1-7 戦神顕現
その光は迫り来る獣を撃退している村の外壁からでもよく見えた。
まるで東にある夕陽のように真っ赤な光は人の視線を奪い、獣を畏怖させるのに充分な存在感を放つ。
「なんだあれは……」
誰もが唖然としていた。
自然の現象ではない。魔法というものだろうかと圧倒された思考の中で朧げに考えていると、この場でその現象を知るただ1人──ミライがが口を開く。
「──"戦神化"。〈鋼の民〉が持つ、最強の力」
膨れ上がる光と力は収束し、やがて輝きの中にひとつのシルエットを形作る。
それは人型──10mは超える巨大な体躯。
それは騎士──神殿の如く荘厳な全身鎧。
そしてそれは──戦神。
(なんだこれは……"戦神化"?イベント戦闘で使えるだけの演出の筈だ。グランドイーター戦では使えない)
シンプルな白兵戦を主とする【WoS】において華やかさを重視した部分がこの戦神。
行う事はただ武器を振るうだけだが、それがスケールアップするだけで随分と印象は変わるもの。
しかしそれは演出だった。見た目の上では大きな変化でも、数値においては変化せず使えるのは一部のイベントのみ。
それがかつての"戦神化"。
地面から剣を引き抜いた鋼の巨人がゆっくり立ち上がり、鋼が駆動する音が響く。
立ち姿は芸術作品のように美しく、威圧的。
「目線が合うじゃないか。これで見下されずに済む」
兜の奥に炎のような輝きが煌めいて竜の瞳を見据える。
携えた巨剣を振るえば剣圧で泥は吹き飛び、竜と戦う者として相応しい圧を放って闘志をたぎらせる。
『図体が多少大きくなろうともッ!』
地竜が吠えればそれは災害と同じ。
広がった泥の中から無数に放たれる砲弾がリットへと殺到し取り囲む。
しかし。
戦神は悠然と跳び上がる。
包囲を超えて遥かな距離を跳躍し、空中で身を捻る軽快さを見せつつも、それが鋼の塊である事を思い出させるように轟音を響かせながら着地する。
「なるほど。これは気が大きくなるな」
湧き上がる力は強靭な肉体の隅々まで行き渡り、今ならば敵などいないとすら思える高揚感。
「でも、これなら──!」
危険な衝動に突き動かされる肉体の手綱を握り、リットは駆け出す。
そしてこれが数値に支配されない現実だからこその強化。
踏み込みの一歩一歩を受けた大地がその凄まじい力によって炸裂し、一足で詰める距離は人を遥かに越えるもの。
巨大である事はそれだけで力なのだ。
しかもそれが高速で動くとなれば、加速する巨体はそれ自体が攻城兵器にすらなりうる。
「ォォォオオオオッ!!!」
『くっ!?防御を──!』
放つのは裂帛の気合いが籠った大上段。
空を裂き轟音を響かせながら振り下ろした一撃は湧き上がる泥の壁に阻まれて、しかし勢いを削ぐだけにとどまったその一撃はグランドイーターの顔面を捉えて目を潰すに至る。
『があぁぁ!?』
「次で!」
剣を回して帰す刀で首を切らんと振り上げた剣は竜の首へと迫り……爆発音と共に急速に距離を取る。
クルージが行ったのは先程リットを吹き飛ばした泥を泡立たせるアースイーターのスキル"マッドバースト"。
本来は群がる敵を弾き飛ばすその〈スキルを足の裏へと集中させて、跳躍と合わせて緊急回避とした。
【WoS】ならばあり得ないスキルの柔軟な運用。
それをアドリブでやってのけるクルージの技量に瞠目しつつ、リットは警戒を厳とする。
(あの巨体を吹き飛ばす程の力……一点に集中して攻撃されれば戦神でも痛手になるか)
飛び退いたあとクルージは泥をかき集めて攻撃の準備をし、屈辱と怒りと痛みに灼ける顔に憤怒を湛えてリットを睨む。
