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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「千両みかん」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/07/08


落語声劇「千両(せんりょう)みかん」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約45分


必要演者数:4名~6名

      (0:0:4)

      (4:0:0)【性別準拠人数比率】

      (3:1:0)

      (2:2:0)

      (1:3:0)

      (0:4:0)

      (0:0:5)

      (5:0:0)【性別準拠人数比率】

      (4:1:0)

      (3:2:0)

      (2:3:0)

      (1:4:0)

      (0:5:0)

      (0:0:6)

      (6:0:0)【性別準拠人数比率】

      (5:1:0)

      (4:2:0)

      (3:3:0)

      (2:4:0)

      (1:5:0)

      (0:6:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって、性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


●登場人物


番頭(ばんとう):呉服屋(ごふくや)の大店(おおだな)の番頭(ばんとう)。名前は佐兵衛(さへえ)。

   まじめだが、ちょっと抜けているところがある。

   若旦那(わかだんな)のわがままを安請(やすう)け合いしたばかりに難儀(なんぎ)する羽目(はめ)に。


若旦那:呉服屋(ごふくや)の跡取(あとと)り若旦那(わかだんな)。

    夏場なのにみかんが食べたいと患(わずら)うほどに悩んで周囲を振り回す

    困った人。


大旦那:呉服屋(ごふくや)の現社長的立場なお人。

    子煩悩(こぼんのう)のあまり、倅(せがれ)の願いを安請(やすう)け合いしてきた番頭(ばんとう)に、

    できなかったら磔(はりつけ)だのなんだのと脅(おど)したあげく江戸(えど)じゅう駆け回

    らせ、季節外れのみかんを手に入れようとする。


八百屋1:青物(あおもの)(野菜)を扱っている八百屋さんその1。


八百屋2:青物(あおもの)(野菜)を扱っている八百屋さんその2。


鳥屋(とりや):番頭(ばんとう)が八百屋(やおや)と間違えて入っちゃう店その1。


酒屋(さかや):番頭(ばんとう)が八百屋(やおや)と間違えて入っちゃう店その2。


金物屋(かなものや):番頭(ばんとう)が八百屋(やおや)と間違えて入っちゃう店その3。


みかん問屋(どんや):お店の名は万惣屋(まんそうや)。

      …決して現代のリサイクルショップとは関係ない、念の為。

      みかんだけを専門に取り扱っている、珍しいお店。


亀吉:番頭(ばんとう)さんと同じ呉服屋(ごふくや)に奉公(ほうこう)している手代(てだい)。(一台詞のみです)


●配役例

番頭:

若旦那・八百屋1・鳥屋・亀吉:

大旦那・酒屋・八百屋2:

金物屋・みかん問屋・:




枕:皆さんはお金は好きでしょうか。

  まあ嫌いな人はあまりいないかとは思います。

  昔は今とは貨幣価値(かへいかち)などが大きく異(こと)なりました。

  江戸の昔の頃ですと四進法(よんしんほう)で計算し、貨幣(かへい)の単位も両(りょう)、分(ぶ)、朱(しゅ)、文銭(もんせん)

  などがございました。

  一両(いちりょう)は皆さんご存知(ぞんじ)、小判(こばん)一枚の事を指します。

  で、小判(こばん)一枚に相当するのが一分金(いちぶきん)が四枚、または二分金(にぶきん)が二枚でし

  た。

  その頃は小判十両(こばんじゅうりょう)を盗めば首が飛ぶと言われ、本作の題名の千両は、

  今の貨幣価値(かへいかち)に直すと約一億三千万円という、我ら一般庶民にはちょ

  っと想像もつかない額になります。

  まあ、金持ちの方も一応知っておいて損はないかと思います。

  実生活では役に立たないですけど。

  ちなみによく時代劇で鼠小僧(ねずみこぞう)が千両箱(せんりょうばこ)担(かつ)いで…なんていう表現があり

  ますが、あの箱一つで重さが20kg以上になることもある為、

  あれ抱(かか)えて走ったり、屋根を飛び移るっていう芸当はまず不可能です

  。お侍(さむらい)の甲冑(かっちゅう)フル装備とほぼ同じ重さと言えば分かりやすいかもしれ

  ません。

  何でこんな事べらべら言うかっていうと、本編で役立つかもしれない

  からですな。

  予備知識ってやつは大事なもんです、ええ。

  さて、江戸の街中(まちなか)でも大層(たいそう)大きな呉服屋(ごふくや)さん、そこの大旦那(おおだんな)が急に

  番頭(ばんとう)さんを呼び立てます。


大旦那:番頭(ばんとう)さん!

    番頭(ばんとう)さんはいるかい?


番頭:これは大旦那(おおだんな)、ご用件は何でしょうか?


大旦那:ああ番頭(ばんとう)さん、ちょっとこっち来ておくれ。

    …忙(いそが)しいのに済まないな。

    倅(せがれ)の事なんだが…困ってしまってね。


番頭:…若旦那(わかだんな)ですか。

   あぁ~…わたくしもずいぶん心配をしておりましたが…そうですか

   …なんとも、ご愁傷(しゅうしょう)さまでございます。

   お弔(とむら)いはいつになるんでございましょうか?


大旦那:いや、何を言ってるんだい。

    死んじゃいないよ。


番頭:あ! いや、これは粗忽(そこつ)でございました。

   それで…いつごろお亡くなりで…?


