第5章:誇りと現実
「そこで笑ってるだけか? それとも少しは役に立つ気があるのか?」
レイジは怒りを込めてアレックスに言い放った。
アレックスは答える気すらなかった。ただ肩をすくめ、真剣な者ほど苛立つような、あの不快な笑みを浮かべた。
だが、レイジの我慢も限界だった。
彼の手にあったピラミッドが宙に浮かび、雷鳴のような声で命令が響いた。
「目覚めろ、ライコウマル!」
地面に電気の魔法陣が爆発し、そこから鋼の巨狼が出現した。金属の装甲に覆われたその身体、光る目、稲妻に包まれた牙。
獣は機械のような咆哮を放ち、周囲の木々を震わせた。
他の生徒たちも、その勇気…あるいは無謀に感化され、次々にピラミッドを起動した。
「行くぞ!あいつにできるなら俺たちもできる!」
「置いていかれるわけにはいかない!」
しかし、その高揚はすぐに打ち砕かれた。
クラス2とクラス3のシンジュウたちが即座に反応した。
クラス2のシンジュウは黒いエネルギーの波を放ち、三人の生徒を一瞬で吹き飛ばした。
彼らはレベル1のエリートピラミッドを持っていても、あのクラスのシンジュウにはただの玩具だった。
悲鳴が上がる。
「腕が……切られた……!」
「シールドが壊れた!」
「召喚が反応しない……!」
立っていられるのはレイジと、レベル2ピラミッドを持つ二人だけ。だが、彼らも実戦経験が乏しく、動きはぎこちなく、必死さがにじみ出ていた。
アレックスは木にもたれかかりながら、その様子を静かに観察していた。まるで退屈な試験でも見ているような目つきで。
「愚かだな」
それはため息のような呟きだった。
隣にいた内気な少女が彼を見上げる。体の震えをこらえながら。
「愚か…?なぜそう思うの?」
アレックスは軽く笑いながら彼女を見下ろした。
「どんなシンジュウかも知らずに突っ込んでいった。能力も、戦法も、弱点すら把握してない。衝動とプライドと恐怖だけで動く。…そんな連中が勝てるはずがない」
彼女は何も言い返せなかった。冷たすぎる言い方に胸が痛んだが、言っていることには一理あった。
「それでも……彼らは戦ってる。…あなたは?何もしないの?」
「してるさ。誰が初日を生き残るのかを学んでる」
「…酷い…!」
少女は怒りと涙で震えながら叫んだ。ピラミッドが宙に浮き、彼女の手も震えていた。
「…あなたが正しくても……私は、見ているだけなんてできない!」
魔法陣が輝き、そこから光る蝶が現れた。彼女のピラミッドが召喚したのは、回復と防御の効果を持つ精霊だった。
「やめろ!」
アレックスは叫んだが、彼女はすでに走り出していた。
衝動と無力感に突き動かされ、無計画に戦場へ飛び込んでいった。
アレックスは目を閉じ、ため息をつく。
「…まったく。優しい奴ほど無鉄砲だ」
立ち上がると、彼の視線は傷ついた生徒たちと迫りくるシンジュウへと向いた。
「仕方ねぇな…後始末は俺か」
鋼の狼・ライコウマルが雷を纏いながらシンジュウに突撃した。
レイジは叫んだ。
「破壊突撃、今だ!」
狼が全力でぶつかる――だが、シンジュウは微動だにしなかった。
一閃。黒き爪が盾を破り、ライコウマルを一瞬で粉砕した。雷の火花と煙の中、召喚は消えた。
「な、何だと…!?」
レイジが後退する間もなく、尻尾が彼を叩きつけた。
地面に叩きつけられ、血を吐き、動けない。シンジュウがゆっくりと彼に近づく。
「レイジーッ!」
誰かが叫ぶが、誰も動けない。
その瞬間、シンジュウの爪が振り下ろされた——
「怪人講師!!」
教師が飛び込み、叫びながら結界を発動した。
岩と鋼の盾が地面から隆起し、攻撃を部分的に防ぐ。だが、爪はそれを貫き、講師の胸に深く突き刺さった。
呻きながらも、講師はレイジを押しのけ、命を救った。
シンジュウは動きを止め、次にレイジを見つめる。彼は震えながら、血まみれの顔で呟いた。
「ま、まだ……死にたくない……」
咆哮とともに、シンジュウが再び襲いかかる。
レイジは目を閉じる。
その時――眩い光が彼を包んだ。
「天の守護!」
内気な少女が現れ、震えながらも前に立ちはだかった。
光の盾がレイジを守る。
「死なせない……絶対に!」
精霊が彼女の周囲を飛び、回復の粉を撒き散らす。
だが、二体目のシンジュウが彼女に向かって進み始める。
彼女は動けない。恐怖で体が固まっていた。
「だ、だめ……こわい……」
盾の光が揺らぎ、精霊は彼女の後ろに隠れる。弱りきっていた。
二体のシンジュウが左右から迫る。
「お、お願い……」
その時、両方のシンジュウが動きを止めた。
あと一歩というところで、視線をアレックスへ向けた。
彼は数メートル先に立っていた。ポケットに手を入れ、静かに見ていた。
緑・白・赤の髪が、誰も感じていない風に揺れていた。
彼の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
シンジュウたちは動かない。
その目には、怒りも、飢えもなかった。あったのは…警戒。認識。恐怖。
戦場に重たい沈黙が落ちた。
アレックスは首をかしげ、静かに言った。
「もう飽きた」
そして、一歩、前に出た。
シンジュウたちは……後退した。