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第1章 – 空虚なるピラミッド



> 六十年前、空は無数の破片に砕けた。




天の裂け目から降りてきたのは、名もなき世界から現れた存在。

理を超え、理解を拒む巨大な異形たち。

ある者はそれを神と称し、ある者は天罰だと恐れた。


我々はそれをこう呼ぶ——「神獣しんじゅう」、すなわち神なる獣。


都市は次々と地図から消え、人の兵器は歯が立たず、祈りすら届かなかった。

だが、人の血に眠る魔の力が目覚めたとき、ついに均衡が崩れ始めた。


神獣が滅びると、彼らはその場に水晶のような構造物を残していった。

拳ほどの小さなピラミッド——だが、国家の運命をも変える力を秘めていた。


こうして始まったのは、

戦争と魔法と栄光の時代。

そして、輝きの裏に潜む傲慢、裏切り、そして死の時代でもあった。



---


じゃりじゃりとした砂利を踏みしめる音だけが、静寂を破っていた。


一人の少年が、天龍帝国魔術学院への道を歩いていた。


風になびく三色の髪。

金の刺繍が施された黒いシャツ。

生きているかのように動く黒い文様を浮かべる白のズボン。


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右手には、赤い封蝋で閉じられた一通の手紙。


だが、その目に感情はなかった。


「ここが…そうか」

乾いた声で呟き、巨大な鳥居の門の前で立ち止まった。


学院は、まるで異世界の神殿のようにそびえていた。

雲を突く塔、宙に浮かぶ訓練場、中央に金色のドームを戴く評議会の間。

魔獣に乗って空を飛ぶ学生、エネルギー剣で鍛錬する者、笑い声と魔法の爆発音が響き渡る。


誰かにとっては夢の世界。

誰かにとっては遊び場。


だが、白波アレックスにとっては——ただの、努力を特別だと思い込んでいる連中が集まる場所でしかなかった。


彼は手紙を見つめ直す。少し皺が入っていたが、封蝋は輝きを失っていなかった。


そこには、逆さにしたピラミッドを巻きつく龍の印。


> 「白波アレックス殿


貴殿は、ミカガミ学院長の直々の指名により、天龍帝国魔術学院への入学が決定しました。


貴殿と未確認等級のピラミッド・コアとの間に、異常な同調が観測されました。

出席は義務です。


ようこそ、新たなる時代の幕開けへ。」




「…ったく、面倒だな」

手紙をポケットにしまい、一歩前へ踏み出す。

門をくぐると、温かな風が彼を迎えた。


その時、誰も知らなかった。

神々の審判の歯車が、再び動き始めたことを。


そして、感情を持たぬ少年アレックスが、その執行者となることを——



---


本館の内部は広く、上品で、静寂に包まれていた。

金の縁取りがされた赤い絨毯、漆黒の大理石の柱、ガラスの檻に閉じ込められた蛍のような浮遊灯。


古代文字が刻まれた大きな両開きの扉の前で、アレックスは立ち止まった。

ノックする必要はなかった。


扉は、ひとりでに開いた。


中には、黒木の机に座る一人の女性——ミカガミ・サツキ、天龍学院の長がいた。

年の頃は三十にも見えない。だが、その目は文明の死を見届けたような深さを湛えていた。

腰まで届く白髪、動くルーンで彩られた紫の衣装、そして沈黙すら威圧に変える気配。


「ようこそ、白波アレックス君」

声を荒げることなく、だが部屋全体を震わせる響きで彼女は言った。


アレックスはポケットに手を入れたまま、部屋に入る。


「…で? これがウワサの“生徒を誘拐する学院長様”かよ。手紙まで直筆とはご丁寧に」


ミカガミは片眉を上げて、ほほえんだ。


「誘拐はしていないわ。あなたはどの組織にも属していなかった。誰も、あなたがピラミッドを持っていたことすら知らなかった…あれが現れるまでは」


彼女が手を伸ばすと、机の上に黒いピラミッドが浮かび上がった。赤い脈動を放ちながら、静かに回転している。


「最後の神獣核を探知容器に入れた時、表示された座標はひとつだけ。たったひとつ——」


ホログラムが切り替わる。そこに映ったのはアレックスの部屋。ベッド、机、眠る彼の姿。


「あなたの魔力は、本来この世に存在しないもの。だが…あのピラミッドは、あなた以外を拒絶した」


アレックスは腕を組んだまま、視線をそらした。


「…だからって、無理やり連れてきていい理由になるか?」


「あなたの力は、神獣との戦いの均衡を変える可能性がある。もし、卒業まで辿り着き、いくつかを倒すことができれば…」

彼女は身を乗り出した。

「——欲しいものは、すべて与えられるわ」


沈黙が流れた。


やがて、アレックスは皮肉げに笑った。


「…必死だな。そんなにヤバいのか?」


ミカガミは答えなかった。


「カテゴリー5でも来るのか?」

アレックスは続けた。

「それとも、この学院がただの光るピラミッドを持ってるってだけで英雄気取りのバカどもの巣窟だって、ようやく気づいたのか?」


彼女は一瞬視線を合わせ、そして窓の外へ目を移した。


「確信がなければ、あなたとは話さなかったわ」



---


(数時間後…)


空は晴れ、アレックスは学院の試験場へ向かう外回廊を歩いていた。

石柱が並ぶ通路の先、貴族や教師たちが座る観客席が広がっている。


中央には、黒い大理石の円環。その周囲を魔法のルーンが浮かんでいた。


志願者たちは、それぞれのピラミッドを手にしていた。青、緑、銀に輝くそれらを、誰もが敬意と恐怖を込めて握っていた。


ただ一人、手ぶらの少年——アレックスを除いて。


アリーナの中央には、青いマントを羽織った灰髪の男。サングラス越しの視線が、全体を見下ろしていた。

彼の名はレンカイ。評議会の印を制服に刻む教官である。


「私は教官レンカイ。この試験が、君たちの入学を決める」


「割り当てられたピラミッドを用い、カテゴリー1の神獣と交戦してもらう。

勝てばコアを保持し、入学を許可。

負ければ、コアは没収され、名は二度と魔術界に残らぬ」


どよめきが走る。貴族の手が震え、いくつかの呪文が囁かれる。視線はアレックスに集まっていた。


「…ねえ、先生」

アレックスがつまらなそうに口を開いた。

「この空間って、神獣呼ぶにはちょっと狭すぎない?」


レンカイは答えなかった。ただ、手を上げた。


次の瞬間——

光が溢れ、床が星屑のように崩れ去った。


まばたきひとつで、景色は変わる。


広がるのは、紫の空、炎と灰の匂いが漂う森林と浮遊山脈に囲まれた世界。


「ここが本当の試練の場だ」

空に浮かぶレンカイの声が響く。

「失われた領域の一部…カテゴリー1の神獣が弱者を狩る領域」


そのとき、咆哮が空を裂いた。


森から現れたのは、六本足で水晶の身体を持つ異形。回転する歯車のような顎を持ち、こちらを見つめていた。


「——最初に行きたい者は?」


アレックスが、初めて笑った。


だがその笑みは、喜びではない。

「やれやれ…」という、退屈に飽きてようやく興味を持った者のそれだった。



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