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禁忌の菌 〜封賢の継承者〜  作者: Naoya


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第25話「空を統べる者」

 あの「裂け目」は、未だ高原に黒く開いたままだった。


 ルグレ高原の瘴気は晴れ、空は再び澄み渡ったが、地面に走ったその歪みは、まるで空間そのものが引き裂かれたかのような異様さを放っていた。触れれば吸い込まれそうな闇。だが、それは確かに“瘴気”とは異なる性質を持っていた。


 「これは、魔菌の力じゃない……」


 僕――リオは、昨日の戦いで暴走したザイクの背に浮かび上がった“雷の紋”と、その直後に現れたこの裂け目とを、心の奥で結びつけていた。ザイクは、あの一件の後、己の暴走を深く悔い、言葉少なに一人、谷を越えて去っていった。


 ミラは軽傷で済んだものの、その心にはまだ微かな翳りが残っていた。


 「……あいつ、ちゃんと戻ってくるかな」


 エリナの呟きに、僕は曖昧に頷いた。きっと、あの裂け目とザイクの“内なる力”は無関係ではない。その答えを探すためにも、僕らは次の目的地を目指していた。



「もうすぐ見えるはずだよ、風の国の《浮遊環城〈アエリス〉》が」


 そう語るのは、かつて出会った“風の継承者の影”が残した案内人――レイだった。彼女の羽根のような髪は、この高原の風に柔らかく揺れている。


 「本体に会うには、〈風の塔〉を越えなきゃならないけど……その先に、君たちが探してる“空を統べる者”がいる」


 その案内に従い、僕たちは険しい岩山を越えた。


 見えたのは、まさに空に浮かぶ都市だった。


 城塞と住居が環状に配置され、中央には巨大な塔がそびえ立つ。すべてが空に浮かび、雲の上を漂っているようだった。風の魔力によって支えられているというその構造体は、人間の常識を遥かに超えていた。


 「……あれが、セフィアの居場所……」


 僕の胸に高鳴りが走る。


 エリナとミラも、その光景に息を呑んでいた。ミラの頬には、まだザイクの暴走でついた擦り傷が残っていたが、表情はどこか吹っ切れていた。


 「リオ、先に進もう。あそこには、きっと“何か”がある」


 そう言ったミラの瞳は、強く前を見据えていた。



 浮遊環城に近づくと、風の精霊のような存在たちが周囲に現れ始めた。彼らは人語を解さぬが、明らかに僕たちを導くように漂っている。空の流れに乗り、浮遊石の足場を一歩ずつ進んでいくと、やがて雲を貫くように聳える白き塔の前に辿り着いた。


 塔の扉が、音もなく開いた。


 中は静寂と光に包まれていた。風の魔力が渦を巻き、優しい歌声のような囁きが耳に届く。中央に浮かぶ玉座のような浮遊石の上に、一人の女性が佇んでいた。


 白銀の長髪を風にたなびかせ、薄い碧の衣を身にまとうその姿は、まさに“空そのもの”。


 「ようこそ、賢者の継承者たちよ――私はセフィア。風の継承者にして、この環城の主」


 その声音は透き通るようで、けれど確かな威厳を孕んでいた。


 僕たちはその場で跪いた。リオとしてではなく、“癒しの賢者”の末裔として。


 「貴方が、本体……?」


 「うん。以前、影として一度だけ接触したけれど、あれは私の残響。貴方たちがここまで来たこと――それが、私の決断を促した」


 セフィアは、ゆっくりと浮遊石から降り立った。


 「この空に生きる者として、私はずっと見ていた。瘴気が世界を蝕む様、賢者の力が薄れていく様を。そして、ついに“裂け目”が現れた。……それは、封印が緩み始めた兆し」


 その言葉に、僕は体を強ばらせた。


 「知っているんですか? あの裂け目の正体を」


 「正体のすべてではない。でも、“瘴気ではない闇”が動き始めていることだけは確か」


 セフィアは両手を広げ、宙に風の魔力を描いた。


 「かつて、七人の賢者が力を合わせて封印した“深淵の災厄”。それは瘴気すらも従える、根源の闇だった。そして今、封印は揺らいでいる――」



 僕はその言葉に、確かな焦りと決意を覚えた。


 ザイクの暴走、ミラの傷、そして瘴気と裂け目。それら全てが繋がってきた。


 「セフィアさん。僕たちに、何ができるんですか」


 その問いに、風の継承者は静かに答えた。


 「風はすべてを見通す。……だから私は、貴方たちの“未来”を見た。貴方たちは、いずれすべての賢者の継承者を束ね、かの災厄に立ち向かうことになる」


 「……やっぱり、避けられないんですね」


 エリナが肩をすくめた。


 「でも、もう腹はくくってるわ。私はアンタと旅するって決めたんだから」


 その声に、ミラもふふっと微笑む。


 「私も、ね」


 風が吹いた。


 セフィアの姿は、風とともに淡く揺れ、やがて僕たちの前に一枚の“風の羽根石”を残して消えた。


 それは、彼女が僕たちに託した証。


 僕はそれを胸に抱きながら、再び空を見上げた。

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