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第10章:道の第一歩


太陽がまだ空の半分も越えていない頃、1-Aの生徒たちは浮遊するオーブに導かれ、キャンパスの横にある建物へと向かっていた。それは、傾斜した屋根に魔法で強化されたガラス、そして音もなく浮かぶ鐘の塔を備えた巨大な構造だった。


その扉の前、木箱に腰かけていた一人の女性が、ミステリー小説を片手に、湯気を立てる紅茶をそばに置いて待っていた。


「…ずいぶんのんびりね」

彼女は本を閉じながら呟いた。外套の腕には、彼女の名前が刺繍されている。


「指導教官 朝凪ユメコ」


生徒たちは次々に教室へと入っていった。その広さに思わず息をのむ者も多かった。普通の教室ではなかった。壁には魔法で封印された扉、天井は幻のように浮かび、重力すら異なる場所がいくつかあった。中央には浮遊する円形のプラットフォームと回転式の座席が配置されている。


アレックスは最後に到着した。片手に食べかけのパンを持ち、制服は相変わらず乱れている。そのまま後方の席に座り、隣の椅子は空いたまま。


その直後、ミナが緊張気味に教室へ入ってきた。周囲を見回した後、しばらく躊躇い…そして彼の隣にそっと腰を下ろした。


「お、おはよう…アレックスくん」


「朝飯、食ったか?」

アレックスは彼女を見ずに、手にしていたパンのもう半分を差し出した。


「た、食べたけど…あ、ありがとう…」


会話が続く前に、ユメコがゆったりとした足取りで教室の中央へ進み、両腕を伸ばした。


「さて、みんな!ようこそ天竜での最初の本格授業へ。ここでは、ただの理論だけを教えるわけじゃない。生き残るための術を叩き込む。中には脱落する者もいるけど、それは普通のことよ」


教室は水を打ったように静まり返った。


「まず覚えておくべきこと、それは――ここで作るのは『一時的なグループ』じゃない。ここで作るのは、今後もずっと共に戦う『正式な戦闘チーム』なの」


その言葉に、生徒たちの間でざわつきが広がる。誰もが隣を見たり、不安げな表情を浮かべていた。アレックスはあくびを一つ。


「チームは、自分のクラスの中から選ばなくてもいい。他のクラス、学年、上級生からでも自由に仲間を募れるの。むしろ、実力があるなら上級生からスカウトされる可能性もあるわ。そうなれば、多くの扉が開かれるし…影響力も手に入るわよ」


今度こそ、生徒たちは完全に驚きの表情を見せた。


「三年生のチームに入れるの?」


「チームが見つからなかったらどうなるの…?」


「えっ、あの授業中に寝てるやつと同じチームになったらどうしよう…!」


その瞬間、アレックスが手を挙げた。


@@@


「女の子だけでチームを組むのって、あり?」


ユメコはこめかみに汗を浮かべながら彼を見た。


「今気にすることじゃないと思うけど……うん、できるわよ。」


すると突然、教室の右側から声が響いた。


「バカバカしいわね。」


腰まであるラベンダー色の髪、明るいキャラメル色の瞳、そして完全なる自信に満ちた表情の少女が腕を組んだ。彼女の制服はミナのものとはまったく違い、モダンなデザインで、ノースリーブのショートジャケット、アシンメトリーなスカート、そして魔法で魅力を強化されたヒール付きブーツを履いていた。それはまるで、より大胆で堂々とした……ミナミの別バージョンのようだった。


「チームなんて必要ないわ。シンジュウなんて噂ほど大したことない。一人で十分。」


その自信満々な口調に、教室は一瞬でざわめいた。


「な、何言ってんのあの子!?」


「どこの家の子だ?」


「タチバナさんに似てるけど……全然別人みたい!」


ミナは周囲の視線に気づき、身を縮めた。アレックスは目を細めてラベンダー髪の少女をじっと見た。少女も少し顔を傾け、彼を見返す。


「あなたね? シンジュウ相手にあの騒ぎを起こしたって男。噂は聞いたわ。」


「サインでも欲しいのか?」アレックスは無表情のまま返した。


少女は眉をひとつ上げ、面白がるように笑った。


「いいえ。ただ、あなたが噂通りに“変”なのか、それとも本当に強いのか、気になっただけ。」


「じゃあ俺は、君がどれほど“うぬぼれてて”、どれほど“うるさい”のか、気になってた。」


アレックスは軽く笑った。


教室にピリッとした空気が流れた。


ユメコが一度だけ手を叩いて場を和ませた。


「いい感じね~! 早速エゴのぶつかり合い。悪くないわ。覚えておいて、チームの編成は自由。今日決める必要はないけど、命を預けられる仲間を一年かけて見つけなさい。シンジュウは、ミスを許さないわ。」



---


授業が終わり、生徒たちが教室を出ていきながらあれこれ話し始める中、ミナはアレックスの隣を無言で歩いていた。もう話しかけられないと思ったその時、アレックスが口を開いた。


