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1-6 たった1人のレイドバトル


 鎧袖一触。群がる獣達ではリットを止められず、なるべく多くの被害をもたらしつつ竜を目指すリットの剣は淀みなく振るわれ続けて軌跡を残す。

 多少は手強い大型の獣──熊のような上背が3メートルを超える──威容を前にしてもリットは微塵も歩みを止める事なく、むしろ加速して肉の壁の如き脅威へ立ち向かう。


「──ッッ"ペネトレイト"!」


 振り下ろされる前足よりも、リットの踏み込みの方が速い。

 下級クラス【速剣士(クイックソードマン)】のスキルによって強化された刺突の前には脂と筋肉の鎧も無力。心臓を刺し貫かれ、苦悶の叫びを上げながら獣は力を失いたたらを踏んで大きく揺れる。

 巨体が地に倒れ伏すより先にリットは既に駆け出して、一陣の風となり竜の前へと躍り出る。


「なぁ、これは追いかけてたのかい?それとも……けしかけたのかな?」


 結果は同じだと、挑発する意図を込めて放った言葉は昨日と同じ。

 しかし今回はリットが倒した騎士達の姿は無く、竜の頭に立つ男のみ。


「やはり邪魔をするか異端者よ……」


 しかし怒気を含んだ言葉には余裕すら感じられる、物理的な高低差以上に見下す精神性が表れたもの。


「なぁ、君のお仲間ってこんなに毛むくじゃらだったかな?」

「いかに魔法の天賦の才に恵まれた、この聖騎士クルージといえども獣共をわざわざ制御するのも面倒なのでな……人の美味さを教えてやったのよ。これであの村の住人(皿の上)は綺麗に片付けられるだろう。役立たず共も大義に殉ずることが出来て本望というものよ」


 わざわざリットにそれを言うのはサディズムによる自己満足か、恐ろしい事を言って脅かしてみせているのか。

 

「悪いけどおかわりには有り付けないよ。誰も殺させない」

「ほう、殺させないか。人の生き死にを決めるとは随分と驕り高ぶった言い分だ……それを決めるのは力ある者!それはこの場に置いて私ただ1人ッ!竜の祝福を受けた聖騎士クルージのみ!」


 竜頭の上で聖騎士クルージが手斧を掲げて叫ぶ。

 その意気に呼応して手斧は纏う怪しげな光を広げ使い手と深く結び付く。


(なんだあの斧っ……違和感すら覚える程の存在感、圧し潰されそうなまでのプレッシャー!)

