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第14章:誇りの代償に権利はない


ミナは立っているのがやっとだった。呼吸は荒く、脚は震えていたが、顔には微かな笑みが浮かんでいた。アレックスはしっかりとした足取りで近づき、何も言わずに彼女を抱きしめた。


「よくやったよ…」彼は優しく囁いた。


ミナは一瞬で赤面し、心臓が激しく高鳴った。

「ア、アレックス…! な、何して…?」


「落ち着け。ただ君が無事か確かめたかっただけだ。」そう言っても、彼は彼女を離さなかった。


その頃、少し離れた場所でミサキは膝をつき、視線を地面に落としたままだった。拳を握りしめて、全身が震えていた。


「どうして…どうして私が負けたの…?」彼女は呟いた。


周囲の学生たちは静まり返っていた。誰もが信じられないという表情で、言葉を発する者はいなかった。


アレックスはミサキを見つめた。


「助けもなしに好き勝手やって勝てると思った罰だ。」冷たい口調で言い放った。「今のこの世界の状況では、自分の力だけを信じるなんて無謀だ… まあ、俺を除いてな。傲慢で自信過剰でいられるのは、俺だけだ。」


「アレックス!」ユメコ先生の鋭い声が飛ぶ。「それまでよ。」


彼女はミサキのもとへ歩み寄り、穏やかな表情を浮かべた。


「だからこそ、チームワークを重視するのです。現実の戦場では、目的も動機も未だに不明な存在と戦うことになります。唯一分かっているのは…彼らが容赦なく攻撃してくるということ。」


ミサキはさらに視線を落とした。


「私は…仲間なんていらない…」彼女は呟いた。


「それは良かったな。」アレックスが皮肉たっぷりに言った。「あんな酷い戦いぶりと、下位ピラミッドの相手に負けたことで…君と組みたがる奴なんていないだろう。嫌いな“仲間”に悩まされることもないさ。」


ミサキは勢いよく立ち上がり、怒りで顔を真っ赤に染めた。


「お前に…私の何が分かるっていうのよ!」


アレックスは興味なさげに肩をすくめて笑った。


「別に知りたくもない。俺が興味あるのはミナだけだ。」


ミナは横目でアレックスを見て、驚きと困惑を隠せなかった。


「でもな…」アレックスはミサキを真っ直ぐに見つめながら続けた。「一つだけ知ってることがある。」


全員が息を呑んだ。


「お前の家の悪名だよ。」


ミナは目を見開き、ミサキは一歩後ずさった。


「な、何を…?」


アレックスは彼女に一歩近づいた。


「お前はタチバナ家の名誉を取り戻すためだけにここにいるんだろ? あの裏切り者の兄のおかげで。」


「なっ…なぜそれを知ってるの…?!」ミサキは震えた。


「悲惨だったろうな。」アレックスは容赦なく言い放った。「兄がチームを裏切って、ブラック真樹の教団に入ったんだろ? 世界を滅ぼそうとする狂信者たちの集まりさ。俺から見れば、ただの臆病者だ。家族を捨て、お前という馬鹿にその責任を押しつけてな。」


パァン!


その平手打ちの音は、雷鳴のように響いた。


ミナは涙を浮かべながら、手を伸ばしたまま全身を震わせていた。衝動的な一撃と共に、彼女のピラミッドが無意識に反応していた。


アレックスはその場で動かず、ゆっくりと彼女の方を見た。


「人の兄をそんな風に言わないで…!」ミナの声は震えていた。「あなたには、彼らがどんな思いをしてきたかなんて分からない!」


学生たちは凍りついた。


ミサキは呆然としたままミナを見つめていた。そして初めて、ミナをライバルではなく、自分と同じ「傷ついた者」として見ていた。


アレックスは頬に手を添え、片方の口角を上げた。


「へえ…それは予想外だったな…」


重い沈黙があたりを包む。風がミナの髪を優しく揺らし、彼女はまだ手を差し出したままアレックスを見つめていた。学生たちは誰一人声を出さなかった。ユメコ先生も口を開こうとはしなかった。それは、二人の間でしか解決できない問題だと誰もが理解していた。


アレックスは動かず、頬には赤みが浮かんでいたが、その表情は変わらなかった。表向きは、冷静なままだった。


「意外と強く打つな、お前みたいな優しそうな子が…」彼はようやく呟いた。


ミナは答えなかった。唇が震え、目には怒り、悲しみ、そして罪悪感が混ざっていた。ほんのわずかに、恐れもあった。


「他人の兄のことを悪く言わないで…」ミナの声はかすかに震えながらも、しっかりとした芯があった。「たとえ怪物になったとしても…彼は私たちの一部だった。」


アレックスは腕を組み、彼女を見つめたままだった。


「でも、お前はミサキを庇わなかったな。なのに、兄のことになると怒るのか。」


「だって…! あなたには分からないのよ!」ミナが突然叫び、学生たちは思わず一歩後退した。「愛していた人が、ある日突然、全く知らない存在になって…その人を憎むべきか、それともまだ愛しているべきか…そんな気持ち、あなたに分かるはずがない!」


アレックスは少しだけ眉をひそめたが、黙ったままだった。


ミナは深呼吸をし、少し落ち着いた様子で言った。


「あなたに…誰かを裁く権利なんてない。いつも皆の上に立ってるつもりでいるけど…あなたは、誰かを理解しようともしない。感じようとすらしない。」


その言葉は、アレックスの心の奥に突き刺さった。少しだけ口を開いたが…何も言わなかった。


「青春ドラマはもう終わった?」ミサキが後ろから皮肉交じりに言った。


ミナは振り返ったが、もう何も言う気力はなかった。


アレックスはミナをしばらく見つめた後、静かに彼女の前に歩み寄った。わずかに頭を下げ、囁いた。


「君の言う通りだ。」


ミナは驚いて彼を見た。


「俺は他人のようには感じない。普通に感じるべきことも、何も響かない。でも、それが理解していないという意味じゃない。ただ…理解しても、同意するとは限らない。」


彼は背を向けた。


「ミナ、ゆっくり休め。君は頑張ったよ。」


そして、何も言わずに歩き去ろうとしたが、最後に小さく囁いた。ミナにだけ聞こえる声で。


「君が勝って、良かったと思ってる。」


ミナはその場に立ち尽くし、頬を涙で濡らしながら、心臓が激しく鼓動するのを感じていた。アレックスは、いつものように何も言わせずに去っていった。


つづく…


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