「タチバナ、その子って……君の悪の双子?」


「えっ!? ち、違うよ! あれは……私のお姉ちゃん、ミサキ・タチバナっていうの。性格は全然違うけど……すごく強いの。」


「ふーん。ただの口数の多い子に見えたけどな。」アレックスは手を後ろで組んで歩いた。「君の方が好きだな。」


ミナの顔が一気に真っ赤になった。


「ぁ、ありがと……」


そのころ、キャンパスの高い塔の一つで、校長のミカガミ・サツキとユメコが魔法スクリーン越しに教室の様子を見ていた。


「初日の印象は?」校長がティーカップを持ちながら尋ねた。


「手間のかかる子たちね。」ユメコが肩をすくめる。「でも面白くなりそう。」


「アレックスは?」


「まるで理屈が通じない。でも周りの人間が彼を中心に動く。まるで、混沌そのものに引き寄せられているような存在ね。」


サツキは微笑んだ。


「それなら、一年が楽しくなりそうね。」



---


二日目の朝、空は灰色でどこか不穏な気配を漂わせていた。まるで、これから教えられる内容の重さを世界が感じ取っているかのようだった。


浮遊教室は「講堂モード」に切り替えられ、座席は中心の壇を囲むように渦巻くように並べられていた。壇の中央には、黒いマントに金の文様が輝く衣装をまとったユメコ・アサナギが立っていた。


無駄なく、彼女は隣に浮かぶ魔法球のひとつに手をかざす。すると教室は暗くなり、天井には夜のように暗く裂けた空のホログラムが映し出された。


その声はまるで胸の奥に響くように、深く、重く鳴り響いた。


「――六十年前、空は砕け散った。」


映像では、空が巨大な裂け目を生み、そこからは光とも闇ともつかないものが放たれ、異形の影が地上に降りていく。


「天の裂け目、そこから名もなき異界の存在が現れた。常識も理解も超えた、巨体の怪物たち。」


生徒たちは息を呑み、その不気味な姿にゴクリと喉を鳴らす者もいた。


「神だという者もいれば、神罰だという者もいた。私たちは彼らを――シンジュウ(神獣)と呼んだ。」


映像には破壊された都市、消し飛ぶ軍隊、逃げ惑う人々が映る。


「都市は次々と地図から消え、人の武器は通じなかった。祈りも届かなかった。だが、血の奥底に眠る魔力が目覚めた時――人類に希望が生まれた。」


今度は人々が魔力に目覚め、シンジュウに立ち向かう様子が描かれた。


「シンジュウが死ぬと、彼らはピラミッドのような結晶体を残した。それは拳ほどの大きさしかなかったが……国家の運命すら変えうる力を秘めていた。」


厳かな雰囲気に包まれたその時だった。


ズズー……ズズー……


教室の後方から間の抜けた音が響いた。アレックスは腕を組んで座り、すっかり寝ていた。口元からは、うっすらとよだれが。


その様子に、数列前にいたミサキの眉がピクリと動いた。すぐに魔法コインを取り出し、正確無比に彼の額に投げつけた。


カンッ!


「いてっ! な、なんだ!? 敵襲か!?」


「授業中に寝るなんて、なんて無礼な奴!注意する気もないの!?」


「君がテンション上がってる時に寝ちゃったのがそんなにショックだった?」


「なっ……この……!」


「そこまで!」ユメコは冷たい声で二人を見た。「そんなに元気なら、聞かせてちょうだい。シンジュウとは何か、あなたたちの考えでいいわ。」


ピリッとした沈黙の後、ミサキが腕を組んだまま答えた。


「何者だろうと関係ない。殺すべき敵、それだけよ。」


その言葉に、アレックスが吹き出した。


「ぷっ……名言だな。どこの魔法幼稚園で学んだんだ?」


「今すぐやる気!?」


「俺は女の子が本読めないって理由で殴ったりしないよ。」


「なっ……なにをっ!?」


「――二人とも、廊下に出て!」ユメコの笑顔は刃のように鋭かった。「五分間、沈黙と謙虚さの価値を考えてきなさい。」


ミサキは舌打ちしながら教室を出ていき、アレックスは大きく伸びをしながら立ち上がった。


「外にお菓子とかある?」


「ないわ。でも次に邪魔したら、召喚室を歯ブラシで掃除してもらうわよ。」


「なんかトラウマのメタファーみたいだな……」


二人が出て行ったあと、教室は少しざわめいた。笑う生徒もいれば、彼らに驚きの目を向ける者もいた。ミナは心配そうにドアを見つめていた。


ユメコはため息をつき、語りを再開した。


「――シンジュウが遺したピラミッドは、ただの結晶ではありません。それは魂の一部。皆さんが持つそれは、力の断片です。それを支配するか、呑まれるか……すべては、あなた次第です。」


その言葉は、教室中に静かに響き渡り、誰の心にも深く刻まれた。



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