表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禁忌の菌 〜封賢の継承者〜  作者: Naoya


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/37

第19話「巡る風、揺らぐ心⑵」

風の神殿を出発してから、数日が経った。


 ルグレ高原を越えた先に続く草原地帯には、まだ春の匂いが色濃く残っていたが、風だけは相変わらず冷たかった。昼夜の寒暖差に身体が馴染むには時間がかかる。だがそれ以上に、心の奥に引っかかった《幻視》の余韻が、僕の胸を静かにざわつかせていた。


 ――本当に、あれは“もしも”の未来なのか。


 僕は歩きながら何度も、風の継承者・カイルが見せた幻の映像を思い返していた。仲間を疑い、誰も信じられなくなり、結果的に全てを失っていく自分の姿。冷たく、空虚で、そして何より――孤独だった。


 「……あんなの、絶対に嫌だ」


 小さく漏らした独り言は、風の中に吸い込まれた。空はどこまでも澄み渡り、浮かぶ雲はのんびりと風に流れていた。けれど、僕の心の中にはまだ、重たい雲が垂れ込めていた。


 「……そんな顔してると、また風に吹き飛ばされるぞ」


 突然、後ろから軽い声がかかった。振り向けば、ザイクが口元に苦笑を浮かべていた。風に舞う黒銀の髪と、真っ直ぐにこちらを見つめる琥珀色の瞳。いつも冷静で、無表情気味な彼にしては珍しい冗談だ。


 「……ありがとな、ザイク」


 少しだけ肩の力が抜けた。僕が礼を言うと、彼は「気にするな」と言わんばかりに肩をすくめ、視線を前方へ戻す。先を歩いていたエリナとミラが、何か楽しげに言葉を交わしているのが見えた。


 「試練ってのは、心をえぐるものらしいな。……ま、俺は昔から自分の弱さは嫌ってほど知ってるけどな」


 ザイクがぽつりと呟いた。過去のことを多く語らない彼が、自嘲気味にそう言ったのが印象に残った。


 あの幻視が教えてくれたのは、仲間を信じることの難しさ、そしてそれでも信じ続けることの強さだったのかもしれない。



 その夜、僕たちは林のそばに野営地を設け、焚き火を囲んでいた。木々の間を吹き抜ける風が、焚き火の炎をゆらりと揺らす。パチパチと薪が弾ける音だけが、静かな闇に溶けていった。


 ふいに、隣に腰を下ろしていたミラが口を開いた。


 「……リオ、今日のあなた、少しだけ優しかった」


 「え?」


 ミラは微笑みながら首を横に振る。


 「ううん、変な意味じゃなくてね。なんていうか……雰囲気が、穏やかだった」


 焚き火越しに見つめてくる瞳は、どこか柔らかく、そして不安げでもあった。


 「……あの幻視を見たからかもな。あんな未来を……僕は絶対に、現実にしたくないって思ったんだ」


 ミラはゆっくり頷くと、膝の上に両手を重ねた。


 「私も、怖かったよ。だけど……あれを乗り越えたあなたなら、大丈夫だと思う。私は信じてる」


 焚き火の明かりが、彼女の頬をほんのりと染めた。その表情に、不思議と心が温かくなる。


 「ありがとう、ミラ。君がそう言ってくれるなら、僕は――」


 言葉の続きを飲み込んだとき、ふと視線の端に映る影に気づいた。


 焚き火の向こう側、ザイクが一人、焚き火の炎をじっと見つめていた。彼の手には、古びた金属片――かつての魔族との戦いの痕が残る、小さな装飾の欠片が握られていた。


 「ザイク……?」


 声をかけかけて、やめた。彼の横顔はどこか寂しげで、普段の冷静さとは違う、胸の奥に何かを押し込めているような影を帯びていた。


 その金属片は、ただの記憶の象徴ではない気がした。まるで、近い未来に訪れる“何か”を予感させるような。



 翌朝、太陽が東の空を照らし始めた頃、僕たちは次なる目的地――《大地の継承者》がいるとされるアゼル岩山へ向けて出発した。


 「風は、もう我らを拒まない」


 ザイクがぽつりと呟いたその言葉には、妙な静けさと、どこか決意めいた響きがあった。ミラとエリナも振り向き、彼を一瞬見つめるが、何も言わず再び歩を進めた。


 試練を越えた先に広がるのは、ただの旅路ではない。過去と、未来と、そしてそれぞれが抱える“選択”の物語だ。


 空を見上げると、澄んだ青の中を雲が静かに流れていた。


 次に待ち受けるのは、大地の継承者――そして、また新たな運命のうねり。


 僕たちは歩き続ける。誰もが、自分の歩幅で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