表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/53

3-6 魔法・魔力入門



 どのような結果であれ、戦いはリットとミライの生存という形で決着した。

 ふたりは服に着いた泥を払いながら、仲間達からラウルスの騎竜に引き離された距離を埋めようと森の中を歩いていた。

 その中で、ミライはふと思い付いたように隣を歩くリットへ声を掛けた。


「そう言えば、リットが人と本気で戦うのを間近で見たのは初めてだけど、なんて言うか……」

「卑怯?」


 ミライが言いにくそうに口篭っていた言葉を、リットはなんて事ないように言ってしまう。

 あっけからんとした態度は、その言葉に対する納得の表れだった。


「うーん。自覚あるんだ」

「まあ、そりゃね。でもこれで結構勝ててるんだ。勝率は7割超えてるし」

「7割って……10割じゃなきゃ死んじゃうよ」


 それなりに自信があった数字に対してのダメ出しを喰らったリットは、苦笑しながらも納得と共に頷いてみせる。

 ゲームならばリトライが出来たのだが。


「それもそうだ。でも負けそうになったら逃げればいいのさ。前に言ったろ?リベンジする機会があればなんとかなるもんだよ。実際僕の負けって地力の差でどうにもならなかった時以外は再戦で手の内バレていたのが敗因だしね」


 リットのビルドは相対した相手に手の内を極めて悟られづらい事を特徴としている。

 【武王(ウェポンマスター)】はスキルの発動条件に設定されている武器種の縛りを無視する事が可能だ。

 それ故にひとつ、ふたつ、と構成するクラスが分かろうとも、他が全く予想が付かない。

 そのような手札を持ちつつ、リットは更に搦手を好む。

 ダメージを負ったと見せかけての反撃。

 ギリギリまで引き付けてからの目潰し。

 姑息と言われようとも、これこそがリットのスタイルだった。


「うーん……そう、そうだね。次があるならあたしはより強くなって、竜殺しの力だけじゃなく剣でも戦えるようにならなくちゃ」


 ならばミライはどうかと言えば、未だ途上だ。

 剣も魔法も共に未熟で、先程の戦いにて舞台に上がれたのは竜殺しという極めて特殊な切り札を持っていたという一点張りによるもの。

 とはいえその切り札ひとつが戦いの趨勢を大きく変える力を持つのだが、それ以外は目眩しがせいぜい。

 ミライは強力な力に頼り切る事なく、胸には強さへの遥かな向上心を抱き、密かに拳を握りしめていた。


「方角は……こっちで合ってるのかい?」

「あたしの感覚を信じなさい!でも音も何も聞こえないから不安にはなるかも」

「勝ってるだろう。いや、勝つと言うか聖騎士は時間稼ぎだと言っていたし、全滅して静かって事もないと思うよ」


 距離は離されども、流石に大型の亜竜が暴れたのならその音は響く筈だ。

 それが無いならば亜竜は死んだか、飛び去った。

 ともかく戦闘は一旦終了したという事で、ふたりは身体を休ませながら歩いて合流を目指しているのだ。


「ねえリット。お願いがあるの」

「なんだい?僕に叶えられる事なら聞くよ」

「あたしの竜殺しの力の事、一旦黙っていて欲しい」


 リットがチラリと横を見れば、ミライは後ろめたそうな顔をして俯きがちに歩いていた。

 先程まで双刃剣を手に蒼炎を迸らせ勇猛果敢に戦っていた人物と同一人物とは思えないような、いっそ悲痛とすら思えるようなその姿に、リットはバランスを取るように少し上を向いてミライよりも前を歩く。


「ん……分かった」


 それから森を抜けるまで、リットは質問はしなかった。

 一旦という言葉を使ったミライの事を信頼をして。


 そうして無言で歩き続けて森を抜ければ、開けた視界に大きな亡骸が入ってきた。

 ラウルスが〈偸蓋〉から出した大型の亜竜らだ。


「みんな無事だね。良かった……」

「死者は無しか?……多分、相手の側もそうなんだろうな」


 ミライは手を振り戦士団の元へ駆け出して、リットは横たわる亜竜の側を通って合流しようと歩みを進める。

 既に生き絶えたそれらを眺めて、観察し、顎に手を当てふむとひと息。


(やっぱり全部同じ見た目だな。あの腕輪、戦いには使っていなかったけれどあれも〈竜髄〉なんだろう。能力は分裂とか?)


