3-14 決意
ミスルト内の人の問題は一応の決着と相成り、シグルドが次に目を向けるのは竜の事。
とはいえ戦士団は王都までの強行軍で疲弊していた為に休息を取る事となり、日暮れ前に南から戻ってくる朱竜の監視部隊からの報告を待ってから会議を行う運びとなった。
そのようにして空いた休息のための暇はそう多くはない数時間なのだが、城内の暖かい食堂で温かいスープを啜ればたちまちに活力が蘇るもの。
共に過酷な道を超えてきた戦士達と肩を並べて、リットも食堂の片隅でスープを片手にダスティンと談笑していた。
「これからが本番とはいえ疲れるものは疲れる……竜は実際のところ何処まで迫ってるんだ?」
「さて?ホワイトファングに報が届いた時点では移動速度は極めて遅く、避難は容易だと報告があったそうですが」
「戦う時もノソノソ動いてくれたら助かるね。ついでに希死念慮にでも捉われててくれると助かる」
「竜が自殺したという話は聞いた事がありませんね。そもそもアレらは生存に対する欲求が極めて強いんです。王都に迫る、というのは竜種には魔力を察知する感覚が鋭敏である為により多くの食事を求めて人口密集地を目指しているのではないかと予想されているからです」
竜種は自らの肉体の維持の為に魔力を求める。
この世界のあらゆる生物が大なり小なり魔力を持つ為に、魔力の摂取にはそれらの捕食が最も手っ取り早い方法なのだ。
肉食獣が匂いを辿って獲物を見つけるように、竜種は魔力を辿る。
ドラゲンティアの騎竜などは乗り手の魔力を覚えてその位置を探る事が可能であり、野生の竜種ならば敵わない強敵を避けて生き延びる為にこの感覚を使うのだ。
「じゃあ僕等が眼中にも無いって状態だと、食い止めるどころかただ前菜になっちゃうのか」
「そうならない為に力を注ぎはしますが……こればかりはやはりリット様に頼る部分が大きそうです」
「ああ、こうしてご飯だって貰ってるんだからそこで役に立たないとね。シグルドにウィスタリア……ミライだって居るんだ。なんとかなるさ」
現状の最高戦力はレベル100のリット、シグルド、ウィスタリア。
そこに竜殺しの力を使えるミライが加わり果たしてどうなるか。
そのような事を考えて、リットはダスティンを横目で見た。
年のほどは20に幾つか足したくらい。
まだ若く、しかし責任感を強く持った戦士であり……まだ小さな子供の父親でもある。
そのような彼を見て、リットは思わず内心の不安を漏らしてしまった。
「きっとなんとかなる……だからさ、ダスティンは行かなくてもいいんじゃないかな?」
「いえ、行きます」
「でもほら、君には色々と……家族とかあるだろう。僕は凄いと思うよ、君の事。でも危険に飛び込まなくったって──」
「お優しいですね。リット様は」
俯きなリットの肩に手を置いて、ダスティンは優しく笑う。
「ですがこれが自分の仕事なんです。とは言っても竜が相手ならせいぜい弓を射かける程度の事しか出来ませんが……はは、実は剣より弓の方が得意なんです。ですから力の限り戦って、人々を守らなければ」
「そこに命の危険があってもかい?君が死んだら大勢悲しむよ。ほんの短い付き合いの僕ですら悲しむような君の人柄なんだから、きっと大勢だ」
冷淡ではあるが、仮に戦士団の一員であれリットはよく知らない相手ならばそこまで悲しむ事はないだろう。
事実このような事を話したのはダスティンだけだ。
ダスティンだけが……その人柄や生活や生い立ちを知ってしまった相手であり、その死は被害という言葉で括った数字では表せない悲しみを生むものになった。
だからリットは不安に思う。
それは自分の心を守る為の行いかもしれないが、心からの心配でもある。
ダスティンもそれを理解して、しかし断固たる意志を持って死線に挑もうとしていた。
「そうですね……それでも自分は家族を守りたい。友人を、隣人を守りたい。そう思えば、今立ち向かう凶刃はそれら背後に居る人々なら振るわれるかもしれないと奮起する力になります。相手が竜でも同じ事ですから」
「守るものの為か……立派だと思う。僕は結局そうじゃない気がするな」
