第2話:動物たちも働いてる。
「……あれってマスクじゃないの?」
翌朝、駅までの道を歩いていた純志は、横断歩道で立ち止まりながらそんなことを呟いた。
向かい側に立つ女子高生。
リュックに制服、スマホをいじる指先。完璧に“普通”。
ただし――顔がアライグマ。
目の周りにくっきりと黒い模様。鼻は丸く湿っていて、毛もやけにリアル。
だが誰も騒がない。周囲の大人たちは、見慣れたようにスマホを見たりあくびをしている。
(いや、あれは……マスク。そう。動物マスク流行ってんのか)
自分で納得しきれてないのに、脳が勝手に話を終わらせにかかっている。
(てか、あの毛並みでどうやって呼吸してんだ?)
信号が青に変わる。女子高生――もといアライグマ少女――はスマホを見ながら渡っていった。
尻尾が揺れていた気がしたけど、見間違いだと信じたい。
会社に着くと、エントランスの守衛のおじさんがいつものように挨拶してくれた。
「おはよう、佐藤くん」
顔が、リス。
(あれ?この人って、元からあんな丸顔だったっけ……?)
よく見ると前歯が出ている。キュッと閉じた口元。
声だけは完全にいつも通りなのが、逆に気持ち悪い。
エレベーターの中。社内のポスターに目をやると、「今月のスローガン」が貼り替えられていた。
『今日も笑顔でクロスヘッド!』
……いや、何それ。
どういう社内キャンペーン?何が“笑顔で”なの?そもそも“クロスヘッド”って単語、昨日までは見たことなかったぞ。
その日は定例会議があった。
プロジェクターの接続がうまくいかず、誰もがイライラしていたが、純志はぼんやりと営業課長の顔を見ていた。
頬から、ウロコのようなものが見える。
瞬きの速度も、異様に速い。目の膜が“スッ”と横に流れた気がした。
純志は静かに、心の中でだけツッコんだ。
(……あの課長、爬虫類系か?)
プレゼンの順番が回ってきた。
スライドを操作しながら、ふと自分の声がマイクに通ってない気がして、少し背筋がぞわっとする。
(てか……いつもより、みんなの目が大きくない?)
退社後、コンビニに寄った。
レジの店員が無言でカゴを取る。無表情、目を合わせない。
そして「……ありがとうございました」とまったく感情のない声で繰り返す。
顔は――たぶん、チワワ。
(流行ってんだよな?……たぶん。なあ、誰かそう言ってたよな?)
純志はペットボトルの緑茶とチョコを買って、外に出た。
空を見上げると、月が二つに見えた。
いや、薄雲のせいだろう。…たぶん。
でも、一瞬そのうちの片方が“瞬き”したような気がした。
帰り道、彼はまた自分に言い聞かせる。
「人間も動物も、働く時代ってことだよ。うん、平和だ」
思考があらゆる異常を“日常”に丸め込もうとしている。
察知力は高い。だが、認めたくないのだ。
目の前の“変わっていく世界”が、現実であることを。
―佐藤純志のあとがき―
なんか最近、街がどうぶつの森ver.2みたいになってきてんだけど。
でもほら、働いてるわけよ。アライグマ女子高生も、チワワ店員も。
俺だけ“おかしいです”って反応するほうが、むしろ失礼だよな。差別よくないし。
にしても課長のまばたき、5G回線レベルだったんだけど……。
目薬差す暇あんのかな、あれ。
ま、深く考えるのやめとこ。うざぁ……