大旦那:おいおいおい、

    倅(せがれ)を勝手に殺してもらっちゃ困るじゃないか。

    まだ当分(とうぶん)死にはしないよ!


番頭:あぁぁ、申し訳ございません。重(かさ)ね重(がさ)ね粗忽(そこつ)で…。

   私が最後に聞きましたのが、ここ数日、食事もとらずに部屋で臥(ふ)せ

   ったきりだと…。


大旦那:そうなんだ。

    困った事というのは他でもない、その事だよ。

    大病(たいびょう)を患(わずら)ったのかと、何人もの医者に診(み)せた。

    今日もいま江戸(えど)で一番の名医(めいい)に診(み)てもらったところでね。


番頭:おお、江戸(えど)一番の…。

   それで、若旦那(わかだんな)の病(やまい)の原因は…。


大旦那:それがな、医者が言うには、

    「どこも悪い所はないから、薬をいくら飲ましたところで治(なお)らな

    い。何か胸につかえているものがあるに違いない。それを落と

    してやれば、すっかりまた元の身体に戻るだろう。」

    とおっしゃられた。


番頭:という事は…気の病(やまい)…気鬱(きうつ)であると…。


大旦那:ああ、そういうことになるな。

    それでわしと奥(おく)とで倅(せがれ)に色々聞いてみたんだが、


若旦那:おとっつぁんとおっかさんに話したところで何か変わるわけじゃ

    なし、話をすれば自分と同じような心配をさせるだけです。


大旦那:そう言って何も話してくれなかった。

    話したらそれで病(やまい)が治(なお)るんだぞって何度も言ったんだ。

    けれどな、


若旦那:おとっつぁんに迷惑をかけることは良くない事です。

    だから話せない。


大旦那:と、そればかりでな。

    誰にだったら話せると聞いたらしばらく考えてな、番頭(ばんとう)さん、

    お前の名が出たんだ。

    小さな時分(じぶん)から心安くしていて可愛がってもらった番頭(ばんとう)さんにだ

    ったら、話せるかもしれないと。

    倅(せがれ)も親にはじかに言いにくい事もあるだろう。

    済まないが、ひとつ胸につかえているものを聞きだしてやってく

    れないか。


番頭:そうでしたか。

   私の事をそのように思って下さるとは…ありがたい事です。

   そういう事情でしたら承知しました、大船(おおぶね)に乗ったつもりでいて下

   さい。すぐに行って参ります。


大旦那:ああ、頼んだよ。


    【二拍】


番頭:若旦那(わかだんな)…番頭(ばんとう)の佐兵衛(さへえ)です。

   お身体(からだ)の塩梅(あんばい)はいかがですか?


若旦那:…ああ…番頭(ばんとう)さんかい…ありがとう…。

    どうだい、お店のほうは?

    みんな…元気にやってるかい?


番頭:はい、おかげさまで皆、相変わらず頑張ってお勤(つと)めをさせていただ

   いております。

   それにしても若旦那(わかだんな)、なんですか。

   部屋をこんなに閉め切って…、妙にむんむんとして空気が澱(よど)んでい

   ますよ。少し障子を開けるとかなんとかしたらどうです?