流れる血は泥と混じりまだらの模様を作って渦を巻き、巨大な竜体を包み込んで鎧となる。
『大義だ……私は大義の為に戦っている。貴様はなんだ、何故私の邪魔をする?常々思っていたのだが異端者は何故異端者なのだ。人は竜の祝福を受けるべきだ、そうだろう?』
「僕にはそれに対する答えが無い。分からないんだ、本当に。この世界に来たばかりの僕には知らない事が余りにも多過ぎる。出会い方が違えば君とも友人になれたかもしれないけど、僕と友人になったのはあの村を故郷とする人だった。それだけで僕は充分やれるらしい」
竜の顔が内にある人の心を如実に映し取って眉を顰める。
理解出来ないと、それは自分に無いものだと拒絶する。
『なるほど、愚かであるとはここまで哀れな事なのだな。教訓として記憶に留めておくとしよう……では死んで貰おうか』
「ッ!」
力を充分に練り上げたクルージは再びスキルを行使する。
使うのは"マッドショット"。その数限りなく、雨の如く降り注ぐそのひとつひとつがリットを狙う。
しかし戦神は退かない。
選ぶのは後退ではなく直進。
再びの突撃は敵の攻撃に全身を晒し続けるというリスクの高いもの。それでもリットはこれを選んだ。
(さっきの突撃は上手くいったのなら首を取れていた。つまり防御は問題なく突破出来るって事だ。なら気にするべきはヤツの攻撃と回避。"マッドバースト"も"マッドストリーム"もそう易々と使えるもんじゃない。こっちにだってスキルにはクールタイムがあるんだ、向こうにだって当然あるだろう)
でなければ強力な攻撃だけ撃っていればそれで良いのだ。
これだけの"マッドショット"を撃つ余力が有るのならばそうすれば良いし、仮に2度目を撃てないのであれば僥倖。
そうでなくては困るというリットの願望込みの推測であったが、戦神化がいつまで続くか分からない状態では速攻以外に選択肢も無かった。
『何ッ!?』
クルージが驚愕するのも無理はない。リットが取ったリスクとは被弾を前提としたもの。
進行の妨げとなる最低限の砲弾を剣で弾き、あとは体で受け止める。
素材が泥とはいえスキルによって生み出されたもの。当たれば戦神の鋼の鎧を凹ませひしゃげさせる。
美しい装飾も泥に汚れて輝きを失うがリットはそれでも構わない。
ただ勝利を手にする為に戦神は剣閃と共に疾走する。
『くっ……!』
彼我の距離は急速に縮まりクルージの焦りが竜の顔に強く表れる。
近づく程に弾幕は苛烈さを増し接近を拒絶するのだが、剣は更に冴え渡り極限まで被弾を抑えてリットの間合いまであと一歩。
『オオオオォォォ!!来るなッッ!!』
「──!」
命を絶たれるその瀬戸際に、もはや悲鳴に変わりつつある叫びがクルージの──グランドイーターの力を引き出す。
それは打ち払われた泥の砲弾……力を失い地に落ちるだけのただの泥の塊に作用して、空中で再び形を成す。
極限の集中の中でリットはその脅威に気が付いてたが、しかし体は追い付かない。
まともに喰らえば勢いは削がれ痛打となる。
形勢を変える不可避の一撃。
しかしそんなもの、リットは何度も撃ち破ってきた。
「"ファストスラッシュ"──ッッ!」
下級クラス【速剣士】のスキル、"ファストスラッシュ"。
効果はシンプル──次の攻撃の速度上昇。
鋼は更に、加速する。
「ハァッ!!」
不意を突いた一撃は破られ、遮るものは無し。
剣の間合いまで一足。
四つ足を動かした懸命な後退も、踏み込みひとつで埋まる距離。
振り抜いた剣を構え直し、最後の一太刀を浴びせる為折り曲げた脚に力を込めて──
「──!?」
戦神は傾く。
それを為したのは脚にまとわりついた泥。
