第3話
空港は、一瞬にして大混乱に陥った。
整備士や作業員たちは蜘蛛の子を散らすように退避するか、あるいは、不安げな表情を浮かべて、様子を伺い始める。
突如として現れたMiG-25戦闘機を撮影するためにカメラを構えていた作業員も、パイロットから威嚇射撃を受けたためフィルムを放棄して現場を離れ、以降、滑走路上には誰も立ち入れなくなっていた。
管制塔の航空管制官たちは、周辺空域の民間機に対する誘導と、滑走路上に放置されたMiG-25への対応に慌ただしく動き回る。
空港の事務員たちは、パニックに陥った空港内の民間人の避難誘導を試みるも、混乱状態ではそれも難しく、空港は一瞬にして機能不全に陥ってしまった。
数分ほどして、ひとまず警察に通報した航空管制官は、前例のない事態に判断を下しかねた警察と自衛隊によってたらい回しにされ、なんとか状況を理解した北海道警察が警官を現場に派遣したのは、事態発生から20分後のことだった。
「で、あれが、例の戦闘機かい?」
現場に到着した五十代前半の警察官、高山巡査部長は、滑走路のMig-25から少し離れた施設の影に隠れて、機体を確認した。
「はい。あれです」
着陸の様子を見ていた作業員は、何度も頷く。
彼は、滑走路付近から逃げていなかった野次馬根性のある作業員の一人で、高山巡査部長は現在、彼に案内をしてもらいながら、MiG-25戦闘機の状況を確認していた。
「ソ連の戦闘機かなぁ?」
高山巡査部長は、北海道訛りで呟く。
彼の表情には若干の緊張が混じっていたが、その口調は、落ち着いたものだった。
しばらくして、高山巡査部長の近くに一人の婦警が駆け寄ってくる。
「高山巡査部長。民間人の避難誘導は、到着した警邏に任せてきました。それで、これからどうするんですか?」
若い婦警は、高山巡査部長にそう聞いた。
彼女は清水巡査。つい数ヶ月ほど前に警察学校を卒業したばかりの若手警官だ。
「どうしよっかねぇ? ……とりあえず、弾込めしよっか」
高山巡査部長は、普段通りといった様子でそう言うと、腰のホルスターから回転式拳銃を取り出し、ポケットから取り出した実弾を装填する。
その手つきは、随分と慣れていた。
高山巡査部長の様子を見た清水巡査は、腰の拳銃をおっかなびっくり取り出して、ポケットから一つ一つ実弾を取り出し、シリンダーへと込めていく。
「撃ち合いになるんですか?」
「まさか。そんなおっかないことにはならないべよ」
高山巡査部長はそう言って、弾丸の装填を終えたシリンダーを軸に戻す。
「行くべ」
「え? ちっ、ちょっと待ってください!」
拳銃をホルスターに戻して歩き出した高山巡査部長を、清水巡査は慌てて追う。
「向こうは機関銃で武装しているって情報もあるんですよ! そんなに近づいたら危ないですって!」
「大丈夫大丈夫」
高山巡査部長は清水巡査に軽い口調で言って、戦闘機へと近づいていく。
「ハイ! アーユーグッド?」
「そんな下手くそな英語が伝わるわけないじゃないですか! 一度離れて、機動隊とか、通訳とかの到着を待ちましょうよ! 戦闘機なんて、我々では手に余ります!」
高山巡査部長が戦闘機に近づくと、コックピットから、若いパイロット、ベレンコ中尉が出てきて、滑走路に降り立った。
銃は持っておらず、両手を挙げている。
「Вы из японской полиции?(あなた方は日本の警察ですか?)」
「なんつった?」
「知りませんよ。ただ、私たちのことを警戒していそうですね。ここは慎重に……」
高山巡査部長は、歩みを止める。
「ヘイ! アイアムジャパニーズポリスメン!」
彼は大声でベレンコ中尉に呼びかけた。
「Что вы сказали?(なんて?)」
「とりあえず、俺たちのこと信じてるのは間違いないべさ」
「私たちのことを信用していないのは、間違いないように見えますけどね」
「まあまあ。……ウェルカムジャパン!」
高山巡査部長は、そう言ってベレンコ中尉の手を取る。
かくして、日本とソ連人亡命者のファーストコンタクトは、成功裏に幕を下ろした。