   これじゃ身体(からだ)に良くありませんし、治る病(やまい)も治りませんよ。

   この暑い日が続くさなかに…少し障子(しょうじ)を開けましょう。


若旦那:けほっ…けほっ…いいよ、そんな事をしなくたって…。

    このまま、そっとしておいてほしい…。

    暑くったって、寒くったって…どうせ私は治りはしないんだ…。

    もうじき、死ぬんだ…。


番頭:何ですか若旦那(わかだんな)、情けない事を言わないで下さいよ。

   病(やまい)は気からって事を言うじゃありませんか。

   もう少し、気を強く持っていただかないと困りますよ。

   大旦那(おおだんな)や奥様をはじめ、ご近所の方はもちろん、店の

   者、出入りの者、みーんな若旦那(わかだんな)の事を心配してるんですから。

   そんな弱音を吐いてちゃしょうがありませんよ。


若旦那:番頭(ばんとう)さん…そうは言ってもね…、こればっかりはどうしようもな

    いんだ…。


番頭:困りましたなぁ…。

   医師の先生がおっしゃるには、

   身体(からだ)の病(やまい)ではない、心を患(わずら)っている。何か心につかえているものが

   あるに違いない。それを落としてやれば、すぐに良くなるだろう…

   と。


若旦那:そうかい…先生がそんな事をおっしゃっていたのかい…。

    さすが、江戸(えど)で一番と評判の高いご名医だけのことはある…。


番頭:それに若旦那(わかだんな)、わたくしにだったら話せそうだと、そうおっしゃら

   れたそうじゃありませんか。ありがたい事です。

   大旦那(おおだんな)様も心配しましてね、ひとつ話を聞きだしてくれないかと頼

   まれて、こうしてうかがった次第(しだい)で。

   お話をうかがった上で大旦那(おおだんな)様に話して叶(かな)う事であるとなったら、

   大旦那様にお話しします。

   わたくし一人の中に留(と)めておいた方が良いとなったら、胸に包んで

   おきますのでどうぞ、安心してお話しください。


若旦那:けほっ…けほっけほっ…そうかい…わざわざご足労(そくろう)をかけたね…

    すまなかった…。

    …実はね、番頭(ばんとう)さん。


番頭:はい。


若旦那:このところ…寝ても覚めても、明けても暮れても、目の前にちら

    ついて離れないものがあるんだよ。


番頭:そうですか。

   わたくしもそういう事じゃないかと思っておりました。

   何を見ても何を考えても、頭の中がもうそれいっぱいでどうするこ

   ともできないっていうあれでございましょう。


若旦那:そうなんだ…。

    …近くに行くとね、いい匂(にお)いがするんだ。


番頭:はい。


若旦那:肌艶(はだつや)が良くてね…ふっくらとしてて…。


番頭:はい。


若旦那:ぴちぴち…ぷりぷりしていてね…。


番頭:ぁ~…それは大旦那(おおだんな)様にはお話しできませんなあ…そうですか!

   いや、若旦那(わかだんな)の事はこういう小さい時分(じぶん)から知っておりますから、

   そうですか、そういうお年になりましたか!

   どちらの方でございます?

   仕立(した)て屋のおきみちゃんですか?


若旦那:…そういうのじゃないんだ…。

    あたしが会いたいのはね…近くに行くといい匂(にお)いがするんだ…。

    お肌がぴちぴちしていて…きめの細かい…ぷりぷりっとしてて…

    

番頭:…駒込屋(こまごめや)のおぎんちゃんでございますか?


若旦那:…違うよ…。


    みかんが食べたいんだよ。


番頭:……はっ? みかん??

   女子(おなご)ではなくて? あの剥(む)いて食べるみかんでございますか?


若旦那:みかんが食べたい食べたいと思ってたら患(わずら)っちゃったんだよ…。

    

番頭:そ、それは…なんとも拍子抜(ひょうしぬ)けでございます。

   いやあ…あれほどどんな先生に診(み)ていただいても良くならないはず

   ですよ。

   みかんが食べたくて患(わずら)っていたんでございますか!?

   これだけのご大家(たいけ)の若旦那(わかだんな)がなんですか、ええ…。

   それでしたら、すぐにでも大旦那(おおだんな)様にお話しします。

   この部屋中(へやじゅう)みかんだらけに致(いた)しまして、もうこれ以上食べられない

   というぐらい食べていただきます!

   なんですか、そんな事で患(わずら)うなんて…もっと早くにお話ししてくだ

   さい!

   これでたちどころに全快(ぜんかい)、床上(とこあ)げですよ!


若旦那:ほ…本当かい…?

    みかん、食べられるのかい…?


番頭:ええ食べられますよ!

   みかんでございましょう?

   分かりました、すぐに大旦那(おおだんな)様に話して参ります!


   【二拍】


   失礼します、大旦那(おおだんな)様。

   若旦那(わかだんな)の心につかえているものの正体が分かりました!


大旦那:おお番頭(ばんとう)さん!

    そうか、話してくれたかい!


番頭:ええ、それがもう驚きでございました。

   なんと、実は若旦那(わかだんな)、会いたいそうでございます。


大旦那:?会いたい?


番頭:はい!

   ぷりぷり…ぴちぴち…近づくといい匂(にお)いがするんだそうでございま

   す。


大旦那:! そうかい!

    いや、いつまでも子供だと思っていたらそういう事になっていた

    のか。

    仕立(した)て屋のおきみちゃんかい?


番頭:いえいえ。誰でもそう思うでしょう?

   わたくしも最初そう思ってました。

   ところが何ですか、よくよく聞いたら、みかんが食べたくて患って

   いたんでございます。


大旦那:は? みかんが食べたくて患(わずら)っていた?

    それが原因で??


番頭:そうなんでございます。

   わたくしも驚きました。

   もっと大変な事なのかと思っておりましたら、みかんが食べたくて

   臥(ふ)せっていたんだそうでございます。

   いや拍子抜(ひょうしぬ)けしました。

   大山鳴動(たいざんめいどう)して鼠一匹(ねずみいっぴき)とはこのことですよもう。

   なんですか、これだけの大家(たいけ)の若旦那(わかだんな)であれば、もう部屋中(へやじゅう)みかん

   だらけに致しまして、もう食べきれない、もう結構(けっこう)だというくらい

   みかんを買って参りますのでと申しましたら、青ざめていた顔に

   ぽっと明かりが差しまして、あれでみかん一つ食べたらもうすぐに

   全快(ぜんかい)で即日床上(そくじつとこあ)げでございます。

   それでは今からみかんを買って参ります!


大旦那:ちょいとお待ち、番頭(ばんとう)さん。


番頭:え?


大旦那:倅(せがれ)にみかんを買ってくると…食べさせてやると…

    そう言ったのかい?


番頭:ええ、そりゃもう! みかんさえ食べればすぐにでも元気に——


大旦那:【↑の語尾をさえぎるように】

    今の季節を何だと思っているんだい。

    毎日毎日、じりじりとお天道(てんと)様が照り付ける真夏(まなつ)だよ、ええ?

    しかも今日は六月の二十一日、土曜の丑(うし)の日だ。

    こんな暑いカンカン照(で)りの日に、どこにみかんがあるっていうん

    だい!?


番頭:!!!!

   ぁ、ぁぁ…うっかりいたしました、うっかりいたしました…!!