「ハハハッ!ひれ伏せ異端者よ!これこそが力というものッ!竜の力が形を成した至宝〈竜髄〉!!」


 尋常ではないと、リットの全身が迫る危機に叫んでいる。

 震え、冷や汗、定まらない視界。

 生物としての本能がアレを拒絶していると、存在の格が違うのだと思い知る。


「この〈冥斧〉には冥竜様の肉体と魂を分つ力が形となったもの……時間があればゆっくりと貴様らの魂を剥いでやったのだがな。今はこの斧の最も強力な技で葬ってやろう」


 クルージは掲げた〈冥斧〉を振り下ろし……竜頭に突き立てる。

 竜の瞳から光が消えて、膝を折って地に伏せる。

 代わりに流し込まれるのは魔の力。従属の魔法が肉体に行き渡り、その巨体の手綱を握る。

 そして突き立てた斧を引き戻し次は自らの首に刃を立てる。


「なっ……!?」


 行動だけ見れば自死であるが、この手斧は肉体と魂を分つ。

 聖騎士の体は力を失い竜が纏う泥の上に倒れ伏し、その魂は──近くにある空の器へ入り込む。


 竜の瞳に光が戻った。


『クハハハハッ!この竜体にて!相手をしてやろう異端者!光栄に思うがいい!』

「数の上じゃ一対一に減ってるんだ、やってやるさ……!」


 巨体が再起動する。

 山の如き巨体が持ち上がり、泥が波打ち全身を鎧う。

 周囲に満ちる強い土の香りと湿気が不快さを増してリットの肌に張り付いて、平原は戦場となる。

 竦む体を立て直し、剣を握れば闘争心すら湧いてくる。リットは思考ではなく湧き出る生存本能に身を任せ、ただ相対する敵を見据えて剣を構えた。


『もがけ!溺れろ!』

「っ!"マッドショット"か!」


 それは【WoS】にてグランドイーターが使ってくる技のひとつ。纏う泥の一部を砲弾にして放つ攻撃は、ゲームではシンプルな遠距離攻撃──だったのだが。


 地を蹴り飛び退けば一瞬にして距離を取り、着弾地点から離れる事が出来るのだがそれですら紙一重。


「細かいディテールが脅威を増している……ッ」


 【WoS】においてマッドショットはシンプルな遠距離攻撃。着弾地点に泥を残し移動速度を低下させる効果もあるがその程度。

 しかしこれ以上の効果が今は付与されている。

 つまりは着弾時に飛び散る泥の飛沫。ゲームならば視界を遮るとしてカットされるリアリティの産物この一つ一つが礫となり、大地を抉って榴弾の如き惨状を引き起こすのだ。


「窒息もあり得るのか?……あるだろうな!これだからリアリティ重視ってのは!」


 立て続けに飛来する泥の砲弾を避け続け、弾けて降り注ぐ泥と土を浴びながらリットは全力で前脚に接近してスキルを構える。

 剣がその存在に大斧や大槌の破壊力を重ねて放つのは中級クラス、重量武器を扱う【破壊者(デバステーター)】のスキル。


「"ブランディッシュ"ッ!」


 水平に振り振るわれた剣は泥の鎧にめり込んで、僅かに遅れて到達した衝撃波によって再加速し泥を吹き飛ばして鱗に覆われた脚を斬る。


「!?これなら──」

『その程度で!』


 クルージの声と共に泥が泡立ち、鎧が層となって弾け飛ぶ。

 空気を叩く音と共に泥が周囲へと放たれて、無防備なリットの体を打ちつける。


「ぐうっ──!?」


 肺の中の空気を叩き出され、泥の中を転がって。

 追撃のマッドショットを避ける為に泥の中を必死に走り、跳び、滑る。

 泥に溺れながら無様にもがいて衝撃に揺らぐ頭をもたげれば口角を釣り上げてニタリと笑う竜の姿が目に入る。


『身の程も知らずに竜に挑もうなどと思い上がる愚者には相応しい姿だなぁ?』

「愚かも無謀も承知の上でやってるんだよこっちは……!」


 体が打ちのめされても闘志は絶えず。

 再び立ち上がり剣を構えるリットに対してクルージはグランドイーターの持つスキル()のより強力なモノを引き出し吠える。


『ならば自身の愚かさの代償を払うがいい!分かるぞ!この身に刻まれた力が!"マッドストリーム"ッ!』

「なっ……!?」


 それは【WoS】においてグランドイーターがHPを一定ラインを下回った時に使う全周攻撃。たかだか一撃当てた程度で使うものではない。

 しかし現実に竜の足元では泥が集まり、渦巻き、力を蓄える状態に入っている。

 茶色く濁った激流が加速して、轟々と音を立てる様はまるで災害そのもの。


「何もかもが【WoS】とは違う。見通しは正直甘かったよな……"ブランディッシュ"なら泥の鎧も吹き飛ばせるけどクールタイムを待ってHPをチマチマ削るゲームとは訳が違う。これは本物の戦いだ」


 ひとつのミスが命を奪う戦いで、ただひたすら逃げ続けるゲームの戦法がどれほど通用するのか。

 リットは見誤ったのだ。グランドイーター(それ)が見知った脅威(エネミー)であったから。

 未知に遭遇し続けた異世界で、対処の仕方が分かる──分かっているつもりだったからこその油断。


「楽観視し過ぎてきたよ、正直ね。苦労してでも勝てるとさ」


 しかしリットは折れないのだ。

 武器(支え)を手放し祈るなんて恐ろしくて出来ない、敵を見据えなければ覚悟が出来(歩け)ない。

 

「遅すぎるくらいだけど……今改めて、覚悟が決まった」


 剣を支えに立ち上がり、泥の上で敵を見据える。


(まずはこれを超える。元の"マッドストリーム"はグランドイーターを中心とした360度へノックバックを伴う波状の攻撃。喰らえば移動するダメージエリアに攫われ続ける事になる。回避にはステージギミックを使っていたがここには無い。効果に関してはどうだ?"マッドショット"の事を考えれば間違いなく攻撃範囲は上昇しているだろう。それに破壊力が無くとも濁流に足を取られる事になる……ホント面倒な付帯効果だよ)


 口の中に広がる泥の味に顔を顰めながら正面を見れば、渦巻く濁流はその力を限界まで引き絞って放たれる寸前。

 猶予はもうない。


(だけどそれはこちらも同じなんじゃないか?こっちに来てからスキルの効果が変化していてもおかしくはない)


