第15章:すべてが変わる前に、取り残された者
第15章:すべてが変わる前に、取り残された者
夜空は静かに学園の上に広がっていた。遠くに見える街の明かりはまるで蜃気楼のようだった。ミナは自室のベッドの上で膝を抱えて座り、天井を見つめていた。戦いの記憶がまだ頭の中をよぎっていた… そして、それ以上にアレックスの言葉が。
窓ガラスを「コンコン」と叩く小さな音に彼女はびくりとした。すぐに立ち上がり、バルコニーへと駆け寄る。そこには、ポケットに手を入れ、目を伏せたまま立っているアレックスの姿があった。
「女の子の部屋を覗くなんて、趣味悪いわね」
ミナは冗談っぽく言い、無理に笑みを作った。
「可愛い子だけだよ」
アレックスはそう返し、視線を上げた。しかし、その声色はいつもと違った… 優しく、そして誠実だった。
ミナは腕を組みながらも、バルコニーのドアを開けて彼の隣に出た。
「…こんなところで何してるの?」
アレックスはすぐには答えなかった。しばらく遠くの街の明かりを眺めてから、口を開いた。
「謝りに来た」
その言葉にミナは目を見開いた。
「…あんたが? 謝るって?」
「…めったにしないからな」
アレックスは認めた。「うまく言えるか分からない。ただ…俺には他人の痛みをちゃんと理解する感覚が欠けてる。誰かが辛い話をしたとき、どう反応すればいいのか、正直分からない。でも…君の表情を見て、胸がざわついた。それで…言い過ぎたんだと思った」
ミナは目を伏せたまま、黙っていた。
「ただ一つ分かってるのは…」
アレックスは彼女の方を向いた。「俺は可愛いものが好きなんだ。…君は、可愛いよ」
その言葉に、ミナの顔は一気に赤くなった。
「それって…告白? それとも話を逸らそうとしてるだけ?」
「君に嫌われたくなくて、下手なこと言っただけさ」
戦いの後、初めてミナは笑った。ほんの少し、そして少し照れたように…でも確かに笑っていた。
「嫌いじゃないわよ、アレックス。ただ…愛した人を否定されるのは、やっぱり…痛いの」
アレックスはうなずき、少し間を置いて小さな声で尋ねた。
「君の人生って…兄さんがいなくなる前は、どんな感じだった?」
ミナは彼を見て、一瞬迷ったが、やがて空を見上げながら話し始めた。
「…穏やかだった。三人でいつも一緒にいた。ミサキはいつも強くて、でも彼は…家族の太陽みたいな存在だった」
---
回想
貴族風の大きな屋敷。夕陽に照らされ、温かい光が差し込む庭。7歳くらいのミナが笑いながら走り、後ろから明るい笑顔の青年が追いかけてくる。
「うるさいガキめー!」
彼は冗談っぽく叫ぶ。「捕まえてくすぐってやるー!」
「にいさーん、やめてぇー!」
ミナは笑いながら叫ぶ。
縁側には、9歳のミサキが腕を組みながら見ている。怒っているふりをしているが、口元にはかすかな笑み。
「まったく、二人ともバカみたい」
「ミサキもおいでよ!」
兄はそう言って彼女の手を取り、引き寄せる。
三人は笑いながら芝生に倒れ込む。窓辺では母が手を拭きながら、優しい微笑みを浮かべて彼らを見ていた。
---
「幸せだったの…」
ミナは現実に戻り、ぽつりとつぶやいた。
「彼は…私たちのすべてだった。いつも守ってくれるって言ってくれた。絶対に、私たちを傷つけさせないって…」
唇が震える。
「それなのに、ある日突然…いなくなったの」
静寂が二人を包む。アレックスは言葉が出ず、ただそっとミナの頭に手を置き、不器用に髪をくしゃりとかき混ぜた。
「何て言えばいいか分からないけど…三人のあの頃、すごく素敵だった。…またあの庭で笑ってた君に戻れるよう、手伝いたい」
ミナは驚いた顔で彼を見つめた。そして…一筋の涙が頬を伝う。でもその顔には、小さな…本当の笑顔があった。
「ありがとう…アレックス」
---
戦いは終わった。
フィールドは消え、クロンリュウの姿も消えた。
ミサキの切り札は敗れた。
今、彼女は一人だった。膝をつき、腕は震え、喉は何かをこらえるように詰まっていた。
どうして…負けたの?
周囲の笑い声、ささやき、視線。すべてが刃のように彼女を刺す。
皆が見ていた。“裏切り者の妹”、“強力なピラミッド の少女”… そんな彼女が、格下の相手に敗れた。
そしてアレックスのあの言葉が浮かんだ。
冷たく、嘲るような…でも、真実だった。
「君のあの戦いぶりを見た後で、チームを組みたいと思う奴はいないよ」
その言葉は深く突き刺さった。
でも、それ以上に胸を締めつけたのは——
彼が正しかったことだった。
「仲間なんて、いらない…」
彼女は地面を見つめたまま、そうつぶやいた。
傲慢ではなく。
誇りでもなく。
——ただ、怖かったのだ。
---
回想
ミサキは、あの日を思い出した。
完璧だった世界が崩れた、あの日。
家の誇りだった兄。皆に愛され、リーダーとして頼られていた。
彼が——裏切った。
ある朝、彼は突然姿を消した。
そして、魔法通信で知ったのは、兄が 黒真珠騎士団と共に戦っているという事実だった。
騒動はすぐに広まり、名家たちは手を引いた。
学園の友人たちは、口を利かなくなった。
両親は世間の目に耐えられず、心を閉ざした。
母は病に倒れ、父は家にこもるようになった。
そしてミナは、夜ごとに泣いた。
夢の中で兄を呼び、帰ってきてと懇願していた。
誰かが強くならなければならなかった。
その役目を担ったのがミサキだった。
心を閉じ、感情を封じ、ひたすらに鍛錬に打ち込んだ。
他の誰よりも早く魔力を覚醒させ、努力で力を得た。
帝国魔法学園・天龍の入学試験に、圧倒的な成績で合格するために。
そして、彼女はやり遂げた。
希少な第二等級のピラミッドを手に入れた。
それは、家の名誉を取り戻すための切り札だった。
「私は…一人で家の名を取り戻す。誰にも頼らない。兄のようにはならない。誰かを失うくらいなら、最初から誰も近づけない」
ミサキは、無人の訓練場の地面からゆっくりと立ち上がった。
風が彼女の髪を揺らす。もう誰もいなかった。
そこにあるのは、自分と自分の影だけ。
だが胸の中に広がる空虚は、ますます重くなっていた。
——お兄ちゃん、あなたも…こんな気持ちだったの?
数年ぶりに、彼女は…その答えが分からなかった。
---