   突然みかんということでございましたので、そこまで考えが及んで

   いませんでした…!!


大旦那:何を馬鹿な事を言っているんだ。

    考えが及びませんでした、うっかりしていたで済むと思っている

    のかい!

    あれだけがっかりしていた所へ、みかんが食べられるとなったん

    だ。

    そこにやはりありませんでしたと言ってごらん。

    持ち上げといて落とすようなものだ!

    うっかりすると下手(へた)すりゃ倅(せがれ)はぽっくりいっちまうよ!

    はぁ…仕方がない、そうなったら番頭(ばんとう)さんを主殺(あるじごろ)しとして訴えさ

    せてもらうよ。

    何が一番罪が重いって、主殺(あるじごろ)し、親殺しほど重いものはないよ。

    江戸(えど)じゅう曳(ひ)き回しの上、磔獄門(はりつけごくもん)だ…。

    いや、あるいはのこぎり引(び)きの刑(けい)かもしれない。


番頭:お、大旦那(おおだんな)様!

   わたくしも悪気(わるぎ)があって言ったわけではございません!

   何とか若旦那(わかだんな)を助けたい一心(いっしん)で言ってしまったことでございます!

   いかがいたしましょう!?


大旦那:いかがしましょうったってね…こんなところで仲間割れしていて

    も仕方がない。

    番頭(ばんとう)さん、なんだかんだ言ったって江戸(えど)は広い。

    江戸(えど)じゅう探し回れば、どこかにみかんの一つくらいあるかもし

    れない。


番頭:え、江戸(えど)じゅうでございますか!?


大旦那:そうだ。

    ここにいたって、ただただ磔(はりつけ)かのこぎり引(び)きを待つばかりだよ。


番頭:ちょ、ちょっまっ待ってくださいそんなこと!

   わ、わかりました、探して参ります!!


大旦那:頼みましたよ番頭(ばんとう)さん、倅(せがれ)の為に!


番頭:は、はい、行って参ります!!


   うう、あ、汗が止まらない…。

   暑いせいなのか、磔(はりつけ)に怯(おび)えての冷や汗なのか分からない…。

   と、とにかく何とかしてみかんを手に入れないと…。

   ごめんくださいまし、ごめんくださいまし!


八百屋1:へい、いらっしゃいやし!!


番頭:無いのは承知で来ております!


八百屋1:へっ? 無いものは売れませんがな。


番頭:みかんがいただきたいんございます…!


八百屋1:は? みかん?

     …あんた、いくつになるんです?

     そんな今どき、四つや五つの子供だってみかんが欲しいなんて

     言いやしないよ!


番頭:…無いのは承知でございました。

   ありがとうございました…!


   あぁぁ…やはりみかんは無いのか…!?

   ここの店はどうだろう…ごめんくださいまし。


酒屋:へい、らっしゃい!


番頭:あの…無いのを承知で探しているものがあるんでございます。

   上が、”み”で、下が”ん”、そして真ん中に一文字入るものが

   欲しいんでございます。


酒屋:はぁ、上が”み”、下が”ん”、真ん中に一文字。

   ……ありますよ。


番頭:!!あるんでございますか!?


酒屋:ありますよ。

   み り ん、でございやしょう?


番頭:み、みりんじゃありません。

   って、酒屋(さかや)さんでございましたか、失礼いたしました!


   い、いかん、暑さで頭が…八百屋(やおや)と酒屋(さかや)を間違(まちが)えるなんて…。

   …ごめんくださいまし。


八百屋2:ぁらっしゃい!


番頭:……無いですよね。


八百屋2:いや、いきなり無いですよね、って言われてもね。

     あるもんだったら売るよ?


番頭:いやぁ……あるかな、みこん…。【口ごもる】


八百屋2:え!? あっしに嫁(よめ)さんを世話して下さるんで!?


番頭:!? え、え?!


八百屋2:だって、未婚(みこん)の独(ひと)り身を買いに来たんですよね?


番頭:あ、いや、未婚(みこん)じゃなくて、みかん…。


八百屋2:ハァ!? みかん!?

     このクソ暑い夏にんなもんあるわけねぇだろが!

     とっとと出てってくんな!

     みかんの代わりに塩くれてやらぁ、べらぼうめぃ!


番頭:あ、あい済(す)みません~~~!!!


   ぜぇ、ぜぇ…。

   うぅぅ…は、走ったら余計(よけい)に目まいが…。

   あぁ、みかん…みかん…できなきゃ磔(はりつけ)かのこぎり引(び)きか…

   みかん、みかん、みかんみかんみかん、みかんみかんみかん、

   みぃーーーかぁーーーん!!!


鳥屋:な、なんか大変な人が飛び込んで来たな…。

   伊予(いよ)のみかんになんか思い入れでもあるんかな?

   で…みかんですか?


番頭:みかんです! みかんくださいーーー!!

   もう何でもいいんです、みかんて名前がついてれば何だっていいん

   です! どこのだっていいんです!

   みかんくださいぃぃぃ!!


鳥屋:ああ、そういう話だったらウチじゃダメです。

   ウチは鳥屋(とりや)ですから。


番頭:じゃ、みかんを生む鳥を…


鳥屋:【↑の語尾に被せて】

   そんな鳥いやしませんよ。なに言ってんですか。


番頭:……。

   あの、つかぬことうかがいますが…ご親戚(しんせき)か誰かに、

   磔(はりつけ)かのこぎり引(び)きになった方いますかね…?


