第9話:バグか、オレか、ループか
雨が降っていた。
降っているはずなのに、傘をさしてる人が一人もいなかった。
しかも、誰の服も濡れていない。
地面も、建物も、濡れてない。
音だけが、“ザーッ”と降っている。
(ああ、これは……音だけの雨か)
言葉にした瞬間、自分で驚いた。
(なんで、納得してんだ俺)
そのまま会社に向かう。
エレベーターに乗り込むと、7階に止まるはずのそれが、一度だけ“8階”に止まったあと、7階に下がった。
降りてくる誰もいなかった。
ドアが開いて、空気だけが変わった。
ああ、と思った。
これは“整えてる”。
世界の見た目が、つじつまを合わせようとしてる。
デスクに着くと、PCが立ち上がらない。
再起動しても、また黒い画面に戻る。
ふと見ると、ディスプレイの端に、白いテキストが浮かんでいた。
「観察対象No.041:処理が一時停止しています」
“観察対象”。
またか。
背中が冷えた。
前にも見た。同じ文言。どこで見たかは思い出せない。
でも確かに、一度表示された。
午後、社内の自販機で缶コーヒーを買った。
ボタンを押すと、何も出てこない。
代わりに、液晶部分にこう表示された。
「この世界の仕様について質問しますか?」
え? 質問?今?
選択肢が現れる。
「はい」/「いいえ」
ふざけてるのか? そう思いながら、指が勝手に「はい」を押していた。
次の瞬間、頭の中に“誰かの声”が響く。
「あなたは、世界の再起動を望みますか?」
(……なんで、俺に聞くんだよ)
純志はその場から走って出た。
ビルを出て、公園のベンチに座る。
深呼吸して、考える。
世界が壊れてる?
いや、違う。
世界は壊れてるんじゃない。整えられてる。
壊れかけるたびに、誰かが補正してる。
ずれてるのは“現象”じゃない。
ずれてるのは“俺”。
自分の思考だけが、毎日少しずつ先に進んでいる。
でも、世界は毎回“リセットされる直前”までしか進まない。
自販機。
ディスプレイ。
観察対象No.041。
雨の音。キリン。うさぎ。母の顔。田中。田中?誰だっけ?
そうか。
俺はたぶん――バグなんだ。
世界が“正常”を保つために作られた舞台で、
俺だけが**誤作動してる“演者”**なんだ。
でも、
でもさ。
世界のルールが正しいって、誰が決めたんだ?
俺がバグなのか。
それとも、世界がバグなのか。
あるいは、俺ごと含めて――全部、何度もループしてるだけなのか。
ふと、目の前を白いうさぎが跳ねて通った。
二本足で歩いていた。
「……あ、いた」
思わず声に出た。
でも、誰にも届かなかった。
―佐藤純志のあとがき―
いや〜今日ついに、「俺ってバグかもしれん」って言っちゃったよね。
こっちも結構我慢してたんだけど、もう無理っぽい。
雨降ってんのに誰も濡れてねぇし、PCは俺の存在を拒否してるし、
自販機は質問してくるし。質問のクセ強すぎ。
てか「世界の再起動を望みますか?」って、
それ、俺の一存でいいの?重すぎん?
まぁ、リセットされるなら、それもアリかもな。
何回目かも覚えてないし。
……俺がバグなら、誰が最初のコード書いたんだろな。