第8話:この世界、またやり直す?
朝、駅までの道。
いつも通る交差点で、信号が青から赤に変わって、また青になった。
ほんの一瞬で。
立ち止まった人たちは何も気にせず歩き出した。
純志だけが、赤の瞬間を見ていた。
(……今、戻ったよな?)
違和感は風のようにすぐに消える。
けれど確かに“何か”が、一度巻き戻された感覚が残っていた。
会社では、昨日いたはずの総務部の人間が誰もいなかった。
「異動か?全員いきなり?」
誰に聞いても、「最初からいなかった」と言う。
名前も、デスクも、影もない。
だが純志の記憶には、ちゃんと存在している。
(また……始まってるな)
小さなリセットが、世界に散らばっている。
そんな感覚が、じわじわと純志の体に染み込んでいく。
昼休み、公園のベンチでコーヒーを飲んでいたときだった。
「すみません」
その声を聞いた瞬間、ゾワリと背筋が冷えた。
キリン。
スーツを着て、背が高くて、やたらと丁寧な口調の男。
顔はあいかわらずリアルすぎるキリン。
でも純志は、今回ははっきりと“2回目”だと認識していた。
(あ、こいつ……また来たな)
「180cmほどのうさぎ、見かけませんでしたか?」
口調も、言葉も、タイミングも――前回とまったく同じ。
「……見てないよ、また」
「また、とは?」
キリンの声がほんの少しだけ調子を崩したように聞こえた。
「いや、こっちの話」
純志はカップの底を見つめながら答えた。
底には、なぜか**“観察No.041”と刻印された英字の印刷**があった。
一瞬だけ、空気が止まる。
キリンは首を傾け、静かにこう言った。
「この世界、またやり直す予定ですか?」
「いや、俺に聞くなよ」
「では、そういうことにしておきましょう」
そして彼は、静かにその場を離れていった。
夕方、電車の中でスマホを見る。
通知がひとつも来ていない。
SNSもメールも、すべて昨日のままだ。
駅に着き、改札を出ると――
道を歩く人の動きが、一瞬だけ“止まった”。
カクン、と“映像がバグったように”ズレて、また動き出す。
その瞬間、耳元で誰かがこう囁いた。
「この世界、またやり直す?」
振り返っても、誰もいなかった。
けれど、心の奥がざわついていた。
(……やっぱり、今が“本番”か)
―佐藤純志のあとがき―
キリン、ふたたび現る。
いやマジで、完ッ全に同じセリフ、同じ間、同じ頭の傾け方。
これで「はじめまして」とか言われたら逆に感心するわ。
あと「またやり直す予定ですか?」って聞かれたけど、
俺、スケジューラー管理の神でもなんでもねぇからな。
でもまあ、聞かれてちょっと思ったよね。
……うん。たぶん、俺、“一回終わってる”んだわ。