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第9話

 夜の暗闇の中、照明の白い明かりに照らされた函館空港の薄暗い滑走路上で、高山巡査部長は、自衛隊によりヘリが撃墜される一部始終を、厳しい表情で見ていた。

「……」

「た、高山巡査部長」

 清水巡査が、震える口調で言う。

「……参ったなぁ」

 高山巡査部長は、墜落したソ連軍ヘリによって炎を上げる市街地の一角と、なおも空港に接近してくる一機のソ連軍ヘリを見つめて、そう呟く。

 彼の節ばった手は、腰に吊った実弾装填済みの拳銃へと伸びていた。

「戦闘になるべ。早く準備しねばだめだ」

「準備って、何を」

 徐々に迫ってくるヘリに、空港の警察官たちは浮き足立つ。

 空港に展開している警察の武装など、せいぜいが拳銃と警棒、それに防弾など期待できない暴徒鎮圧用の防護盾ぐらいしか無い。

 ソ連軍特殊部隊との戦闘など不可能なのは、その場にいる警官の全員が分かっていた。

 だが、1秒でも足止めしなければMiG-25は確実に破壊されるということも、警官たちは理解している。

 MiG-25戦闘機が隠されているのは、滑走路脇に存在する民間機用の格納庫だ。薄いシャッターが一枚と機体を覆うブルーシートを破ってしまえば、MiG-25戦闘機はすぐ丸裸になる。

 訓練を受けたソ連軍特殊部隊にとっては、あまりに容易な任務だろう。

 もちろん、それは警官たちが抵抗しなければの話だ。いくら武装が弱いからといって、数百人の警察が反撃すれば、ソ連の特殊部隊も苦戦を強いられる。

 だが、おそらくは三桁を超える犠牲を払っても、日本が得られるものは無傷のMiG-25だけ。下手をすれば、警察官が全滅した上に、MiG-25を守ることにも失敗する可能性もある。

 警備に当たる警察官たちの心は揺らいだ。逃げた方が良いんじゃないか。逃げなくても、無抵抗で隠れているべきだなどと、弱気な意見が空港内に満ちていく。

 高山巡査部長のように、躊躇なく戦闘することを選んだ警察官は、ごく少数だった。

 だが、愛国心や警察としてのメンツ、プライド。何よりも、()()という無機質で絶対的な使命感が、警官たちを空港内にとどまらせた。

 ヘリは、いよいよ空港に近づく。エンジンの轟音が、滑走路脇の芝生と警官たちの耳を殴った。

「自衛隊が来てくれることを祈るべさ」

 高山巡査部長はそう言って、腰の拳銃を抜く。

「みんな、迎撃用意だ!」

 彼の声に気づいた警官の何人かが、覚悟を決めるように腰の拳銃を抜いた。周囲の警官たちもそれに続き、函館空港では、着々と迎撃準備が整えられていく。

 逃げ出す者は、ついに一人もいなかった。

「高山巡査部長。戦うんですか?」

「他に選択肢があるのかい?」

 不安げに聞いた清水巡査は、そう聞き返されて押し黙る。

 それから数分もしないうちに函館空港の上空へと到着した、ソ連軍のヘリコプターは、地面スレスレの場所でホバリングした。機内の戦闘員たちは、次々とヘリから飛び出す。

 数名の警官が拳銃で射撃を行うも、人体すら貫通しない拳銃用の弾丸は、ヘリの装甲によってあっけなく弾かれる。

 続々と地上に降り立ったソ連軍戦闘員たちは、周囲の警官たちを確認すると、一斉に銃を乱射した。

 隠れる場所のない滑走路上に立っていた警官たちが一瞬にして撃ち倒され、鮮血が飛び散る。

 流れ弾の当たった空港の窓ガラスは粉々に砕け散り、飛び散ったガラスの破片は、滑走路を監視していたマスコミ関係者と野次馬へと降り注いだ。

 悲鳴が響き、 空港内は一瞬にして大混乱に包まれる。

「始まったか。……清水巡査、覚悟が決まらんなら下がってな」

 高山巡査部長は、呆気に取られて動けずにいる清水巡査にそう言って、拳銃を構えた。



 警察が組織的に抵抗できたのは、わずか十五分ほどだった。

 元々、日本の警察に完全武装の軍人と対峙できるような装備は無いし、そんな訓練もしていない。

 そんな状況で十五分間も組織的な抵抗を続け、今なお戦い続けている警官たちは、賞賛に値する。

 たった十五分。それを稼ぐために殉職した警官は、百を超えた。

「厳しいべや。ちくしょう」

 物陰に隠れた高山巡査部長は、血の止まらない片腕を押さえながら、そう呟く。

 彼は既に自身の拳銃を全て撃ち尽くしており、今は、事切れた仲間の拳銃を回収しながら戦っている。

 頭上を駆け抜ける弾幕に、高山巡査部長は首をすくませると、物陰からわずかに顔を出して敵戦闘員へと射撃を行った。

 防弾ベストやらヘルメットやらで全身を覆った戦闘員に対し、有効射程五メートル程度の拳銃弾はほとんど意味を為さなかったものの、数発の至近弾と一発の直撃弾は、格納庫内への突入を試みていたソ連軍戦闘員を妨害することに成功した。

「高山、巡査……部長。大丈夫……ですか?」

 拳銃を構えながら高山巡査部長の隠れる物陰へと駆け込んできた清水巡査部長が、息も絶え絶えになりながら聞く。

 彼女は重傷こそ負っていなかったものの、満身創痍で、その表情には疲れが浮かんでいた。

「ああ、大丈夫だ。……ほんで、そっちは大丈夫か?」

「……滑走路上の警察、官は、もう、私たちしか。それと、既に格納庫前は、ソ連軍の兵士によって占領されて……、内部の警官が鍵をかけたようですが、突破されるのは時間の問題で」

「違う。お前さん、大丈夫が聞いてるんだべさ」

 荒い呼吸をしながら、なんとか状況を説明しようとする清水巡査に、高山巡査部長は、そう言う。

「……私は……大丈夫、です。銃弾を、撃ち尽くして、しまいました」

 その言葉を聞いて、高山巡査部長は、フッと微笑んだ。

「そうか。……それで、攻撃開始から何分ぐらい経ってるか分かるべか?」

「えっと。……20分弱ですね。それが、どうかしたんですか?」

 清水巡査は、戸惑った口調で言った。

 20分。

 長い時間ではない。

 だが高山巡査部長は、力強く笑う。

「……もう大丈夫だ。俺たちは勝ったべさ」

 直後、函館空港に激しい砲声が響き渡った。


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