リットの動機は基本的に自分本位なのだ。
嫌な気分になりたくないから人を助ける、殺さない。
行動自体が変わらずとも、リットはそこのエゴに自覚的で……嫌悪を抱いてもいた。
「人それぞれですから。自分は……家族が大事です。息子が健やかに育ってくれるならそれ以上の事はない。ですから家族の側に居る為にも戦士団を辞めようと思うのです」
「え!?憧れだったんだろ?」
ダスティンを戦いから遠ざけようとしたリットではあるが、その発言には思わず引き留めるような反応をしてしまった。
ダスティンは幼い頃より旅人や傭兵の語る英雄譚を聴き憧れて来た事を知っていた為に。
「ええ、そうです。憧れでしたが、今は抱えてるものがそれだけではありませんから。家族の側に居たいんです」
「じゃあ実家を継ぐのかい?」
「それも良いかもしれませんが番兵をやろうかと。守るにはうってつけの職業ですよ」
「そうか……じゃあ無事に帰らないとね」
「ええ、王都が竜禍に呑まれればミスルトが消えたも同然。まずは目の前の仕事を終わらせなくては」
竜に挑むという大仕事を前にダスティンの意気は充分。
それに当てられリットも胸に熱いものを感じて拳を握る。
「これが最後の冒険です。まさか憧れていた英雄のような方々と共に戦えるなんて……英雄譚の端の方ではありますが、その一部になれて光栄です」
「いや、君も英雄だろう。これからもずっと英雄だ。なにかを守るなんてまさしく英雄の行いだよ」
竜へと挑む心構えは出来た。
戦士達は一時の休息を余す事なく活用して心身共に休ませる。
そうして時間を過ごして日が暮れた頃。
戦士団の中でも人を率いる立場の数名とリット、ミライ、ウィスタリアがシグルドに呼ばれて城の一室へと向かった。
「なんだか久しぶりにリットに会った気分かも」
「たかだか何時間かだろ?まあ、前半が濃密だったけども」
「まさか旅に出た時には王様との謁見とか、国を巻き込む陰謀なんかに関わるとは思わなかったよ……」
度重なる緊張に固まった身体をほぐそうと、全身を弛緩させてゆらゆらと揺らすミライを連れて辿り着いたのは一種の戦場。
物理的なもの以上の重たさを感じさせる大きな扉を開ければそこは大きな机を中央に配した広い部屋。
ここはある種の会議室。
兵士が戦場で戦うのならば、ここは命令系統に於いてより高位の者達が戦う場所だ。
机には地図を広げて頭を捻る先客の他、部屋のあちこちで固まって相談事をする者も。
彼等はミスルトの軍事を担う者達だ。
行うのは軍事作戦の会議。
地図の上にはミスルトの兵力を表す駒の他、大きな竜の駒も。
報告を元にそれらの位置を整えて、戦いの準備の準備が行われていた。
やはり戦いとは事前の準備が肝要だ。
そこに挑むのだから、未だ作戦会議は始まっていないにも関わらず、部屋には独特の緊張感が満ちておりミライは思わず苦悶の声を漏らす。
「うう……昼間の謁見もそうだけど緊張しっぱなし……」
「何するわけでもないなら緊張しようが無いと思うけど」
「えー……なに?リットの心臓は鋼で出来てるの?」
「君もそうだろ」
軽口で緊張を和らげて、自分達の居場所を求めて室内を慎重に歩いていると、戦士団の面々はともかくとして見慣れぬ3人が部屋に居る事は好奇の視線を集める事となり居心地が悪い。
なんとか気持ちを落ち着けようと、見慣れた姿を探して部屋を見回すと部屋の片隅で椅子に座ったシグルドがブリンジャーと何やら話しているのが目に入った。
「やっぱりシグルドは慣れてるみたいだね。平気そう」
「そりゃあそうだろう。僕らとは色んな場数が違う」
「はぁ……こんな場所で話すくらいなら戦ってる方がマシだよ」
「シグルドが言いそうな事だ」
いつも通りといった様子でブリンジャーと話し、資料などに目を通すシグルドを見てミライは感嘆の声を上げる。
そして、そんなミライの背後から音も無く近づく人影がひとつ。
「別に王子とて平気という訳ではないと思うけれど」
「ウィ──スタリア!……さん」
咄嗟に名前を思い出そうとして少し言い淀んだ上に後付けの『さん』を付け足したミライに、ウィスタリアは珍しい事にクスリと笑う。
