第21話「大地の記憶と魔族の囁き」
バルドに案内され、僕たちはアゼル岩山の奥深くに築かれた石造りの砦へと足を踏み入れた。外見は岩と溶岩に囲まれた荒涼とした要塞のようだったけれど、中は意外にも整っていて、木材の梁や獣皮の敷物など、生活の温もりが感じられた。
「ほれ、こっちだ。今夜はまず飯でも食って、腹を落ち着かせろ」
バルドが丸太のような腕で示した先には、炉のある広間が広がっていた。大きな鉄鍋がぐつぐつと音を立て、獣肉と芋の匂いが鼻をくすぐる。
「……うまそう」
エリナが素直に感嘆の声を漏らすと、ミラが小さく微笑んだ。
「ここまでまともな食事って、久しぶりかも」
「魔物の乾燥肉より、こっちのが何倍もマシだな」
ザイクも頷きながら腰を下ろす。砦の中には緊張感と安堵が入り混じっていたけれど、バルドの豪快な雰囲気がそれをうまく和らげていた。
「さあさあ、食え食え! 話は腹が落ち着いてからでも遅くねぇ!」
僕たちはその言葉に甘えるように食事を取り、久々に心から胃が満たされる感覚を味わった。
――だが、それは束の間の静けさに過ぎなかった。
食後、バルドは奥の部屋に僕たちを招いた。壁には古びた地図や、岩に刻まれた記録文、魔力の流れを示す円環模様が並ぶ。
「これが……?」
「七賢人の封印の座標だ。大地の神殿に記された情報を、代々守り続けてきた。だが……最近になって、これに異常が現れている」
バルドが岩盤の一部をなぞると、魔力の糸がゆらりと浮かび上がった。ひときわ赤く脈動している地点。それは、僕たちがいまいる《アゼル岩山》の近辺だった。
「封印が……緩んでいる?」
「いや、もっと質が悪い。内側から“こじ開けられようとしている”んだ」
バルドの声には、苛立ちと焦りが滲んでいた。
「魔族か……」
ザイクが目を細める。
「可能性は高い。だが、直接の手がかりはまだねぇ。ただ、最近――《囁き》が聞こえるようになったんだよ」
「囁き……?」
「そう。人ではない、獣でもない、もっと深い地の底から、心の奥に染み込んでくるような声だ。夢の中で、何度も同じ言葉を繰り返してくる」
バルドは手を組み、低く呟いた。
「“還れ、還れ、大地へ還れ”……ってな」
その瞬間、僕の背中に冷たいものが走った。
封印の揺らぎ。それはただの力の劣化ではなく、外部からの侵食だったのだ。
「バルドさん、その“声”に心当たりは?」
「一つだけある。地の底、神殿のさらに下にある、誰も近づかない“古の裂け目”だ。かつて大地の賢者が何かを封じた場所……だが記録にはほとんど残ってねぇ。見に行くなら、命の保証はねぇぜ?」
「それでも……行くべきだと思う」
そう言ったのは、エリナだった。
「ここに来てから、ずっと胸騒ぎがしてる。あの裂け目、ただの穴じゃない。封印が破られれば、私たちの旅も、目的も全部、意味を失う」
「……僕も行く」
「当然だ。リオ、俺たちの旅はまだ途中だろ?」
ミラが柔らかく微笑んでくれる。ザイクも無言で頷いた。
バルドはしばし沈黙した後、重々しく立ち上がった。
「……なら、案内してやる。だが、気を引き締めておけ。あそこには“大地の記憶”と呼ばれる何かが眠っている。触れれば、ただでは済まねぇぞ」
そのとき、部屋の灯火がふっと揺れた。
誰もが直感した。
――裂け目は、すでに目を覚まし始めている。




