第5話:おかえり、カワウソ。
週の真ん中、水曜日。
仕事帰りの純志は、ひとつ手前の駅で電車を降りた。
目的は、実家。
基本は一人暮らしだが、最近の“変化”があまりにおかしい。
ついに職場でも、電車でも、街頭の広告でも“クロスヘッド”が当たり前のように溶け込み始めた。
だったら――
せめて、“家族”だけは、変わっていないでほしい。
その願いが、自然と足を向かわせていた。
住宅街を抜けて、見慣れた家の玄関の前に立つ。
深呼吸。
チャイムを押すかどうか、少し迷ってから、結局ドアを開けた。
「ただいまー」
奥から聞こえたのは、いつもの“母の声”。
「おかえり、純志。今日ちょっと赤味噌多めだから」
匂いは懐かしい。
声も、手際も、包丁のリズムも――全部、変わってない。
ただ、顔がカワウソ。
目がくりっと丸く、鼻が濡れていて、口元が横に長い。
それでもエプロンをつけ、味噌汁をよそう姿は、**いつもと変わらない“母の動き”**だった。
「……風邪ひいた?」
思わず出た言葉に、「なんで?」と首をかしげる。
その動きが妙に可愛くて、逆に怖い。
食卓に座ると、味噌汁、肉じゃが、冷奴。
箸の持ち方、盛り付け、座る位置。全て“いつも通り”。
ただ、箸を持ってるのがカワウソなだけだった。
そこに、玄関の音。
「ただいまー」
父が帰ってきた。
顔は――カンガルー。
首元から生えた毛、やや大きめの耳、もっこりとした腹部。
シャツの中で何かが“もぞもぞ”と動いている。
「純志、飯まだか?」
声もテンションもいつもの父なのに、違う生き物がそこにいた。
三人で食卓を囲む。
カンガルーがビールを注ぎ、カワウソが箸を並べる。
ふと、笑い声が響く。
テレビのバラエティ番組で芸人が何かを叫んでいる。
純志は一口、味噌汁をすする。
「……うん、うまい」
言ってから、自分の声が少し震えていることに気づいた。
帰り際、母が玄関まで見送ってくれた。
「ちゃんと栄養とってる?たまには顔出してよ」
「うん……また来る」
玄関を閉めるその直前、
カワウソの目が、ちょっとだけ涙ぐんでいるように見えた。
―佐藤純志のあとがき―
いや……カワウソだったけど、
味噌汁は、変わらずうまかった。
あと、父ちゃんの腹、なんか動いてたよね?
あれ何?うちってカンガルー種族だったっけ?
声も仕草もいつも通りなのに、顔だけ違うって、こんなにズレる?
もしかして、俺の顔も誰かから見たら変わってるのかな……
っていうか、今さらだけど俺、もともと何顔だったっけ?
……きもぉ。