 4体の死体を回っている内に、リットは同じように考え込んでいるシグルドと鉢合わせた。

 特に目立った傷はない彼も亜竜を前に腕を組み、深く息を吐いて眼光鋭く目の前の死体……ではなくその向こう、より遠くを見ようとしている様子だ。

 

「やあシグルド。無事みたいで何よりだよ」

「……ああリットか。そちらも無事で何より。ミライはどうした?」

「みんなの所に走って行ったよ。シグルドは行かないのかい?」

「少しばかりの思案をな。戦いの高揚も鎮めたい。先に戻ってくれ」

「じゃあお先に……?」


 リットはシグルドの何やら普段とは違う様子に疑問を抱きつつも、きっと自分には分からない政治に関する事なのだろうとその場を離れた。

 だがしかし、リットの印象では豪放磊落な快男児といった彼の堪えるような表情が、ずっと脳裏に残って離れない。

 それは戦士団が移動の準備を整えて、さらに南へ移動し日が暮れ野営にて一晩明かそうという時でも、リットの頭の何処かに引っ掛かっていた。

 そんな調子でいたものだから、夕食を終えて装備の手入れなど翌日の準備に努める戦士達や立ち並ぶテントを横目に、リットは妙な座りの悪さを感じてミライの元へと行こうとしたのだが。

 

「やあ、邪魔するよ。やってるね?」

「やってるよー!ブリンジャーさん魔法も使えて凄いんだから!」

「歳を取って武器を振るった時の鋭さが失われてしまったものですからな、こうして若い頃は毛嫌いしていた魔法にも頼っている訳ですわい」


 ミライはブリンジャーと共に焚き火を前に並んで座り、何やら複雑なことが書いてある本を読んでいた。

 それは魔導書。

 古めかしい革の装丁は如何にも、といった雰囲気を醸し出して見た目以上に重厚な印象を抱かせる。

 内容に関しては幾つかの魔法の使い方と効果について書かれており、こらはミライが家から持ち出した物のひとつだった。

 

「剣の師であるリット殿からすれば魔法を習う事は面白くありませんかな?」

「いや、そんな事ない。僕だって魔法が使えるなら使うさ。この寒さだろ?敵に水でもぶっ掛けてやればそれだけでかなり効きそうだ」

「陰湿……」

「ミライも使って良いよ」

「あたしの適性は火の魔法だからなぁ。水は苦手かも」

「そんなもんなのか。じゃあ今勉強してるのも火の魔法かい?どんな魔法習ってるのか教えてくれよ」

「いいよ。これは炎の波を放つ魔法」


 ミライがページの表面を指でなぞり、数式のようなものを指し示して楽しげに笑う。

 そして、リットにはまるで意味の分からないそれには載っていない知識をブリンジャーが補完する。


「囲まれた時、敵が大きい時、力量があれば飛来する矢を焼き払う事も可能ですな。このような魔法は加害範囲が広く、使用の際は味方の位置と動きを把握してから使う事」

「リット、もしもの時は避けてね……!」

「おいおい……毎回魔法の名前喋ってるだろ?コレ使う時はいつもより大きく叫ぶように頼むよ」


 リットは記憶の中からミライが魔法を使っている姿を思い起こして、【WoS】のスキルのように発動する魔法の名前を発していた事を思い出す。

 スキルは【WoS】のゲームとしての都合上、発動に絶対必要なものであったが魔法はどうなのか。

 リットはそのような疑問をふと脳裏に浮かべ、そしてミライはすぐにその答えを話し出した。


「ああ詠唱のことね。あれやると安定するの」

「じゃあ聖騎士と戦った時に言っていた無詠唱とか、なんか魔法の名前の前に言葉を付け足していたけれどあれは?」

「リット殿はミライ殿に負けず劣らず好奇心が強い。どれ、この爺がひとつ授業といたしましょうぞ」


 ポンと手を叩き、ブリンジャーが朗らかに笑う。

 リットもミライも先生を前に居住まいを正して前のめり。

 共に待ちきれないといった様子で次の言葉を待つので、思わずブリンジャーも目を細める。


「さて、まずは魔法とは何か。魔力とは何なのかについて軽く話さねばなりませんな」

「魔力は僕らのスキルにも使ってるんだっけ?」

「その通り。魔力とはいわば世界というキャンバスに落とす絵の具。雪の上にする小便のようなもの……」

「汚い……」


 ミライの反応にカカ、と笑ってブリンジャーは手のひらに蝋燭程の火を灯す。


「儂は今、油も種火も無しに火を出してみせましたが、これはあり得ない事。風を起こすのも大地を隆起させるのもそう。魔力とは世界を思うままに変える力の事を言うのです。まあ限度はありますがな」


 少しばかりの茶目っ気を付け足して、ブリンジャーは手のひらの火を握り締める。

 そうして開いた手には火も、それによって焼け焦げた跡もなく空手の状態。

 

