女郎でありんす
「ミヨはまだか?」と直正の声がする。あいつはわたしの突き出しの相手だ。色ヅラして、わたしのことを「ミヨ」と呼ぶ。
こちとら、その名前はとっくに捨てたんだよ。
今のわたしはご大層だよ。唐橋って言うんだよ。金もないくせに、馴染みづらするんじゃないよ。
たちの悪い客は嫌いだ。臭いのも、粘っこいのも、だけどね、いっち、嫌いなのは貧乏な客だよ。
だけど、仕方ない。お仕事だ。
「直さま。会いたかった」と座敷に足を踏み入れるなりこう言った。
「おう、寂しがってると思ってな、やり繰りして来た」
「嬉しい」と見上げる。腕を取られて引き込まれると、体がすっぽりと埋まった。
そこに
「花魁。遅くなります」と新造の東雲が声をかけて来た。
「おや、無粋だね」と冷めた声を出して、わたしは東雲を睨みつけるが、芝居とわかっているから、東雲は
「お待ちでありんす」と答えた。
「待たせておけばようござりんすぇ」と言いながらも立ち上がると
「直さま、おさらばぇ」
わたしは格子女郎の唐橋。太夫になろうと歯を食いしばって来た。
楼主は太夫を置く格式より客寄せの格子女郎置くことを選んだ。
格子にいるわたしを見て客は、太夫を想像する。
だが、今、うちに太夫はいない。肺の病で死んでしまった。秘密だけどね。
太夫は奥にいるからばれてない。
太夫のお披露目の準備より、格子のなかのわたしで儲ける。賢いね。
それに次の太夫は既にいる。東雲だ。わたしより大きな大輪の花を咲かせるだろう。
運が悪い、間が悪い、それがわたしだ。
「花魁、支度をしておくなんしぃ」と東雲が鏡台の覆いを上げながら言った。
この娘はほんとにいい子だ。
ある商家のお嬢さんだったそうで、詩歌、管弦はもとより、按摩が上手だ。お祖父様のために習ったとか・・・
白粉を塗って貰っていると若い衆の六助が来た。
「直政さんが来ましたけど、帰って貰いました」
「はい」と返事をした。
「あの人もかわりましたね、威勢の良い方でしたが」と六助が言うと東雲が
「花魁は噂話はしんせんぇ」と言った。
花が咲き誇った。わたしを肥やしにして・・・
「失礼しました。東雲さん」と東雲にだけ謝って六助は去って行った。
「東雲、こっちに」と横に座らせた。
鏡に写ったわたしたちは、よく似ている。化粧をして同じ衣装を来たら、同じに見えるはずだ。
「直さんが来たら教えて。こっそり、東雲に内緒でね。あの子を怖がらせたくないから」
六助に囁くと、手をとって両手で挟んだ。それから一枚こっそり渡した。
「花魁、安心なすって」と六助は言うとわざとらしく辺りを見回して去って行った。ここは廊下だけどね。
「花魁、緑水堂のお菓子を安藤様が届けて下さいました」と東雲が菓子鉢を持って来た。
安藤様は東雲の最初の男になるつもりのようだ。
この菓子も東雲に食べさせたいのだろう。
ご馳走になりんすぇ。安藤様
「花魁、直さんがうろうろしてます。なんとも落ちぶれなさって」と六助が言って来た。
「ここには、入れません。わっしが止めます。安心なすって」
役者の様に大げさな身振りでそう言うと肩をいからせて去って行った。
直政は家業で失敗し挽回しきれなかった。今後、この楼に来ることはないだろう。
なにもかも失った男は、命を投げ出す時になにを持っていくだろう。
「東雲、これを着てみて。似合うでありんすぇ」
「花魁、わちきが? これは花魁の」と東雲の驚くのをみて
「うん、二人並んで、お客様を驚かしんしょ」と言えば
「おもしろうござりんす」と喜んで笑った。
わたしたちは、二人並んでわざとすましていた。
そこに、あの六助がやって来た。
「おや、目の正月だ。春がまとめてまぶしいねぇ」とわたしに近寄って来た。
「花魁、綺麗だ・・・おっと肝心なことを、直のやつがうろついてやす」
「怖いねぇ」と言うと
「ミヨ。安心なすって。守りやす」と言うとわたしと東雲をみて階段を下りて行った。
「花魁。あれはいやなお人でありんすね。花魁に馴れ馴れしゅうござりす」と東雲は顔をしかめた。
そして、直政はやって来た。玄関から金を巻きながら、上がって来ると
「唐橋」「唐橋」「ミヨ」と襖を開けた。
「花魁、逃げておくんなし」と直政に見えるようにわたしは言った。
「ミヨ!」と直政は花魁姿の女の首に小太刀を突き立てた。ついでその自分の首に当てたそれを横に引いた。
上手く行った。邪魔な二人を一度で片付けられた。じっと立っていると
「ミヨ・・・唐橋さん」と六助がわたしに呼びかけた。
それから手を握られて部屋から連れ出された。
ちょっと頼みごとをしただけで情人気取りはやめて。
それから、呆けたふりをしている間に全部終わった。
わたしは鞍替えした。名を月夜野と変えた。
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