第7話:あの子、ずっと笑ってる。
午前10時、外回りの営業中。
駅前の横断歩道で信号待ちをしていた純志は、ふと妙な視線を感じて振り返った。
子どもたちの集団が、保育士に引率されて歩いている。
黄色い帽子、ロープを握ってぞろぞろと並ぶ、いつも見る光景。
そのなかに――顔がハムスターの子どもがいた。
(……またか)
最近じゃ珍しくもない。クロスヘッドの進行なんて日常の一部だ。
でも、違ったのは、その子が――ずっと笑っていたこと。
目を細め、前歯を見せ、口角がピクリとも動かない。
笑ってる、というより、笑ったまま“固まってる”。
午後、得意先の受付で名刺を出したとき。
受付嬢の顔が、まばたきせずに笑っていた。
瞬きの間隔が30秒に一度。まるでGIF画像。
(……静止画で対応されてんのか、俺?)
街に出ても、同じだった。
タピオカ屋の店員。駅の清掃員。交番の前で立つ警官。
全員、同じ“作り笑い”の表情を浮かべたまま、まるで空気と一緒に止まっている。
たまに動く。でもゆっくり。バグったゲームのように。
そして、誰かが声を発したタイミングで同時に再起動する。
夕方、オフィスでプレゼン中。
ふと目をやった社員の顔が、全員“少しだけ”笑っていた。
口角が1センチだけ上がっている。全員、同じ角度で。
目が死んでいる。感情がない。
笑ってるのに、何も伝わらない。
帰宅途中、地下鉄の車内。
ドアが閉まり、車内が揺れ始めたタイミングで――
乗客全員が、一斉に純志を見た。
無言で。
笑って。
瞬きひとつせずに。
5秒。
10秒。
そして、元に戻る。
心臓が、ドクッと音を立てた。
(……俺、なんかのターゲットになってる?)
この世界、今誰が動かしてんのか。
誰が“笑え”って命令してんのか。
なぜ“みんな同じタイミング”で動き、止まるのか。
察知力が、騒いでいる。
いままでよりも強く、鮮明に――“やばい”と告げている。
家に帰り、洗面所の鏡をのぞいた。
口角が、少しだけ上がっていた。
自分では、笑ってるつもりはないのに。
―佐藤純志のあとがき―
今日な、街中の人、一時停止ボタン押されたみたいに止まってた。
その間、みんな笑ってんの。
ちょっとだけ口角上げて、ずーっと。
で、誰かの声で急に“再生”始まるの。ホラーじゃなくて、もうシステムなんよ。
てか俺、いつの間に“再生”のタイミング見計らう側になってんの?
そろそろ“設定画面”とか出てきそうなんだけど。
……あ、そういや、さっき自分の顔見て笑ってた気がすんだけど、
あれって俺、いつからそうしてたっけ?
……きもぉ。