第8章:ここまで来たのは初めてだ。
アレックスは黒いピラミッドを手に持ったまま、オーラは消えていても、圧倒的な存在感をそのままに、落ち着いた足取りで内気な少女に近づいていった。
ミナはまだ心臓がバクバクしており、顔を真っ赤にしながら一歩後ずさった。
「俺のこと、心配してくれたのか?」アレックスは少し頭を傾けて、片方の口角を上げた。「俺のこと、恋しくなった?」
「えっ!?」ミナは飛び上がり、両手で口を覆った。
「君の名前は?」アレックスは真剣な表情で続けた。
「た、橘…橘ミナです…」ミナはか細い声で答え、アレックスの目を見ることができなかった。
アレックスは思案顔でうなずき、そして指を鳴らした。
「完璧だ。橘ミナ…君を俺の最初の妻にしたい」
まだ意識のある生徒たち、そして地面で瀕死の状態にある教官までもが、その場でフリーズした。気まずい沈黙がその場に広がる。
「ええっ!?」ミナは今度は両手で頬を押さえた。「最初の…って!?」
「そ、そうです…」彼女は反射的に、理屈ではなく、口にしてしまった。「いいですよ…」
今度はアレックスが固まった。
「今、いいって言ったか!?マジか…ちょっと待ってくれ!俺、こんなに進展したことないんだけど!」
彼はその場でくるくる回りながら、完全に混乱していた。
「まだ俺には早すぎる…!俺の本には結婚なんて出てこなかった!戦闘技術と感情コントロールの章しかなかったのに!」
生徒たちは、まるで異星人を見ているかのように彼を見つめていた。
アレックスは頭をかき、肩をすくめてこう言った。
「ま、じゃあな。ちょっと飯でも探してくる」
そう言って平然と立ち去っていった。残された人々は、驚きと困惑と「今の何だったの?」という感情の狭間で、完全に凍りついていた。
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―アカデミーの秘密の部屋―
複数のモニターに、先ほどの出来事が様々な角度から映し出されていた。中央の大型画面には、森の中へと消えていくアレックスの姿が映っている。
優雅なソファに腰掛け、ティーカップを手にした三上サツキ学園長は、穏やかな笑みを浮かべてその光景を眺めていた。
「やはりね…」彼女は満足げにささやいた。
その隣に立つ、引き締まった体つきの女性教官が腕を組み、眉をひそめた。
「学園長…あの少年が現場にいるという理由だけで援軍を送らなかった時は、正気を疑いました。しかし今となっては…あの子、本当に生徒になれるんでしょうか」
サツキは画面から目を離さず、口元に微笑を浮かべた。
「その役目はあなたに任せるわ、夢子」
夢子教官は目を見開いた。
「わ、私ですか!?」
「あなたなら、野生の獣でも飼い慣らせるでしょ?この子は…多少言葉が通じる獣みたいだけどね」サツキは冗談めかして笑った。
夢子はため息をついた。
「…今度は私にもプロポーズしてきたりして」
「それなら、彼には見る目があるってことね」サツキは気品ある笑い声を上げた。
その瞬間、画面に映る「アレックス」という名前が、淡い赤い光を帯びて輝いた。