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1-5 夜明けと共に


 昼寝もしたというのにリットは深く、ベッドに沈み込むように眠っていた。

 コイルの入ったマットレスとはまるで違う、背中に木の板を感じる寝床ではあったものの横になって目を瞑ればあっさりと眠りに誘われた。


 この世界に転移してから初めての安眠。リットにとっては可能な限り長く続いて欲しいものだろう。

 しかしそれは夜の帷を切り裂く朝日と共に村中に響き渡る警鐘によって破られる。

 何度も何度も鳴り響く鐘の音を聴くなりリットは飛び起きて当惑を口にした。


「っ!?なにが…?」


 外を確認しようと部屋の扉を開ければ、丁度同じようにして出てきたミライと顔を合わせる。

 同じように何が起きたのかと顔には当惑を浮かべているミライは、リットを前に少し落ち着いたのか冷静さを取り戻して状況への推測を始める。


「きっと何か……ううん、まさかあたしを狙って……?」

「狙う?ならあの騎士、敵襲って事か!?状況を知りたいな……どこに行けばいい?」

「それならロンおじさんの所!村の警備のまとめ役だから……広場に行けば分かるはず!」


 突風でも吹いたかのように玄関を開け放ち、未だ朝日が登りきらない空の下、少しひんやりとした風を切って先導するミライを追いながら、戦闘に備えて武装するリットの胸中は穏やかではない。


(戦いになればまた血を見る事になる。それが他人の物だなんて思い上がりは捨てるんだ……正確なところは分からないけどこの村の人達があの騎士に敵うのか?なら僕がやるしかない。ここで見捨てて逃げ出すような思い切りが、幸いな事に僕には無いみたいだから)


 ミライの案内で村を進んでいると同じように広場を目指す村人の姿が多くなり、その顔は一様に不安を滲ませていた。

 小さな子供を抱える親や老人を支える家族など、相手がどのような存在であれ戦えば命を落とすであろう存在を前にリットの心臓は警鐘と並ぶ早さで鳴り始める。


「ミライ、この村には戦える人はどれくらい居るんだい……?」

「そんなに多くない。最後に盗賊が攻めてきたのだってあたしが生まれるずっと前だし、普段は森から出てきた獣を追い払う程度で充分だったから……」


 不安はリットとミライにも伝播する。

 広場には逃げてきた村人が集まり、若い男達が広場に併設された村で1番大きな建物へ案内をしていた。

 彼らが村の警備を担当する者達である事はロンと同じ装備をしている事からリットにもすぐ分かり、しかし肝心のロンの姿が見えない事に疑問を抱いて……理解する。


(ここにいる警備はみんな若い……若い人を逃すつもりなのか)

「ロンおじさんは!?」

「ミライ!?お前も早く隠れて──」

「あたしも戦う!ロンおじさんはどこに行ったの!?」

「あぁクソッ怒られるな……村の東側の壁だ!」

「ありがとう!行くよリット!」


 駆け出したミライを追ってリットも走る。

 東へ向かうと今度は焦りを滲ませた者達が慌ただしく動き回る様子が目に入る。

 家の一つ一つに残った者が居ないか確認をする者、武器になる物を抱えてリット達と同じ場所へ向かう者。

 非日常の緊張感が満ちる重い空気が充満し、それは村を囲う壁の側に辿り着くとより一層濃くなっていった。

 この短時間で村の中からかき集めた家具で門には簡素なバリケードを築き、多少は防御の足しにする。

 この土壇場で弓の扱い方を学ぶ者など、緊張感こそ張り詰めるほどあるのだが、そもそもこの村が戦いに慣れていない者達が殆どだ。

 そんなアンバランスさはむしろ悲惨さを強く印象に残す。


 そんな場において相対的に言えば動じていない男が1人。

 冷や汗を流し、槍を握る手は細かく震えたその姿を見るなりミライは一層強く駆けて声を上がる。

 

「おじさん!」

「ミライ!?なんでこっちに来たんだ!お前も避難を──」

「あたしにも出来る事はある!だから何があったのか教えて!」


 頑として譲らず、強い意志を込めたミライの視線に射抜かれて、先程まで焦りと恐怖が体を支配していたロンはそれらを追い出すようにため息をひとつ吐いた後、壁の一部に作られた足場を登る。

 無言で着いてくるよう示してミライとリットも後に続く。


「……アレだ」

「そん、な……」


 先に登り切ったミライの声で、余程のモノが待ち構えているのだろうと想像したリットは少し息を整える。

 覚悟を決めて顔を上げるとそこには朝日を背にした山──


 ──否、それは竜。

 亀の如き形態のその竜はゆっくりと、しかし確実に村へ向けて歩みを進めて、その傍には獣の軍勢が列を成す。

 明らかに自然の光景ではない。

 獣達は駆けるでもなく竜に歩調を合わせて統率の取れた兵士のようだ。


(あれは……地竜?【WoS】にも似たようなモンスターが居たけど……)


