第3話:秒針、誰か動かしてんの?
朝、起きたら“いつもと同じ音”が鳴っていた。
目覚ましのアラーム。
隣室から聞こえる隣人のくしゃみ。
トースターがカシャって鳴るタイミング。
全部が、昨日とまったく同じリズムで進んでいた。
「……デジャヴ?」
そう呟いた純志は、目をこすりながら冷蔵庫を開ける。
中には、昨日買ったチョコと緑茶。まあそこまでは普通だ。
でも――
「ん?」
冷蔵庫の奥、賞味期限の切れたヨーグルトに貼られた“販促シール”が目に入った。
『春のおでかけキャンペーン』
季節は秋だ。
「……は?」
スマホのカレンダーを確認する。間違いなく10月。
でもヨーグルトのシールには“3月31日まで!”と大きく書いてある。
(なにこれ……貼り間違い?むしろ放置してた?)
深く考える前に、出勤の時間がきた。
電車の中。つり革にぶら下がる広告が目に入る。
『今ならクロスヘッドでも安心!就職支援セミナー開催中!』
(え、今なんつった?)
“クロスヘッドでも”って何だ。何が“でも”なんだ。
誰が対象だよ。俺も?俺じゃないの?いや俺はまだ人だよな?
目の前に立つサラリーマンの顔が、完全にタヌキだった。
しかもスーツのタグが「ZOO-STYLE」ってなってた。
(……動物ブランド?洒落てんな)
脳が「異常」を「流行」で処理しようとする反射が止まらない。
その日の午後、会社のデスクに座った純志は、妙な気配で目を覚ました。
昼寝中――1分ほど意識を落としたはずなのに、時計が5分戻っていた。
「え?……え?」
誰かがいじった?いやスマートウォッチも同じ時間を示している。
隣の同僚・田中に聞いてみた。
「時計ってさ、勝手に戻ることある?」
「え、あるよ」
田中は目をつぶったまま言った。
「知らなかった?たまにあるよ。……秒針、誰か動かしてんだよ」
「えっ、それって、誰?」
「うさぎじゃね?」
「……なにそれ」
冗談で言ったのか、本気だったのか、田中の表情は読めなかった。
そのままスッと寝息を立て始めた。さっきまで起きてたよな?
その夜。
眠れずに時計をじっと見つめていた純志は、ふと“あること”に気づいた。
秒針が、“コンマ一秒ほど”逆にピクッと戻る瞬間がある。
ランダムに、でも確かに起こっている。
誰かが裏から、カチッ……カチッ……と、巻き戻しているような。
「秒針、誰か動かしてんの?」
声に出して言って、自分で苦笑した。
“見なかったこと”にしてきた小さな違和感たちが、いま全部で手を挙げてる気がした。
(これ、俺だけ……?)
不意に、部屋の鏡に映った自分の後ろ姿に――
“誰かの耳”のような影が、揺れた気がした。
―佐藤純志のあとがき―
今日、時計5分戻ってたんだけど。
電波時計ってそういう仕様?“思いやりモード”とかついてんの?
あと田中くん、唐突に「うさぎ」って言ってたんだけど、マジで寝ぼけてたのかな。
顔はたぬき寄りだけど。いや、動物の話じゃない。たぶん。
てか秒針って、人が動かしてたら逆に安心だよな。
誰かが責任持ってやってんなら、まだ整ってる感ある。
……いや、それはそれで、きもぉ……。