んだその男は、杖をつきながら言った。
「光の継承者に会いたいのなら、陽光の峡谷を越えねばならん。しかし、今は通れぬ。あそこには“光の守り手”がいて、選ばれし者しか通すことはない」
「選ばれし者……?」
「お前さんたちが、そうなのかはわからん。だが、あの裂け目のことを知っているのなら──進む資格はあるのかもしれん」
そう言って老人は、古びた石板を差し出した。そこには、かつて七賢人が用いたとされる「陽光の紋章」が刻まれていた。
「この印が、光の道を開く鍵となる」
それは、新たなる試練の予兆だった。