「別にどのように呼んでも構わないわ」
「じゃあウィスタリアだ!呼び捨てだと早く仲が深まるからね。あたしも呼び捨てにして!」
「随分と社交的ね」
「このミライちゃんは明るくて社交的な美少女で通ってるからね!」
会話……と呼ぶには一方的なやり取りを続けるふたりにリットは少しばかりの疎外感を覚えていると室内は急に静かになり、一気に緊張が張り詰めるようになった。
周囲を見回せば、部屋の中央の大きな机の前に立ったシグルドの姿が真っ先に目に入る。
大きな体躯はそれだけ目立ち、合図としてはわかりやすい。
机に手を付き地図上に視線を走らせるシグルドは頭の中で情報を整理しているのだろう、少しの間そのまま瞑想のように身じろぎひとつせずに地図を見て、やがて頷いた。
「よし……諸君!頭を使う時間だ、集まってくれ!」
そのように言わずともシグルドをゆっくりと取り囲むように人垣が出来上がっていたのだが、その一言でその輪は縮まる。
机を囲む輪が何重か、最前列ほど偉い順番が出来上がりリットやミライやウィスタリアは押し込まれるようにして最前列に立つ事となった。
「ではまず簡潔に言おう。小難しいを考える必要は無い」
机の周囲に動揺の波が走る。
「件の竜──朱竜と言ったか。ヤツが現れたのは王都の南にある大山脈。そこから北上し始めた竜の進行方向はわかりやすく人のいる場所……集落を目指して真っ直ぐに這い進んでいる。当然それを続ければ最大の人口密集地であるここ、王都に辿り着く訳だが」
そこで一旦言葉を途切らせて、シグルドは地図上の一点を指差した。
「ヤツはあらゆる障害物を薙ぎ倒した直線移動を行っている為に進路の予想は容易であり……迎撃に適した地点はこの平野だろう。背後に中規模の都市を庇う形となるな。牛歩とはいえ向こうも移動を続けている事を考えれば、我々が備える猶予を持たせるにはここしか無い」
シグルドは竜を模った駒を地図の線がいくつも束ねられた地帯──一本道の渓谷へと置き、周囲へ目配せする。
意見があるかと尋ねる視線に促され、最前列に立つ厳しい老年の男が兵士を表す駒を竜の周りへと力強く配置した。
「既に攻城兵器の類を南に移しております。投石器やバリスタなど分解してアイテムボックスに詰める事が出来る物は片端から。敵は翼もなく地を這っている巨大な的です。如何様にも当てられるかと」
「む、流石だな将軍。朱竜には可能な限り多くの損耗を強いたい。扱う人間の数が足りるだけ、弓矢であれ大小問わずにかき集めてくれ」
派手な光などが出るわけではない投石は地味ではあるが、しかしシンプルな質量攻撃こそ信頼が置けるだろう。
城砦を陥す程の破壊力だ。
決め手になるかは分からずとも、そこにある事の頼もしさは確かに戦う者の安心に繋がる。
そしてその堅実な備えに対抗するように声を上げるのは鷲鼻の男。
ゆったりとローブを着こなして、同様の格好の徒弟を従える彼はまさしく魔法使い……この国の魔法使いを纏め上げる魔法師団長だった。
「吾輩の魔法隊も準備は万端!圧倒的な火力の投射で殿下を支援いたしましょうとも!……ですがやはり要となるのは殿下のお力!」
「ああ、戦神の力が戦況を変える事は間違いない。その点で幸運なのは俺の他にも戦士団の友人であるリット、都市連合からの客人であるウィスタリア殿が力を貸してくれる事だろう」
シグルドがふたりを指し示し、この場の注目はリットとウィスタリアに集中する。
戦神は大きな戦力だ。
リットも実感としてそれを知っているが、やはり巨大な人型が最前線にて力を振るうというのは味方の士気昂揚にも役に立つ。
その数が多いとなればふたりに注がれる視線には感嘆が多く含まれて、上がる声にも頼もしさを讃えるものが幾つか聞こえる。
「ふむ、お二方も〈鋼の民〉の血を濃く継がれた方でしたか。戦場では頼りにさせていただく」
「では、この戦力を如何に効果的にぶつけるかだが──」
「ちょっと待って!」
シグルドの言葉を遮り、ミライが大きな声を振り絞る。
注目が、嫌な感触と共に集まる。
「ん?なんだミライ?質問なら後でまとめて──」
「違うの。この作戦、私を要に置いて欲しい」