鳥屋:ハァ? そんな大罪人(たいざいにん)いてたまるかい!

   さっさと出てけーーー!!


番頭:す、すみませんでしたあああ!!

   な、なりふり構(かま)わずあたってもダメ…。

   けどこのままじゃ…。


   あ、あの店は…。

   ご、ごめんくださいまし…っ。


金物屋:へいらっしゃい——ってお客さん!?

    いきなり店先に座り込んで…どうなすったんで?

    大丈夫ですかい?


番頭:あ、ぁあすみません…暑さで目まいがしたもので…。


金物屋:いやぁ、こりゃ暑さだけの汗じゃあねぇ。

    いったい、どうしたってんです?


番頭:…磔(はりつけ)とか…のこぎり引(び)きって…ご覧になった事、ございますか…?


金物屋:?あっしですかい?

    …いやぁ、最近はとんとありやせんが、子供の時分(じぶん)に親の言う事

    を聞かずに友達と見に行った事ならございやすよ。

    痩(や)せさらばえた鞍(くら)の置いてない裸馬(はだかうま)に乗せられて、

    鼠色(ねずみいろ)の着物を着させられてザンバラ髪(がみ)、

    後(うし)ろ手(で)に縛(しば)られて市中(しちゅう)を曳(ひ)き回しでございやすよ。


番頭:【想像の世界に入っている。】

   ううう、あたくしが…あたくしがあんなことを言わなければ…。   


金物屋:道すがら行き会う人からは石ころをぶつけられ、

    街はずれまで連れてかれます。

    周りを竹で組んだ柵(さく)、竹矢来(たけやらい)ですな、あれを隔(へだ)ててあっしらを

    含め、みぃんな中をのぞいておりやした。


番頭:【想像の世界に入っている。】

   あぁぁ…おっとう、おっかあ…先立(さきだ)つ不孝をお許しください…。


金物屋:馬から降ろされると地面に寝かせてある磔台(はりつけだい)に縛(しば)り付けられ、

    処刑人たちにゆっくりと台を起こされるんで。

    で、役人が出てきて、罪状(ざいじょう)を読み上げるんです。


番頭:【想像の世界に入っている。】

   ひいぃぃぃ………怖いぃ、怖いぃぃぃぃ…!!


金物屋:磔台(はりつけだい)を挟(はさ)んで両側に処刑執行人(しょけいしっこうにん)がいるんです。

    その持っている長い槍(やり)がね、またこれでもかと赤錆(あかさび)のざらっざら

    に浮いたやつでして。

    簡単には死なせないぞ、最期(さいご)の最期(さいご)まで長く苦しませるぞという

    事なんでございやしょうね…。

    その槍(やり)を罪人(ざいにん)の目の前でじゃりじゃりと重ね合わせて、覚悟(かくご)を

    促(うなが)す…これが最後の”思いやり”、てやつなんでしょうな…。


番頭:【想像の世界から急に引き戻される】

   思いや——

   !!ぶるぶるぶるッ、変なとこで駄洒落(だじゃれ)を挟(はさ)まないでください!


金物屋:【番頭に構わずに】

    処刑人が身構(みがま)えたかと思うとその槍(やり)がむき出しになった罪人(ざいにん)の

    アバラの三枚目をぐさりと肩口(かたぐち)まで一気に貫(つらぬ)いてーー!!


番頭:【金物屋につられて↑の語尾に被せるように】

   うぎゃあああああああぁぁぁぁ!!!!


金物屋:ちょちょちょ、ほんとに刺さったわけじゃないんですから、

    こんな所で倒れられても困りますよお客さん。


    まだのこぎり引(び)きの刑(けい)を見た時の話が残ってるんですから。


番頭:い、いえ…もう結構(けっこう)です…お腹いっぱいです…。

   腰も抜けました…。

   あの…手を貸していただけませんか…。


金物屋:あ、そう…しょうがないですな…どっこいしょのしょっと!!

    というか、なんで磔(はりつけ)だののこぎり引(び)きだのの話になったんです?


番頭:実は…かくかくしかじかトラトラウマウマでして…。


   【二拍】


金物屋:ふむ、ふむ……なるほど…。

    それでこの暑い夏に何とかしてみかんを手に入れようと、

    江戸(えど)じゅう駆(か)けずり回ってここまで来たと。

    いやぁ…せっかく来ていただいてこんな事お話しするのもアレな

    んですが…。


番頭:えぇ…無いんですよね、分かります…。


金物屋:いや、うち金物屋(かなものや)なんで、みかんどころか青物(あおもの)じたいございませ

    んわな。


番頭:【半泣き】

   そ、そんな……もうダメだ…もうおしまいだぁ……!


金物屋:おぉお客さん、気を確かに!

    まったくあてがないってわけでもないですから!


番頭:ぇ…本当、ですか…?


金物屋:ただ、これも子供のころの話なんで、今もあるかどうかは分かり

    ませんけどね、青物(あおもの)三(さん)か町(ちょう)のひとつ、神田(かんだ)の多町(たちょう)に万惣屋(まんそうや)という

    みかん専門の問屋(とんや)がございました。

    暖簾(のれん)にみかんと染め抜かれているのが目印です。

    ですから、ここにいるよりはまず行ってみてはいかがです?


