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第7話

 函館駐屯地、第28普通科連隊本部、会議室。

 平時は多目的室として使用されている駐屯地の広い会議室も、今は、物々しい作戦指揮所に様変わりしていた。

 第28普通科連隊の連隊長である八木一等陸佐を筆頭とする幹部自衛官たちが、机の上に広げた函館空港の地図を囲んで、会議を行っている。

 部屋には無線機が何台も持ち込まれていて、指揮所内では各部隊の情報やラジオニュース、それに陸上幕僚監部からもたらされる最新の機密情報が飛び交っていた。

 彼らは、腰に実弾入りの11,4mm拳銃を吊っており、それが、会議室の幹部自衛官たちに実戦を強く意識させた。

「各中隊、実弾等の配布を完了しました」

「車両への燃料補給、完了しました」

「対空砲の展開、完了」

「61式戦車への補給も完了しました。いつでも出れます」

「分かった」

 続々と飛び込んでくる報告に、八木連隊長は頷く。

「……作戦の概要をもう一度説明する。61式戦車を先頭とする第一、第二中隊の計200名で空港内に突入し、MiG-25戦闘機を確保。第三中隊で空港全域を封鎖。残りの中隊は駐屯地にて待機。これが作戦の概要だ。質問は?」

 しばらくの沈黙。

「……本当に実行するんですか?」

 緊張した口調で、若手中隊長の一人が口を開いた。名前は清水。つい数ヶ月ほど前に第一子が生まれたばかりの父親だ。

 彼は、第二中隊の中隊長として、突入部隊の指揮を行うことが決まっている。

「命令があれば」

 八木一佐は、後ろめたさを感じながらそう言う。

「………実行する意味はあるんですか?」

 長い沈黙を置いて、清水中隊長は、喉から声を絞り出すように言った。

「清水三佐!」

 声を荒らげた連隊の副長を、八木一佐は手で制する。

「それを考えるのは我々の仕事ではない。……他に質問は?……無さそうだな。総員、持ち場につけ。ソ連軍に動きがあるか、あるいは幕僚長より命令が下り次第、行動を開始する」

「「了解」」

 幹部自衛官たちの応答は、いつもよりも暗かった。


 深夜、冷たい日本海の海面を突き破って、二隻の潜水艦が姿を現す。

 船体に赤い星のマークが描かれた、ソ連海軍の潜水艦だ。

 潜水艦は浮上を完了するや否や、上部ハッチを開放する。

 二隻の潜水艦の中には、それぞれ一機ずつヘリコプターが格納されていた。

 それは、ソ連軍が同盟国の海軍向けに開発した輸送ヘリで世界各国で運用されており、6名の戦闘員、あるいは偵察機材を乗せることができる。

 今回は、各機6名、合計12名の戦闘員がヘリコプターに乗り込んでいた。

 その全員が、海軍スペツナズ、ではなく、海軍スペツナズの戦闘員を装った、KGBの暗殺部隊ヴィンペルの戦闘員だ。

 全員がソ連共産党の党員かつ、将校クラスの軍人で構成されている暗殺部隊ヴィンペルは、国家に対する高い忠誠心と、並外れた練度、経験を誇っており、ソ連の懐刀として数々の秘密作戦を成功裏に実行してきた。

 海の上で、ヘリコプターのエンジンが始動する。プロペラの回転音が、徐々に高まる。

「Наконец-то.Мы сделаем то, что всегда делаем, и выберемся отсюда живыми.(いよいよだな。いつも通りにやって、生きて帰るぞ)」

 ヘリの機内で最終チェックを終えたヴィンペルの隊長が、そう呟く。

 機内の戦闘員たちは、静かに頷いた。

 何も知らされていない潜水艦の乗組員たちを欺くために、ヴィンペルの戦闘員たちは服装こそ海軍特殊部隊のそれに準拠しているものの、戦闘員の武装は、その大半が外国製だ。

 チェコスロバキア製のAK小銃、東ドイツ製の拳銃、スイス製のヘルメットといった感じで、もちろん、身分証明書や党員バッチなどの身元を特定できるものは全く身につけていない。

 もし、作戦中に戦闘員が戦死し、死体の回収に失敗したとしても、ソ連政府は完全にしらばっくれることができるということだ。

 外国における非合法作戦という、極めて危険度の高い任務にも関わらず、ヴィンペルの戦闘員たちは落ち着き払っていた。

 彼らの大半は、既に非合法作戦の経験がある。

 そして、世界で最も優秀な諜報機関であるKGBにとって、この手の任務は慣れっこだった。

 二機のヘリコプターが、潜水艦を飛び立つ。

 潜水艦は編隊を組んで飛んでいくヘリコプターを見届けると、ヘリを格納していたハッチを閉鎖して、ゆっくりと海中に消えていった。


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