それは明らかにこの真面目な、とても真剣に無辜の民草の命を守る為の会議の場には相応しくない言葉だ。
将軍の他、不機嫌さを滲ませる者の視線がミライを刺す。
そんな状況にあって、リットは我関せずといった様子であるものだから、ウィスタリアは困惑を表情に滲ませながらミライを諌めようとしてる。
しかし確固たる意志を力強い眼光に写すミライを見て、魔法師団長は鼻筋を撫でながらその自身の源に好奇心を刺激されていた。
「ちょ、ちょっと貴女……」
「そちらのお嬢さんも〈鋼の民〉ですかな?」
「確かにミライもそうだが剣を持ったのはつい最近の事だろう……」
シグルドが頭を掻きながら困った様子でそう言うと、終始から失笑が漏れる。
あの小娘は何故こんな場に居るのかと、少し剣を習って思い上がった何処ぞの出しゃばりが何か鳴いているぞ、と。
だがミライはそれに動じない。
どんな侮蔑も意に介さず、真っ直ぐにシグルドを見て揺るがぬ自信を示していた。
「そうだね。たしかにあたしは剣じゃ大した力にはならないけど、別の力がある」
ミライはそう言うと、ホワイトファングより大切に背負い続けていた背嚢を机に置く。
革製のそれを置いた時、ゴトリと硬い音がふたつ鳴り……取り出した中身もふたつ、或いは一対の器物だった。
「これが何か分かる?」
ミライはそれを手にして周囲に見せつければ、その異様な気配にどよめきは強くなる。
息苦しくなるような威圧感、引き込まれるような存在感。
それらを同時に放つこれは棍。
銘を〈拐乖棍〉という。
「な、なな!?まさか〈竜髄〉!?」
この国で最も魔法に長けた者がそう言った、ならばこれは〈竜髄〉に違いないのだろうと声を出す事すら憚られる程に緊張が高まる。
そんな中で、それに見覚えがあったウィスタリアは言葉を溢す。
「それは、あの時の……」
「僕が持ってると思ってた?」
「それかミスルト側の誰かに渡したものかと」
「ミライの手元が1番安全だったのさ」
「……?」
疑問を抱くウィスタリアはリットの言葉に首を傾げつつもミライがこれから何をしでかすつもりなのか、そこに注視する。
〈竜髄〉なんてモノを持ち出しているのだから、碌なことにはならないだろうと。
「〈竜髄〉は容易には壊せない。そうだよね?」
「ええ、そうですとも。吾輩の知る限り〈竜髄〉とは竜の生存能力の極致!およそ破壊されず、多少傷が付いても修復される等々……殆ど不壊と言ってもよいでしょう!壊せるのは同じ〈竜髄〉に竜、そして魔法の秘奥と呼ばれるような究極の一撃くらいのもの!正直に言ってこんな世界の辺境にある愛すべき故国で〈竜髄〉を目にする機会があろうとはまさか思いもしない事!これは僥倖!大して魔法研究が進んでいない糞程つまらん国で人生を終えるかと思いましたが、このような出会いがあるならば竜も裏切りも吉兆でございますなぁ!」
ミライの再確認を促す問い掛けに、魔法師団長は〈竜髄〉を目にした興奮したを語気に乗せて必要以上に口を回す。
この国1番の魔法使い、そして博学である彼の言葉である為に、やはりこれは紛れもなく〈竜髄〉なのだと議場の誰もが息を呑む。
これはパフォーマンスだ。
ミライは皆の注目を一身に浴びて何事かをしでかそうとしている。
「なら──あたしは今からこの〈竜髄〉を殺してみせる」
そう言って、ミライは手の中から青い炎が湧き上がらせる。
握った〈拐乖棍〉ごと燃え上がるそれは、瞬く間に強く輝き火勢を増す。
水が流れるように〈拐乖棍〉を蒼炎が這い、包み込めば声にならぬ叫びが空間を揺らし〈拐乖棍〉はあっという間にガラスのように脆く砕け散り、細かい破片すら青い炎に包まれて地図に落ちるよりも先に燃え尽きた。
残るのはミライの手のひらに残った余燼のみ。
それすら長くは保たず、鮮烈に印象を残す蒼い輝きは消え失せる。
「これがあたしの竜殺しの力」
「り、竜殺しですと……?」
魔法師団長は唖然としてあんぐりと開けた口をどうにか動かしだが、おうむ返しをするだけで精一杯だった。
他の者も同じように衝撃を受け、困惑を隠さない。
常識を超えた事をやってのけたミライであるが、その顔に感情はない。