番頭:わ、わかりました! 万惣屋(まんそうや)さんですね!

   ありがとうございます、行ってみます!!


   あ!

   ご主人、もしもみかんが無かったら……見に来てくださいね…!


金物屋:ぇぇ…いや、ははは……。

    …あると、いいですねぇ…。


    【二拍】


番頭:みかん…みかん…!

   !! みかんの文字が染め抜かれた暖簾(のれん)…!

   ここがみかん専門の…!


   ごめんくださいまし…ごめんくださいまし…!


みかん問屋:はい、いらっしゃいまし。


番頭:あの、みかんという暖簾(のれん)を見つけてやって参りました。


みかん問屋:はい、身(み)どもがみかん専門の問屋(とんや)、万惣屋(まんそうや)でございます。


番頭:それで、その、——みかんをいただきたいんですが!


みかん問屋:ああ、みかんのご入用(いりよう)でございましたか。

      かしこまりました。


番頭:!!あるんでございますか!?


みかん問屋:いま、調べますので。

      もしよろしければ、一緒について来られますか?

      おーい、定吉(さだきち)やー! 蔵の鍵(かぎ)を持ってきなさい!

      こちらへどうぞ。


番頭:おお…この土蔵(どぞう)の中にみかんが…。


みかん問屋:開けますよ。…っと。

      いいかい定吉(さだきち)、箱は壊しても構(かま)わないから、食べれるやつを

      探しなさい。

      私も手伝うから。

      お客さんは、そこでしばらくお待ちください。


番頭:あ、わ、わかりました。


みかん問屋:これは…ダメ。

      これは……腐ってるな。

      これも……これもダメだね。

      定吉(さだきち)!そっちはどうだね?

      なに、全滅か…。


番頭:ッそ、そんな…。


みかん問屋:お客さん、お聞きの通りここのは二百箱(にひゃっぱこ)全部ダメでしたが、

      もう一つの蔵にも二百箱(にひゃっぱこ)ほど囲(かこ)ってあるので、そちらへ参り

      ましょう。


番頭:よかった…ここだけじゃなかった…。

   どうか、どうか生き残ってるみかんがありますように…!


みかん問屋:定吉(さだきち)、さっきと同じ要領(ようりょう)でいくよ。

      お前は左から頼む。わたしは右からいくから。


      【一拍】


      いや、お待たせして申し訳ないですなお客さん。

      本来ならさっきの二百箱(にひゃっぱこ)の時点で三つ四つは無事なのが見つ

      かるんですが、なにぶん、今年の夏は例年を上回(うわまわ)る暑さなも

      んですから…。

      …あと五十箱(ごじゅっぱこ)か。


番頭:う、うぅ……!

   ご主人…磔(はりつけ)とか、のこぎり引(び)きとかって、見た事ございます?


みかん問屋:はい?


番頭:磔台(はりつけだい)に…縛り付けられて…ひいぃ…!


みかん問屋:ど、どうなさいました…?


番頭:あ、ああいえ…実は…かくかくしかじかトラトラウマウマで…。


みかん問屋:…なるほど、それは難儀(なんぎ)でございましたな…。

      さて…これが最後の箱ですか。


番頭:や、やはりないのか…?


みかん問屋:諦(あきら)めたらそこでおしまいですよ、お客さん。

      どれ…一番上の部分は…全滅か。

      どれも腐ってるし、カビで真っ白だし…

      グズグズになってるな…ひどいもんだ。

      底の方は…。

      …。

      …。

      …あ。


番頭:? ……ご、ご主人…?


みかん問屋:……ありました。


番頭:えっ? あ、ありましたって…!?


みかん問屋:無事なみかんがひとつ! ございました!!!


番頭:!!!!!

   は…よ…よかった…!!!

   そっ、それでその…おいくらで…?


みかん問屋:そうですな…千両(せんりょう)になります。


番頭:!!!???せ、せせせ千両(せんりょ)ォ!!!?

   いや、それはさすがに足元(あしもと)を見すぎでしょう!

   いくら何でも、みかん一個ですよ!?


みかん問屋:そうでしょうか。

      わたくしは千両(せんりょう)は安いと思います。

      わたくし共は、みかんに惚(ほ)れ抜いて惚(ほ)れ抜いて、みかん一筋(ひとすじ)

      で商(あきな)いをさせていただいているわけです。

      江戸(えど)じゅう探したってみかん問屋(どんや)の暖簾(のれん)を掲(かか)げているのは

      、うちだけでございます。

      商人(あきんど)は暖簾(のれん)を大切にする。

      貴方(あなた)も商人(あきんど)ならお分かりのはずだ。

      夏でももしかしたら入用(いりよう)になる方(かた)が見えられるかもしれない。

      その時にみかんが無いではすまされない。暖簾(のれん)に関(かか)わる。

      それゆえ大半(たいはん)が腐(くさ)るのを承知の上で、蔵(くら)二つを無駄(むだ)にして

      四百箱(よんひゃっぱこ)も囲(かこ)っているのです。

      今そのことごとくが腐(くさ)り果(は)て、残っていたのはたった一つ。

      千両(せんりょう)…そのくらいの価値が、あるとは思われませんかな…?


番頭:た、たしかに…。

   と、とにかく一度、大旦那(おおだんな)様と相談して参ります。

   それまでそのみかん、取っておいてください!


