第15話「封印の記録」
リュクスの街の朝は、いつも通り静かだった。
だが、僕たちの心にあるのは、昨日の《黒影》の記憶と、あの“瘴気”の気配だった。
「図書殿に行ってみよう」
朝食を終えた僕は、真っ先にそう口にした。
「七賢人の記録を探すんだね」
ミラが優しく微笑みながら、頷く。
ザイクも腕を組みながら言った。
「今のままじゃ、あの瘴気の正体もわからないままだからな。俺も行こう」
エリナも無言で立ち上がり、腰の双剣を軽く鳴らしてからついてくる。
彼女の表情は、どこかいつもより真剣だった。
リュクス王国の図書殿は、街の北端にひっそりと建っている。
蔦が絡まる灰白色の塔は、まるで時間から取り残されたようだった。
「ようこそ、継承者たちよ」
館の入口で待っていたのは、老齢の司書だった。
彼は僕たちを見るなり、一礼し、まるで用意していたかのように扉を開けた。
「君たちが訪れることは、記録に“予見”されていたのです」
「予見……?」
エリナが眉をひそめると、老人は小さく頷く。
「七賢人の一人、“知の賢者”カルマ=レムリスは、継承の血が再び目覚めることを予期して、記録を残していきました。
あなた方が来る時、私はそれを開くよう託されていたのです」
司書に導かれ、僕たちは塔の最上層へと足を運んだ。
そこには、光すら吸い込まれそうな漆黒の扉があった。
「この扉は、継承者の魔力でしか開きません。リオ様、どうぞ」
僕は一歩前へ出て、そっと手を翳した。
淡い光が掌から漏れ出し、扉の中央に刻まれた“封印紋章”が浮かび上がる。
その文様は、六芒星の中に七つの芽吹き――「セラフの印」と呼ばれる、賢者の証。
ゆっくりと扉が開くと、そこには古びた書物が幾重にも積まれていた。
中央の台座には、一冊だけ――装丁の異なる、本が置かれていた。
「これが……?」
「《封印の記録》――七賢人たちが最後に残した、魔菌と賢者の真実です」
僕は本を手に取り、そっと頁を開く。
⸻
「魔菌とは“意思ある災厄”なり。
その源はかつて神々と戦った“外より来たるもの”に端を発し、
あらゆる生命を腐食し、自己へと取り込む力を持つ」
「我ら七賢人はそれぞれの力と命をもって、魔菌の核を七つに分け、
王都深層の《封印大祭壇》に封じた。
しかし、この封印は永劫のものではない。
我らの血が絶えぬ限り、封印の継承者たちが再び力を集め、封印を補強する必要がある」
「継承の力を持つ者よ。
封印の場所は、七つの鍵とともに開かれる。
それぞれの賢者の末裔が鍵を持ち、時を見て集うだろう」
⸻
「これって……」
ミラが息をのむ。
「ああ。やっぱり、僕たちは――選ばれていたんだ」
僕の言葉に、エリナは腕を組んだまま言った。
「七つの鍵……私たち以外にも、継承者がいるってことね」
「すでに何人かは……各国にいるはずです。封印の守護を代々担っている家系に」
ザイクが静かに頷く。
封印の記録には、さらに詳細な記述があった。
瘴気の広がりを止めるための儀式の方法。
七つの封印石の配置。
そして――鍵の紋様。
「このままだと、魔菌が再び封印を破って現れるのは時間の問題です」
僕は本を閉じ、仲間たちに向き直る。
「僕たちは、各地に散った継承者たちを探し出して、再び力を集めなければならない。
――それが、僕たちに課せられた使命なんだ」
外では風が強く吹き始めていた。
そして空の向こうには、見たことのない“黒雲”が湧き上がっていた。