 地を削ぐ力が、放たれる。


『その身に刻め!我が力の証明を!!』


 迫る濁流を前にリットは剣を翻し逆手に持つ。

 しかしそのまま、ただ目前に来たる脅威を眺めて……タイミングを見計らう。


「まだ、まだ……ッッ!"フォールンスラスト"!」


 逆手に構えた剣を振り下ろし、深々と大地に突き立てる。

 放つのは中級クラス【槍騎兵キャバルリー】のスキル"フォールンスラスト"。重力方向に向けて攻撃を放つ際、ヒット時に衝撃波を放つ技。


「ぐ……う、おぉ……!」


 放たれた衝撃波が濁流と衝突し、その勢いが滞る……しかしそれも僅か。

 流れる川に息を吹きかけたとて川を押し留める事など出来はしないのだ。

 それが自然の摂理、法則というもの。


 ──しかし何事にも例外というものがある。


 世界が変われどスキルの強制力というのは働くものだ。いくら常人を超える身体能力を得たとて普通なら剣や槍を地面に突き立てた程度で衝撃はなど発生しないし、ステージギミックでしか回避出来ないノックバック、などという結果ありきの現象など発生しない。

 しかしこの世界では実際にそれらは発生して物理的な現象を引き起こす。ゲーム内ならそのような処理をしている、で片付けられる森羅万象に現実は如何に応えるのか。


「──ッ!」


 リットの姿が濁流に消えた。

 平原という緑のカーペットにぶちまけられた泥水は大きく広がり、追い立てられた獣が村の外壁に殺到する。

 迎撃に村人達は槍を持ち、壁の下へ向けて突いては手繰り寄せ、突いては手繰り寄せ。

 その繰り返しの中、ミライはこの惨状の只中にいるリットを探していた。


「どこ……リット、きっと無事で……」


 グランドイーターというレイドボスの使うスキル、まして"マッドストリーム"は殆どステージギミックだ。戦う場所自体専用ステージであるし回避も木や岩の影に隠れなければ不可能だった。

 当然そんなモノはプレイヤーが扱うスキルとは訳が違う。設計が違う、規格が違う……しかし今は世界が違う。

 

 この世界にとっての異物であるスキルは僅かな改変をもって受け入れられた。

 それは破壊の規模でありHUDの有無。

 そしてこれらは──全てのスキルを平等にした。


「──っはぁ!はっ……はぁ、はは上手くいったか」


 即ちプレイヤー1人とレイドボスの鍔迫り合いを可能にしたのだ。

 リットは"フォールンスラスト"の衝撃波を"マッドストリーム"に合わせ、その物理法則とスキルの強制力の間を掻い潜ろうとした。

 "マッドストリーム"に攻撃判定が有るのはその先、広がる濁流の先端部分のみ。そこに触れればノックバックでダメージエリアに何度も轢かれ続ける事になる。

 つまりはそこさえ超えてしまえば後は物理現象の賜物である濁流だけだ。

 そしてこの場には被害を拡大するような土砂も木も瓦礫もない。

 とはいえ高さが1mもあれば波は人を容易に押し流す。

 クルージから遠く引き離されて、リットは平原を浸した濁流の中から現れた。


「レイドボスのスキルを相殺する……泥の鎧の《《テクスチャ》》が剥がれてくれなきゃ思い付かなかったよ」


 濁流に揉まれ、しかし〈鋼の民〉の身体能力で耐え切ったリットは不敵に笑う。


 本来はグランドイーターの纏う泥はテクスチャだ。斬り付けてもダメージエフェクトが出てHPが減るだけ。システム的にはそうなっている。

 しかしこの世界においてはリットの放った"ブランディッシュ"によって泥は吹き飛びその下にある肉を裂いた。

 

 【WoS】の当たり前は通用しない。

 しかしそれは全てにおいてリットの不利益となるものではなく、強者と戦う助けにすらなる。


「第2ラウンドだ。逆転を──ッぐ……!?」


 闘志に満ちた瞳が一瞬にして困惑に変わる。

 突如として胸を刺す、締め付ける、焼く痛みが体を襲い、膝を突いて呻きを上げる。


「──ッふぅ、これ、は」


 痛みの根源、胸元を見ればそこには赤い光が灯り、心臓の拍動に合わせて輝きを増している。

 輝きに増して鼓動が、鼓動に増して熱さが、熱さに増して闘争心が湧き上がりリットの体を支配する。


「熱い、熱い……ッ!?これは──!」


 やがて光は臨界に到達し、その赤い輝きは大きくリットを包み込みなおも大きく広がった。


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