   いくら何でも千両(せんりょう)は…でも毎年あれだけのみかんを無駄にしてでも

   夏にみかんを売ろうとしているのなら妥当(だとう)な値段…。

   けれど…みかん一つで千両(せんりょう)は…大旦那(おおだんな)様は納得(なっとく)なさるだろうか…。


   大旦那(おおだんな)様! 番頭(ばんとう)の佐兵衛(さへえ)でございます!

   大旦那(おおだんな)様、いらっしゃいますか!?


大旦那:あぁ番頭(ばんとう)さん、さっきは済(す)まなかったね…!

    わたしも気が動転(どうてん)していて、つい磔(はりつけ)だの、のこぎり引(び)きだのと

    酷(ひど)い事を言ってしまった。

    この暑いさなかに、江戸(えど)は広いと言ったってみかんなんかあるわ

    けがない…。


番頭:いえ、ありました!


大旦那:えっ、あ、あったのかい!!?


番頭:はい! 一つだけございました!!


大旦那:それで、買ってきてくれたのかい?!


番頭:それが…買い求めようとしたら………その、千両(せんりょう)、だと言われまし

   て…。


大旦那:…みかん一つで千両(せんりょう)…?

    …安いね。


番頭:!!??!!

   ぃや、え、安い…ですか…?


大旦那:ああ安いとも!

    倅(せがれ)の命は金じゃ買えない。

    そのみかんを食べれば倅(せがれ)は助かるんだ!

    千両(せんりょう)なんぞ安いもんだよ!

    亀吉(かめきち)! ちょっと来ておくれ!

    大八車(だいはちぐるま)を出してな、蔵(くら)から千両(せんりょう)出して積んで、蓆(むしろ)を掛けてわから

    ないようにするんだ。

    それが終わったら番頭(ばんとう)さんについて行きなさい、いいね!


番頭:【つぶやくように】

   め、滅多(めった)に見ない千両箱(せんりょうばこ)が…!

   いかん、立ちくらみが…。


大旦那:おぉ、準備できたね。

    では番頭(ばんとう)さん、頼んだよ!


番頭:っは、はい!

   では亀吉(かめきち)、行きますよ!


   【二拍】


   【つぶやくように】

   これが…千両(せんりょう)の重み…、なんてずっしりくるんだ…。

   自分じゃ、一生かかっても手の届かない…。


   あ…着いたか…。

   亀吉(かめきち)はここで待ってなさい。

   ごめんくださいまし! 先ほどの者でございます!


みかん問屋:ああ、これはさっきの番頭(ばんとう)さん、どうも。

      それで、いかがなされます?


番頭:はい、店に立ち帰りまして大旦那(おおだんな)様と相談の末(すえ)、

   そのみかんを買わせていただくことにしました。

   こちらが、お代(だい)の千両(せんりょう)でございます…!


みかん問屋:そうでございますか!

      いや、暑い中わざわざ、お代(だい)もお足(あし)もお運びくださいまして

      、まことにありがとうございました。

      では、こちらがお品物(しなもの)のみかんでございます。


番頭:あ、ありがとうございます!

   では、これにて失礼します…!

   亀吉(かめきち)、帰りますよ。


   【つぶやく】

   はぁ…みかん一つで千両(せんりょう)…世(よ)の千両役者(せんりょうやくしゃ)もこのくらい稼(かせ)いでいるん

   だろうか…?

   千両役者(せんりょうやくしゃ)の反対は大根役者(だいこんやくしゃ)と言うそうだけど、さしずめ自分などは

   大番頭(おおばんとう)なんて柄(がら)じゃない、芋番頭(いもばんとう)だ…。

   今度の事でつくづくそう思った…。


   …そろそろお店だね。

   亀吉(かめきち)、大八車(だいはちぐるま)を片付けておいておくれ。

   わたしは大旦那(おおだんな)様に用があるから。

   …ただいま戻りました!


大旦那:ああお帰り、番頭(ばんとう)さん。

    暑いなか何度もご苦労(くろう)様だったね。

    ありがとうありがとう。

    それで、みかんは…?


番頭:はい、こちらでございます。


大旦那:おぉ…ほんとにみかんだ…。

    夏に見るみかんというのも、また奇妙なものだ。

    さ、これを一刻(いっこく)も早く倅(せがれ)に食べさせてやっておくれ!


番頭:はい、では失礼しまして…。


   【二拍】


   若旦那(わかだんな)! 若旦那(わかだんな)、みかんございましたよ!


若旦那:ぇっ……本物かい?


番頭:ええ、さ、お手に取って…。


若旦那:あぁ…この暑い盛(さか)りに…番頭(ばんとう)さん、ありがとう…。

    これだよ…肌艶(はだつや)が良くて…ふっくらとしてて…。

    ぴちぴち…ぷりぷりしていて…。

    すぅ~~…はぁ…いい匂(にお)いだ…。

    よく見つけてくれたね…心から、礼を言うよ。


番頭:若旦那(わかだんな)、礼は大旦那(おおだんな)様に申し上げて下さい。

   わたくしは奉公人(ほうこうにん)ですから、当たり前なんでございます!

   若旦那(わかだんな)、それ、いくらだかわかりますか?

   一個ですよ? たった一個なのに……千両(せんりょう)もしたんでございます!