それがより一層神秘的に目に映り、この場を支配する。
そんな中で冷静にどうすべきかを考え、口にしたのは眉間に寄せた皺を深くした将軍だった。
「そのような魔法は聞いたことが無い。都市連合では研究が盛んと聞くがそちらのものか?」
そう言って将軍が鋭い目つきと共にウィスタリアへと質問を投げかけるが、ウィスタリアすらも周囲と同じように竜に対する認識を揺るがされて動揺していた。
「いえ……〈竜髄〉を容易く破壊できる魔法なんて聞いたことも……」
かぶりを振って否定するウィスタリアは目の前で起きた事を受け入れる為に自分の知識……常識を口にする。
「〈竜髄〉を同じ〈竜髄〉あるいは竜以外で破壊する事が出来る存在は都市連合が把握しているだけで5人」
5人。
それは単独で竜を相手にして勝利する事が可能……かつ、力量において竜を上回る強者の数。
竜といえどもその力の寡多に当然差があり、この場合の強者とは竜の最上位に比肩する実力の持ち主の事を指す。
最上位の竜、例えばドラゲンティアで崇めらている3つの竜などは他とは隔絶した強さを持った上位存在と言えるだろう。
国ひとつを治めるに足る存在であり、神と崇める者すら現れる格。
ならば5人の強者とは神殺しが可能な英雄に他ならない。
「内2人はドラゲンティアの竜騎士と聖騎士、3人は都市連合内で所在や動向を把握している……ミライはそのどれからも由来しない在野の強者?」
「ふん、自らの口で言っているではないか都市連合の客人よ──ミライと言ったか、貴様はドラゲンティアの」
「そんなわけない。ドラゲンティアが竜を殺せるような力の存在を受け入れたりなんかしないし、あたしはドラゲンティアと利害の衝突がある」
「利害、とは?それはミスルトに禍を齎すものか?」
「あたしは竜を殺す。ただそれだけが望み」
淀みなく、ミライは毅然と問答に挑む。
対する将軍の怪訝さを隠さない態度はひとえにミスルトの禍に繋がらないかと考えているからこそ。
それがあるからこそ、厳しい老兵はミライを強く威圧する。
「ふん、どこまで信じてよいやら。そもそも生きた竜に効く保証は?どうやってその力を手に入れたのかも怪しい」
「将軍、彼女は俺の友人で客人だ。ミスルトの事を思う気持ちは分かるが礼節も大事にしてくれ」
だがシグルドがそれに割り込んで諌めた……それもまた形式的なものだ。
シグルドが強く出辛い場面で代わりに将軍が詰問しているだけの事。
実際、シグルドの目にも疑問や警戒……ミライを見極めようとする意思があった。
「気にしないでシグルド。あたしは朱竜を殺したいだけ、だから別に話しても構わないから」
だが、ミライにとって全ては些事。
「ウィスタリアが言っていたけど、この力は別に誰かに教わったとかそんな由来じゃないし、そもそも前提が間違っている」
ただ強力な目的意識に突き動かされているだけなのだ。
それを叶えられるのならば、彼女は厭う事はない。
「単純な事。あたしが生まれ持った呪い、全ての竜に振り下ろされる力……こんな力を持っているのは……」
ミライの表情に翳りが見える。
視線を落とし、厭世的に自らの手を見つめ、言葉を溢す。
「あたしが竜と人の間に生まれた竜人だから」
吐き捨てるように、心の奥底にに押し込んだ感情を掬い上げるように、自らのルーツを明かす。
「──屠竜。竜を殺す、竜。それがあたし」
竜は各々が強大な力を持つ。
例えばそれは全てを灼き尽くす力であり、全てを凍結させる力。
彼我の距離を自在に操る力であったり、魂を剥ぎ取る力である場合もある。
竜の数だけ力がある。
ならばある竜が目覚めた力が竜を殺す力である事はおかしな話ではないのだ。
ただそれが、人との間に産まれた存在であっただけで。
「生きてる竜だって殺した事がある……あたしが産まれてから、いや産まれる前からほんの種火にも満たないような力を受け続けた母さんはこの力のせいで死んだ。今はあの時よりももっと強い」
昏く、力強い光がミライの中で煌々と輝いていた。
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