 未だ遠くに在る脅威を観察する為ミライが懐から遠眼鏡を取り出したのに合わせてリットもアイテムボックスより同じ物を取り出して彼方の地竜を覗く。


「グランドイーターか?」

「リット知ってるの?」

「まあ一応ね……でもあんな風に徒党を組んだりはしないはずだけど」


 リットはソレを知っている。

 【WoS】にて何度か倒したボスモンスター。それがグランドイーターだ。

 亀のような見た目に違わず硬い甲羅を備えて、さらに泥の鎧を纏ったそれはまるで地形が動いているかのような圧倒的な存在感を放つ。


(グランドイーターはヒルトフォレストで発生するパブリックイベントで討伐するボス。ミライが知らないって事はこっちには居ないか珍しいか……いや、違うんだろうな。アレはきっと僕と共に転移してきたんだろう)


「リットあの竜の頭の所、見える?」

「頭?……あの時の……!」


 視点を変えみればそこには怪しげな光を放つ手斧を持った騎士が1人。村を真っ直ぐに見据えていた。

 (エネミー)の頭に立っているというのに堂々とした姿は【WoS】の常識とは乖離した歪な光景だ。


「多分アイツが従属の魔法で竜と森の獣達を従えているんだと思う」

「そんなモノもあるのか──それで?どうするんだい?」


 そう切り出したリットへの返事にミライは少し悩んでいた。

 しかし脅威は歩みを止めてはくれない。地平の先から響く地鳴りに焦れて最初に沈黙を破ったのはロンだった。


「おいお前、これは村の事、俺達の村の話だ。余所者の〈鋼の民〉には関係無い」

「ちょっとロンおじさん!こんな時まで──」


 声を上げたミライを制止して、リットが口を開く。


「なら村の外でやってみる事にするよ。一宿一飯どころか二飯の恩もある……それに貴方達はなんだかんだで一晩はこの村置いてくれて、追い出したりなんかはしなかった」


 物事の良い面だけを切り取ったその言動に、ミライもロンも、物珍しさに聞き耳を立てていた村人達も唖然とする。

 追い出そうとはしなかったのは〈鋼の民〉の力への恐れゆえの事ではあったのだが、リットはそれを意に介さず──都合良く、前向きに捉える事にして笑って見せる。


「小っ恥ずかしいけど義とか恩とかそういうの気にする僕としてはちゃんと……報いないとね!」


 リットが跳び、硬く閉ざされた門の外へと降り立つ。

 あまりに唐突で誰も止める事が出来なかったので、唖然とした顔が驚愕や焦りに変わるのに少し時間が掛かった。


「リット!?1人でなんて無茶だよ!!あたしも──」

「くっ!ミライ!行くな!!」


 着いて行こうと身を乗り出すミライを必死に引き留めるロン。その押し引きがあればこれはリットの戦いだ。

 2人を見て、硬く閉ざされた……しかしグランドイーターの破城槌の如き足には児戯にも等しい門を見て、リットはここに来て覚悟を決める。


「ここまで追い詰めればやれるだろ……ッ!止めなきゃバッドエンドだ。僕がやらなきゃ誰がやる!?」


 自分を鼓舞する言葉を呟いて、リットは駆ける。

 目指すは大将首。竜頭ごと切り落とさんと剣を抜き放ち平原を疾走するその対面には獣の群勢。


 リットの接近を認めたのだろう。グランドイーターは変わらずゆっくりと歩みを進めるが、獣達はリットを迎え撃たんと駆け出しその獰猛な牙を剥き出しにして吠える。


「なるべく数を減らしながら突っ切る!……やれるさ、きっと」


 急速に接近する敵の姿を見て竦む心を励ます言葉は獣の唸りに掻き消される。

 ただ1人大波の如き獣の群れに飛び込んだその姿は周囲から見えなくなり、距離の離れた村から見ればそれは尚更。


「リット……!」


 願うように搾り出されたその言葉は未だ薄暗い空に霧散し消えてゆく。

 飛び出したリットの背を見る村人達は皆固唾を飲んでその行方を探して目を凝らし、やがてそれを見る。


「あ、あそこだ!血が……」


 夥しい血が群がる獣の塊から噴き出して、それがリットの物で無いなどと信じる者はただ1人。


「"ソードヴォーテックス"ッ!」


 血だけではない。バラバラに切り刻まれた獣が飛び散って、地を埋め尽くす獣の群れに穴が開く。

 そこに立つのはリットただ1人。


「リット……良かった……」


 安堵の声を漏らすのはミライ1人では無い。僅かばかり緩んだ気を引き締めるようにロンが叫ぶ。


「1人で全部倒せる訳はない!討ち漏らしはここまで来るぞ!急いで準備をしろ!……ミライ頼む、デカブツはアイツに任せてお前はせめてここに居てくれ……」


 ミライの肩に置いた手は引き留める力を緩めて、しかし懇願するロンの顔を見ればミライには肩に掛かる重さが増したように感じた。


「あたしは……わかった。でもあたしだって魔法を使えるから、ここで村を守る。リットが後ろを気にしなくて良いように」


 ミライ意志は固く結ばれて、同じものを抱いて遠ざかる背を見る。

 リットは止まる事なく猛然と突き進み、それによって多少は獣達の進行に遅れも出ているようだった。


「勝つよ、リット。誰ひとり死なせない」


 夜明けと共に、防衛戦が始まった。


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