今夜はフェンちゃん劇場
深い森の奥にデーンと聳えるような大木。
ツリーハウスを構えた、その木の下は、庭として使えるように、ちょっとした広場になっている。
時は夜。
晴れた空には降るような星が瞬き、広場の真ん中にはパチパチと原始の音を奏でる大きな焚火。
それを囲んで、丸太に座るのは森の魔法使いとメイド。
温めた酒を飲む魔法使いのために、メイドは甲斐甲斐しくつまみの世話をしていた。
傍らではペットの魔獣フェンリルが、丸くなってスピスピと鼻息をたてつつ眠っている。
「フェンちゃん、よく眠ってるだな」
「今日は奥の山まで遠出したから、疲れたんだろう」
魔術の材料に使う、雪山にしか咲かない貴重な花。
それを採集するため、魔法使いはフェンリルに跨って出かけたのだ。
「一人で飛んでいこうと思っていたが、やはりフェンリルの嗅覚は凄いな。
おかげで、すぐに見つかった」
「さすがだべ、フェンちゃん。ちゃんとわかってて、ご主人様を連れて行くって主張したんだな。賢いべ」
「そして、褒められることをすれば、君が御馳走を作って待っていてくれることを知ってる、実に賢い」
「料理くらいで良けりゃ、お安い御用だ」
魔獣は野獣。
自分で狩りもするし、生肉だってへっちゃらだ。
けれど、ご主人様たちと同じ料理だって、フェンちゃんは大好きなのである。
「ウ……ゥオン……フゥ……ォン」
その時、何やら安眠中では無さそうな寝言が聞えて来た。
「フェンちゃん? うなされてるのけ?」
メイドがそっと近寄り、フサフサの毛並みに触れてみるが起きない。
「珍しいな、いつもならちょっとした気配で目を覚ますのに」
「ご主人様、どしたらいいんだ?」
「そうだな。あまり無理に起こしてもよくないかもしれない。
夢を、覗いてみるか」
「夢を覗く?」
「ああ、見ている夢をそのまま映し出す魔法があるんだ。
プライバシーを覗くようで申し訳ないが、このままにしておくのも心配だし」
「フェンちゃんは大事な家族だべ。きっと怒んねえと思うだ」
「そう祈ろう。では、始めるよ」
森の魔法使いが魔力を練ると、ふんわりとした優しい光がフェンちゃんを包んだ。
やがて、その光はフェンちゃんから離れ、白い大きなスクリーンに変化する。
そこに映し出されたのは、人間とフェンリル、そして光あふれる世界だ。
「このお人形みたいな登場人物が可愛いべ。
もしかして、フェンちゃんには人間がこんなふうに見えてるんだかな?」
「どうなんだろう? まるで絵本か伝説の物語のようだが」
お話は続く。
やたら神々しい人物が、やたら立派なフェンリルを従えて、地上のような世界を平和に導いているように見える。
地上に人間と獣が増えると、神々しい人物と立派なフェンリルは雲に乗って空に昇って行ったようだ。
「これは、人間の世界に伝わる神話と変わらないな。
神の園はもともと地上にあったが、やがて人間や獣が地に満ちると、神は空の上に去ったとされている。
フェンリルにも、伝承されているとは」
さしずめ、神の子が人間ならば、神獣フェンリルの子が魔獣フェンリルなのであろう。
「さすが賢いだけあって、頭の中に物語が伝わってるんだな~。
けんど、うなされる訳がわかんね」
「そうだな」
話が終わって、しばらく真っ白になったスクリーンに、一匹の魔獣フェンリルが映し出される。
さっきよりは、格段にリアルな映像だ。
何か言っているように見えるが、音声は無いためわからない。
しばらくすると、リアルなフェンリルが去っていき、画面全体がぼやけてしまった。
「ん? どうしたんだろう?」
「……ひょっとすると、泣いてるのかも。
さっきの、フェンちゃんの親でねえか?
フェンちゃんから見た、巣立ちの時の思い出かもしんねえ」
「そうか、ふむ」
画像がふいに切り替わった。
そこにいるのは、人間の男性と女性。
こちらに向かって優しく呼びかけたり、微笑んだりしている。
「ご主人様、これって!?」
「私たち、なのか?」
二人が驚いてフェンちゃんを見ると、今はスピスピと穏やかな寝息になっている。
「……もしかすっとだけど、魔獣フェンリルはひとり立ちの時に伝承を教えられ、神獣フェンリルのいる天国に行けるように生きなさい、とか言われるのかも」
「あり得そうだな」
「フェンちゃん、別れたお母さんに、幸せだって言いたかったんかもしれね」
「君が優しくしてやっているからな」
「いんや、ご主人様が自由に暮らせるよう、森に置いてくれてるからだ」
魔法使いとメイドは、顔を見合わせて笑い合う。
「ウォンウォン」
「寝言で返事してるべ」
「可愛いな」
……と言いつつ、森の魔法使いは別のことを考えていた。
さっきの画像では、メイドのスカートが膝下、二十センチはあったように見えたのだ。
それで思い出したが、彼女がここに来た直後は確かにそれくらいのスカート丈だったはずだ。
しかし、今ではどうだ?
もう少しで膝が見えそうではないか。
何が起こってるんだろう?
まさか、とは思うが、お色気で自分を誘っていたりするのか!?
本人のスカート丈をまじまじと見つめるわけにもいかず、視線を逸らす。
すると、うっすらと目を開けたフェンちゃんと視線が合った。
『フェンちゃん、タヌキ寝入りしている場合じゃないぞ!
彼女の気持ちがわかるか? わかってるなら教えてくれないか?』
フェンちゃんは何事も無かったように、そっと目を閉じる。
哀れな森の魔法使いは答えを見いだせず、ただ悶々と夜空を見上げるのだった。




