第6話:知りすぎは自己責任。
「……あれ、なんだっけ?」
朝、出勤の準備をしているとき。
玄関に並んだ靴の数が、いつもよりひとつ多かった。
(昨日、誰か来たっけ……?)
友達も恋人もいない。セールスの靴を玄関に入れる習慣もない。
けど、その靴――ワニ革っぽいやつ――だけは、泥のつき方までやたら生々しかった。
(……まあ、誰かの忘れ物?……てか、誰の?)
自分で考えてて混乱する。
脳の一部が、何かを“自動削除”してる感覚。
会社に行くと、田中くんがデスクにいない。
「田中は?」
誰かに聞こうとしたけど、言葉が出る前に声が飛んできた。
「え、佐藤さん、田中って誰?」
三人から同時に言われた。
(……いやいや、いたろ)
たぬき顔の営業マン。目がやたら潤んでて、語尾が甘かった男。
俺と同じ部署で、となりのデスクで、……いたよな?
でも、誰の机も空いてない。全部埋まってる。
そして、俺以外の全員が“動物顔”だ。
(俺、今日、動物園で働いてたっけ?)
休憩中、廊下で誰かとすれ違った。
うさぎの顔をした少女。制服姿。
視線を合わせてすれ違う一瞬だけ、彼女がこう呟いた。
「気づきすぎたら、消えるよ」
振り返ると、もういなかった。
帰宅後、ふと思い出して、実家に電話をかけた。
呼び出し音が1回、2回、3回……。
4回目で、通話が切れた。
LINEを見ると、母とのトーク履歴が消えている。
検索しても、連絡先がない。
父も同じ。
いや、前に“おかずの画像”送ってきたよな?
なんだっけ、鮭の照り焼きと、なんかこう、ほら、あの……
(……うざぁ……記憶が、くそ雑魚化してる)
その夜、風呂あがり。
洗面所の鏡の中、自分の目がやたら光って見えた。
じっと見てると、鏡の中の自分が、ほんの一瞬だけ動かなかった。
寝る前、ベッドに腰かけてスマホを見ると、ホーム画面にこんな通知が出ていた。
『観察対象 No.041:観測制限レベル超過につきリセット準備中』
(あのさぁ……こっちは勝手に“観察対象”にされた覚えないんだけど)
通知を閉じようとしたけど、指が動かなかった。
代わりに、画面が勝手にスクロールして、こう表示された。
『知りすぎは、自己責任です。』
―佐藤純志のあとがき―
田中くん、いなくなったんだけど。
いや、正確に言うと「存在ごと無かったことにされてる」感すごい。
あの笑い声と耳のたぬき感、結構好きだったんだけどな。惜しい。
てか、母ちゃんのLINE履歴も消えたし、
この世界、サイレント削除うますぎん?
なんか……俺、見ちゃいけないとこ見たっぽいんだけど、
そういうときって、何食えばチャラになる?
……チョコパイかな。