若旦那:…あ…そう…。


番頭:……ま、まぁ、よろしいですけど…。

   さ、皮をお剥(む)きいたしましょう…。

   これを食べて、元気になって下さいね若旦那(わかだんな)。

   ええと…ひいふうみ…十房(とふさ)ある…。

   【つぶやく】

   一房(ひとふさ)、百両(ひゃくりょう)か…。

   この皮だって、五両(ごりょう)か十両(じゅうりょう)はする…。

   このすじだって…一分金(いちぶきん)いや二分金(にぶきん)くらいはする…。


   さ、若旦那(わかだんな)、どうぞ、召(め)し上がって下さい。


若旦那:ありがとう…。

    【ゆっくり味わって食べている】

    はぁぁ~~……おいしいよ…!


番頭:【つぶやく】

   ぁ…ひ、一房(ひとふさ)…。

   …百両(ひゃくりょう)…。


若旦那:【ゆっくり味わって食べている】

    あぁ…生き返りましたよ…!


番頭:【つぶやく】

   ふ…二房(ふたふさ)…それで二百両(にひゃくりょう)…。


   …三百両(さんびゃくりょう)…。

   っ、四百両(よんひゃくりょう)…!

   ああ五百両(ごひゃくりょう)と六百両(ろっぴゃくりょう)まとめて…!!

   っっ、な、七百両(ななひゃくりょう)も…‥!


若旦那:あぁぁ…おいしかった…ごちそう様…。

    これでもう、すっかりよくなります。

    番頭(ばんとう)さん、この残った三房(みふさ)のみかんを一つはおとっつぁんに、

    もう一つはおっかさんに、最後の一つはこの暑いなか江戸(えど)じゅう

    を探し回ってくれた番頭(ばんとう)さん、お前さんが食べとくれ。


番頭:ぇ…いや、いいんですよ若旦那(わかだんな)、みんな若旦那(わかだんな)が食べていいんです

   よ、もう…子供の頃からそういうところは変わりませんね。

   何があったって皆(みんな)あたくし達、下(しもじも)々の者に分けてくだすった。

   …わかりました、頂戴(ちょうだい)いたします。

   早く良くなってください、若旦那(わかだんな)。

   店の者はみーんな心配してるんですからね。

   では失礼します。


   【二拍】


   立派に大きくなられた…。

   みかん…三房(みふさ)、か…。

   そういえば来年の春いよいよ年季(ねんき)が明けて、暖簾分(のれんわ)けさせてもらえ

   るが…その時にもらえる金が三十両(さんじゅうりょう)、多くて五十両(ごじゅうりょう)…。

   いま、この手の中にはみかん三房(みふさ)、三百両(さんびゃくりょう)…。

   五十両(ごじゅうりょう)…三百両(さんびゃくりょう)…五十両(ごじゅうりょう)ッ…ああ…ッ!!


   【三拍】


亀吉:番頭(ばんとう)さん! 大旦那(おおだんな)様がお呼びですよ!


番頭:ああ、今行くよ。


   失礼します。佐兵衛(さへえ)でございます。


大旦那:ああ番頭(ばんとう)さん。

    さ、中へ入って座っておくれ。

    …よく今日まで辛抱(しんぼう)してくれた。

    番頭(ばんとう)さんあってのうちの商売だ。

    これからも、暖簾分(のれんわ)けをした先で一生懸命(いっしょうけんめい)働いておくれ。


番頭:は、はいッ、今までお世話(せわ)になりました…!!


大旦那:これが暖簾分(のれんわ)けの支度金(したくきん)…五十両(ごじゅうりょう)だよ、受け取りなさい。


番頭:ありがとう存(ぞん)じます…!


大旦那:…それからね、番頭(ばんとう)さん。

    いろいろと嫌な思いをさせたね。

    昨年の夏、倅(せがれ)が患(わずら)った時にあの暑い中、江戸(えど)じゅうを駆(か)けずり回

    って、季節はずれのみかんを探してくれた。

    倅(せがれ)も今はもうすっかり元気になって、ちゃんとあたしの跡(あと)を継(つ)い

    でくれている。番頭(ばんとう)さんのおかげだ。


    …実はみかんを買って来た時ね、あたしは心配で心配で…

    いても立ってもいられなくて廊下(ろうか)に出たんだ。

    その時、番頭(ばんとう)さんがみかん三房(みふさ)を手の上にのせて、五十両(ごじゅうりょう)…三百(さんびゃく)

    両(りょう)…五十両(ごじゅうりょう)…と悩(なや)んでいるのを見てしまってね…。


番頭:!!ぁ、いや、その、あれは…。


大旦那:あのまま、いなくなってしまうんじゃないかと思ったが…、

    番頭(ばんとう)さん…よく、辛抱してくれたね…辛い思いをさせた…。

    それでね、

    あの時の三百両(さんびゃくりょう)…暖簾分(のれんわ)けの支度金(したくきん)に付けましょう!


番頭:そんな…もったいない…もったいない事でございます!


大旦那:いいんだよ。

    みかん三房(みふさ)三百両(さんびゃくりょう)、番頭(ばんとう)さんの性根(しょうね)は、値千両(あたいせんりょう)だ。




終劇



参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


金原亭馬生(十代目)

柳家小三治(十代目)

林家たい平




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