不自然な黄金色の光を湛えて縋り付くように絡めとり、時間を稼ぐもの。
形勢は目まぐるしく入れ替わり続け、今紙一重の攻防でクルージが僅かな優位。
『〈竜血魔法〉……これで私の──ッッ!!』
これが何であるかリットは知らない。
何故ならこれは【WoS】に由来しないこの世界固有の技能であるから。
竜の血を触媒とするこの魔法により脚を取られたリットが分かるのはこのままでは体制を崩し、まともな斬撃は放てないであろう事。
ここまで伏せ続けてきた切り札は最も効果的な場面で機能して、クルージの勝ちだという確信は確かなものとなる。
情報の差。それがこの攻防をここまで導いた。
「──自分だけが切り札を持っているなんてのは随分な思い上がりじゃないか?」
戦神が、跳ぶ。
(!?──いや!こんな体勢で飛んだところで意味はない!私を飛び越える軌道ならば甲羅に竜血を集中させて受ければ良い!)
元が崩れた体勢だ。跳躍をしたものの地面に対しては平行に近く、フィギュアスケートのアクセルジャンプを無理矢理行ったような形。
飛びかかって斬り付けるにしても大して力は入らず、まして相手は亀の形を取る竜だ。上方は最も守りの硬い箇所。
(だったら守りを固めれば良いさ!それごと破れば良いだけの事!こちらの必殺で相手の堅守を殺し斬る──!)
この戦いは情報の差によって形勢が何度も変わってきた。
相手がどれだけやれるのか。互いに分からなかったから不覚を取る。
そしてこのような攻防にリットは慣れていたのだ。
【WoS】にてPVPを行うと、必ずある問題に行き当たる。
それはこれからどのようなスキルを使うのか、相手にバレてしまう事。
スキルの発動条件としてスキル名の発声と定められた構えというものが定められている。
使えるのは不可避の状況や迎撃など、バレても問題ないような状況に限られる。
しかしそんな【WoS】のPVPにひとつ、予測の出来ない要素がある。
それは──
「──秘技」
複数のスキルの同時発動。
事前に定めたスキル群を一括で発動し、オリジナルの名称で呼び出す事による伏せ札。
当然元のスキルの発動条件として定められた構えの全てを満たす必要がある為、取り回しの良いものではないのだが、隠すからには当然必殺となりうるものだ。
「"猛渦墜"ッッ!!」
自身の人体の中心線に対して直角に武器を振るう猛攻を、重力方向に対して攻撃を行う墜撃を、半回転してから剣を横薙ぎに振るう斬撃の渦を。
これら3つのスキルの同時発動がリットの秘技"猛渦墜"。
この攻撃は戦鎚のように重く、槍のように速く、剣のように鋭い。
猛禽の降下の如く高速で振り下ろされた剣は甲羅を打ち破ってそのまま肉を裂き、剣気が頭から尾まで深々と傷跡を残して戦神は竜の背後は着地する。
人を超えた巨大なものがぶつかり合う衝撃は全ての音を吹き飛ばし、人と獣の攻防すらも時が止まったかのようにその手を止めて静寂が満ちていた。
「ほんとに……勝ちやがった」
茫然として立ち尽くし、神話の如き戦いの結末を目撃した村人達の中からぽつりと漏らされたその声をきっかけに、堰を切ったように歓声が響く。
「勝った!勝ったのか!!」
「やった、やった……」
魔法が解けて正気に戻った獣達は自らが負う手傷に怯えて森へと帰る。
戦いが終わったのだと、生涯身を置く事などなかったであろう死地から脱した村人達を暖かい光が照らす。
叩き割られた地竜の甲羅の裂け目から、登る朝日がよく見えた。
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