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第5話

 日本海に面した夜のウラジオストク港では、静かに、裏切り者(ベレンコ中尉)と、彼の手土産(Mig-25)の始末を行う準備が進んでいた。

 桟橋に停泊した潜水艦へと、翼の折り畳まれたヘリコプターが積み込まれていく。

 肌寒い空気にも関わらず、照明に照らされながら作業する水兵たちの手には力が入っており、皆一様にやる気を漲らせている風を必死で装っていた。

 その理由は、深緑色の制服に茶色のコートを着た、不気味な佇まいのKGB職員たちが、彼らの作業を監視しているからに他ならない。

「Корабль будет готов к выходу через день.(一日後には、出航準備が整う予定です)」

 海軍士官の一人が、若いKGB職員へと報告する。

「Слишком медленно. Сделайте это за семь часов.Военно-морской спецназ уже на пути сюда.Кроме того, мы уже находимся в ситуации, когда предатель в любой момент может быть переправлен в США, а наши самые современные бойцы могут подвергнуться проверке всей своей информации. Каждая секунда на счету. Неужели вы этого не понимаете?(遅すぎる。七時間でやれ。海軍スペツナズは、もうこっちに向かっているんだぞ。それに、もう、いつ裏切り者がアメリカへと移送され、我が国の最新鋭戦闘機が、その情報を全て検められてもおかしくない状況だ。事態は一刻を争う。そんなことも分からないのか?)」

 KGB職員は、一切の感情を見せずに言う。

 海軍士官と若いKGB職員の階級は同じだったが、海軍士官の腰は低く、若いKGB職員は威圧的だ。

 ソ連という国家において、ソビエト連邦共産党から信用されているKGBの権力は、それこそ、大抵の相手からは容易に全てを奪うことができるほどに絶大だ。

 もちろん、この若いKGB職員の持つ権力も、少なくとも、目の前の海軍士官からキャリアと家族を奪い、強制収容所へと送るぐらいなら可能だった。

 海軍士官は、慎重に言葉を選ぶ。

「Мы понимаем это.Но это также требует времени на обслуживание и т.д. .......(それは理解しています。ですが、整備などにも時間がかかりまして)」

 ソ連において、海軍は陸軍や防空軍ほど重視されてこなかった。

 当然ながら、その戦力と即応能力は、決して高くない。海軍士官の提示した1日という期間についても、KGBの手前、かなり無理をした数字だ。

 なんとか説明しようとした海軍士官を、KGB職員は睨みつける。

 それだけで、海軍士官は言葉を失うと、敬礼して作業の指揮へと戻った。

「Он некомпетентен.(彼は無能だな)」

 若いKGB職員は、そう呟く。

「Что нам делать? Отправить их в лагеря?(どうする?収容所にでも送ってやるか?)」

 彼の隣に立っていた、KGBの女性職員が、感情のない口調でそう聞いた。

 若いKGB職員にはそれが冗談であることは理解できたが、周囲にいた水兵たちは、ギョッとした表情を浮かべる。

「...... Нет, хорошо. Потому что нет лучшего настроения, чем некомпетентность. Теперь им придется отдать свои жизни за нацию.(いや、不要だろう。無能ってのは、コマとしては一番使いやすい。これから彼らには、国家のために命を捧げてもらうことだし、せいぜい、無能なりに頑張ってもらおうじゃないか)」

「Это тоже правда.(それもそうだな)」

 二人のKGB職員は、そう言って笑う。

 冷たい空気の中で、その笑い声は、発砲音のように乾いて響いた。


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