第18章:異なる道、同じ使命
白い大理石でできた天龍帝国魔法学院の廊下に、二人の足音が静かに響いていた。
廊下の両脇では、生徒や教師たちが足を止め、一瞬だけ彼らに視線を向ける。
無表情で天井をぼんやり見上げる少年と、苛立った表情を隠そうと必死な二年生の少女――その奇妙な組み合わせは、いやでも目を引いた。
「ちっ……」
少女は小さく舌打ちしながら、胸元をさりげなく擦り、隣を歩く少年から目を逸らした。
アレックスは、まるで何事もなかったかのように平然と歩き続ける。
数分前に起きた出来事など、まるで気にも留めていない様子だった。
「……お前が白縫ありさか。」
その言葉に少女はぴたりと足を止め、拳を強く握りしめながら、悔しそうに唇を尖らせた。
「……話しかけないで。アンタみたいな無神経なやつに、名前を呼ばれたくないの!」
「ああ、分かった。」
アレックスは全く興味がなさそうに返事をすると、再び歩き始めた。
二人の間に重たい沈黙が流れる。
だが、アレックスは突然、前を見たままぼそりと呟いた。
「……お前、どれくらい強いんだ?」
ありさは驚き、思わず瞬きをした。
「はぁ?」
「学園長がわざわざ俺の隣に置くくらいだ。普通じゃないんだろ。
それだけだ。どれくらい強いのか、興味がある。」
いつも通りの無関心な口調だったが、その言葉にありさはますます苛立ちを募らせた。
「ふん! 別にアンタに評価される筋合いはないし!」
胸を張りながら言い放った。
「二年生でもトップ5に入ってるんだからね! しかも内部大会だって、ピラミッド一つで優勝したんだから!」
「ほう、一つだけか。」
アレックスはわずかに顔を向けた。
ようやく少しだけ興味を示したらしい。
「そうよ。カテゴリー2の上位ランク、黒クラスのピラミッドよ。でも、本気を出せば二つ同時に扱えるわ。
ただ、私のメインに釣り合うサブが見つからないだけ――今までは、ね。」
ありさは腕を組み、得意げに言った。
「……なるほど。」
アレックスはぼそりと呟く。
「それでも、学園長が俺たちを組ませた理由は分からないな。」
「アンタは? どのクラス?」
アレックスは当然のように答えた。
「ない。」
「……は?」
「俺の魔法も、ピラミッドも、分類不能だ。」
まるで天気の話でもしているかのような無感情な口ぶりだった。
ありさはぽかんと彼を見つめた。
だが、それ以上言葉を交わす暇もなく、二人は目的地にたどり着いた。
そこには、黒く重厚な魔法刻印が施された大扉――天龍帝国魔法学院の学園長、御神さつきの執務室があった。
白い甲冑を纏った二人の衛兵が厳かに立っている。
一人がドアを三度ノックすると、深いきしみ音とともに扉がゆっくりと開いた。
「――入りなさい。」
優雅でありながら威厳を感じさせる声が中から響いた。
二人は顔を見合わせることもなく、そのまま室内へと足を踏み入れた。
だが、彼らを待ち受けていたのは、ただの特別任務ではなかった。
それは、火花が散るような絆と、数多くのすれ違いから始まる、運命の出会いだった。
ミカガミ・サツキ学園長の執務室は、広くて優雅な空間だった。
古びた書物が並ぶ本棚、魔法陣を描くように宙に浮かぶクリスタル、そして夕暮れの光を取り込む大きな窓――。
部屋の中央、輝く刻印が施された豪華な机の後ろには、学園長の威厳ある姿があった。
その存在感だけで、歴戦の教師たちでさえ背筋を正すほどだった。
アレックスとアリサは、その机の前で立ち止まった。
アリサは腕を組み、苛立った表情を浮かべる。
アレックスは――ただ退屈そうにしていた。
「来てくれてありがとう。」
学園長は氷のように冷たい瞳で二人を見つめながら、静かに口を開いた。
「単刀直入に言うわ。あなたたち二人に、急ぎの任務を任せたいの。」
「任務……? こいつと一緒に!?」
アリサは声を荒げた。
「ミカガミ学園長、失礼ですが、問題児の一年生と一緒に行動する必要はないと思います!」
「だからこそよ。」
学園長はわずかに微笑みながら答えた。
「アレックスは確かに強いけれど、規律面ではまだ信用できない。
だからこそ、責任感と判断力、そして確かな腕を持つあなたが必要なの、アリサ。
互いの欠けた部分を補い合うのよ。」
「ちっ……。」
アリサは舌打ちし、露骨に不満を顔に出した。
「それで、任務内容は?」
アレックスは無関心な口調で割り込んだ。
学園長は机の上で指を組みながら答えた。
「帝国領の外れに、小さな村があるわ。そこへ研修に向かった三年生の生徒四名と、護衛についていた軍魔導士一名が消息を絶った。
最後の報告では、カテゴリー2の神獣の活動が確認されたとのことだった。
本来なら、それほど危険な相手ではないはずだった……。
けれど、その後、連絡は完全に途絶えた。すでに三日が経過している。」
「……だったら、なんで一年生と二年生だけで行かせるんだ?」
アレックスは視線を鋭くしながら問うた。
「帝国軍を派遣するか、政府に応援要請すればいいだろう。」
アリサは怒りで目を見開き、アレックスに向き直った。
「何ですって!?
誰が“二年のひよっこ”よ!」
アレックスは答えることすらせず、ただ彼女を見下ろした。
「怖いなら来なくていいぜ。」
彼は肩をすくめる。
「俺一人でも十分だしな。」
「っ……なによそれ!
アンタに何ができるっていうのよ!」
アリサは怒りに震えながら右手を掲げた。
ぱっと光が弾け、一振りの短剣が現れる。
白を基調とした鍔と、金色の装飾が施された柄。
その中心には、淡い青色に輝く六角形のピラミッド型宝石がはめ込まれていた。
学園長はそれを静かに見守っていたが、その瞳にはわずかな興味と楽しみが浮かんでいた。
「いい剣だな。」
アレックスはぽつりと呟いた。
「見た目だけじゃないことを祈るぜ。」
「アンタなんかに見せるものじゃないけど……
少しでも舐めた口をきくなら、すぐに教えてあげるわ!」
アリサは挑戦的な眼差しを向けた。
「なら、さっさと行こうぜ。」
アレックスはあくび混じりに言った。
「早く終わらせて、昼寝の続きでもしたいんだ。」
アリサは睨みつけたままだったが、これ以上何も言わなかった。
学園長は立ち上がり、二人に小さな巻物を手渡した。
それには帝国の紋章が刻まれている。
「これは正式な外出許可証よ。
一時間後、南門に魔導馬車を用意してあるわ。
絶対に失くさないで。
そして、これは単なる戦闘任務じゃない。
二人の“協力”も試されているのよ。」
二人は無言で巻物を受け取り、部屋を後にした。
空気には、緊張と苛立ち、そしてわずかな期待が混じっていた。
理想のコンビではない。
だが――だからこそ、運命は彼らに新たな道を用意していた。