第4話
その後、ベレンコ中尉は警察の護衛の下、空港近くのホテルに収容された。
函館空港にはマスコミ各社に加え、世界各国の駐在武官や外交関係者、それに一部の航空機オタクまで集結して大混雑しており、北海道警察は、空港の交通整備とMiG-25の防衛、さらにはベレンコ中尉への対応と、かなりの過重労働を敷いられることとなった。
MiG-25の防衛ぐらいは自衛隊に頼んでも良さそうなものだが、まだ縦割り行政が色濃かった当時、それは決して簡単なことではなかったし、もし可能だったとしても、国内の治安維持を一手に担うという警察のプライドと、平和主義を掲げる野党は、絶対にそれを許さなかった。
「それで、ベレンコ中尉の要求は?」
「アメリカの情報機関に対して連絡をとってほしいとのことだ。それと、戦闘機を誰にも触らせないことをご所望だ」
「現場の警官に、機体をブルーシートで囲み、格納庫に隠すよう命じておきます」
「分かった。ソ連による破壊工作の恐れもある。機体に一人も近づかせるな」
「了解しました」
「それで、彼は今、何を?」
「ホテルの食堂で親子丼を食しておりますが?」
「そんなのは後にしろ。外交関係者から面会要請が来ている」
「無理ですよ。どうせ、ベレンコ中尉は明日、東京の警察署に移送されるんです。お偉いさん方には明日、東京でじっくりおしゃべりしてもらいましょう」
盾と拳銃で武装した機動隊員により厳重な警備体制が敷かれたホテル内で、北海道警察の幹部たちは慌ただしく走り回る。
同じ頃、外務省や防衛庁、それに世界各国の大使館も、事態に対応するために、蜂の巣を突いたような騒ぎに包まれていた。
新聞社やテレビ局、在外公館、航空会社なども同じく。
たった一機の戦闘機のために、日本中が多忙を極めている。
だが、少なくともこの時、まだ、日本は平和だった。