第20話「アゼル岩山の継承者」
乾いた風が肌をなでる。足元に転がる石は赤みがかっており、地熱を帯びてほんのり温かい。
僕たちは《アゼル岩山》と呼ばれる険しい山岳地帯に入っていた。ここは大地の継承者が暮らす場所であり、かつて七賢人の一人がその力を封じた聖域でもあるという。
「……火山帯か。空気が鉄っぽいな」
エリナが鼻をひくつかせながら言う。周囲には噴気孔が点在し、ときおりシュウッという音を立てて白煙を噴き上げていた。硫黄の匂いが強く、呼吸もどこか重い。
「ここ、本当に人が住んでるの……?」
ミラが眉をひそめる。確かに、こんな不毛な岩山に拠点を築くなんて、まともな感性じゃない。でも、賢者の末裔というのはどこか“普通”から逸れているのかもしれない。僕たちも例外じゃないし。
「……見ろ。あそこに何かある」
ザイクが指差した先、断崖の上に、崩れかけた石造りの門が見えた。苔むした石柱と、中央に浮かぶ巨大な石板。そこには、かつて見たことのある模様が刻まれていた。
「これは……セラフの印……!」
紛れもなく、賢者の血を継ぐ者だけが視認できる《賢者の紋章》だった。空間に淡く浮かび、僕の持つ魔力と微かに共鳴する。
「やっぱりここだ。きっとこの先に――」
「誰だァああああああッ!!」
唐突に、天を突くような大声が響いた。反射的に全員が身構える。
直後、断崖の上から飛び降りてきた影がひとつ。
――ドゴォォン!!
着地と同時に土煙が巻き上がり、地面が大きく揺れた。見れば、そこに立っていたのは筋骨隆々の大男だった。浅黒い肌に白髪混じりの短髪、全身に刻まれた入れ墨。そして背中には巨大な鉄槌。
「人んちの聖域に勝手に足突っ込むんじゃねぇ! 挨拶はどうした挨拶はッ!!」
「お、お前が継承者か……?」
エリナが目を丸くして問うと、大男は豪快に笑った。
「おうともよ! このアゼル岩山の番人にして、大地の継承者、《バルド=グランフォード》様とは俺のことだ!」
……うん、想像よりはるかに濃いキャラだった。
「バルドさん。僕たちは七賢人の末裔で、あなたに会うために――」
「わかってるさ。セラフの印の共鳴で、お前さんの素性は感じ取れた。癒しの継承者、《リオ》だな?」
名前を呼ばれ、僕は驚いた。
「……どうしてそれを?」
「聖域の力さ。この地に入った時点で、お前らの“器”は全部俺に筒抜けだ。ま、今の俺に騙しはきかねぇよ」
どこか誇らしげに笑う彼の背中には、まさに大地そのものを象徴するような力強さがあった。
しかし、そのとき、横にいたザイクが一歩前に出た。
「……その目、昔と変わらないな、バルド」
「……あァ?」
空気が、一瞬で変わった。
バルドの笑みが消え、逆にザイクはわずかに口元を吊り上げる。二人の視線がぶつかり、周囲の空気がひび割れそうなほど張り詰めた。
「……知り合い?」
僕が聞くと、バルドが鼻を鳴らした。
「昔、ちょっとした因縁があってな。こいつの“剣筋”は忘れようにも忘れられねぇ」
「俺は、未熟なだけだった」
ザイクの声は淡々としていたが、どこか棘を含んでいた。
ミラとエリナも気圧され、言葉を失っている。けれど、次の瞬間――
「ま、いいさ。昔のことは昔のことだ。今は協力しなきゃいけねぇ時代ってわけだ。なあ?」
バルドは一転して朗らかな笑顔を浮かべ、大きく手を広げた。
「継承者として話すべきことが山ほどある。封印のことも、魔族の動きも……だ」
魔族の動き。
その言葉に、僕たちは目を見開いた。
風の神殿でも感じた、封印の揺らぎ。そしてここアゼル岩山でも――何かが、静かに蠢いている気配があった。
「今夜は泊まってけ。俺の“砦”で話そうじゃねぇか」
そう言って振り返るバルドの背中には、土と炎と戦いの気配が纏わりついていた。
……この地にも、決して穏やかではない真実が隠れているのだろう。