「そして魔力による世界に対する強権を行使する際には、世界に対して宣言をしてやるとより魔法は強固になる。このような力を今からお前に使うぞ、と高らかに唱えてやる訳です」

「なら名前さえ言えばいいのかい?例えば火を飛ばすぞ!って思いながら唱えたら……」

「まあ上手くは行かないでしょうな」


 バッサリと切り捨てられたリットを横目に、ミライは得意げに胸を張りリットへと補足をした。


「一応ちゃんと理論があるんだよ。魔力がどう作用して、とかそんな感じの事が。ちゃんと理解していないと中途半端な……手元で爆発する魔法とかになっちゃう」

「ほほ、そのため新米はまず何節にも及ぶ長い長い詠唱によって魔法の安定性を高め、理論を解してようやく魔法名だけで発動が出来るようになる。という流れで学ぶ訳ですのぉ」

「フクザツだな」


 リットは溜め息をひとつ。

 学べども扱う事は出来ない力を前に、残念さを抱えながら。


「なら無詠唱ってのは相当凄いんだな」

「無詠唱自体ならそうでもないよ、あたしでも出来るし。でもこれの威力を上げるのが難しくって」

「武器を振るう際に気合の叫びを伴うのと同じように、魔法にも相応の気合が必要という事ですな。高度な無詠唱などそれこそ竜種でもなければ扱えんでしょう」

「竜?あれか!ブレスか!」


 竜種と魔法と聞いて、リットが即座に記憶から引き出したのは竜騎士の騎竜や大型の亜竜が口から吐き出していた炎の事。

 これは間違いないと指差すリットに対して、ブリンジャーはやけに楽しげに笑っている。


「それもひとつ。そもそもあの巨体を飛ばして、維持するその働きこそが魔力の賜物。リット殿も腰に下げているアイテムボックスが数多の物品を保管するように、竜種は自らの肉体の一部を魔力に変えて重量を軽くする。その上で都合の良い時には魔力によって仮想の質量を得て巨体を活かすなど、魔力の働きの極致とも言えましょう」

「へぇ……そもそもアイテムボックスがどうやって物を収納しているのか自体、今日初めて知ったな」


 リットはベルトに下げたポーチに手を伸ばす。

 外見に於いてはポーションひとつ入る程度の大きさで、見た目には想像が付かない程に大量のアイテムを収納出来る【WoS】ならばただの機能。

 だが今では独立したひとつの道具として確かに存在する。


「物品を魔力と結び付けて箱の中に固定する。竜種の持つ力を如何に利用するか示した〈鋼の民〉が齎した恵みのひとつですな。とはいえ、竜種の力を利用する故に材料に竜種由来の素材が必要というのが玉に瑕ですがな!」


 ガハハと豪快に笑うブリンジャーを前に、リットは何気なく使っていたソレに少し重さを感じ始めた。

 そして同時に疑問と薄寒いものを。


()()()()でアイテムボックスが竜種由来の素材で作られているのは分かった。なら……僕が持ってるこのアイテムボックスは何から作られているんだ?そもそも僕自身はなんなんだ?この身体はそもそもゲーム内アバターで電子情報だ。それがどうして実体を持つ?)


 リットの脳内ではボンヤリと、ふたつのモノが結び付きつつあった。

 ブリンジャーが言った、都合の良い時には魔力によって仮想の質量を得て巨体を活かす……これと似たような事を自らも行ったと。


(戦神になった時のあの巨体は何処から来た?僕がゲーム内のステータスを発揮しているのは……全部竜が関係しているんじゃ)


 虚空を見つめ、眉間に皺を寄せ苦しげに考え込むリットを見かね、ブリンジャーはわざとらしく咳払いをして意識を向けさせる。

 


「ホホ、竜種とはただ生きるだけで相当に高度な事をしておるのですよ」

「ああ……うん。優雅に泳ぐ白鳥が水の下では必死なってる的な?」

「生まれながらに備わってる機能だから無意識で使ってると思うよ。リットは歩く時にいちいち右脚前!左脚前!とか考える?」

「考えないな。ならそれをいちいち考えれば人も空を飛べるのかい?……いや、問いの内容を変える。やりたい事が明確にあるのなら、それを達成出来るのか」


 リットは真剣に、朗らかな表情を削ぎ落とした顔でブリンジャーを見る。


「ほほう、面白い問いですな。それで、やりたい事とは」

「例えばここからホワイトファングまで一瞬で移動するような魔法」


 ブリンジャーが顎髭を撫でて鼻息をひとつ。

 視線を上向きに思考を回すのは、問い掛けそれ自体というよりも、それをどうリットに伝えるかに割いたものが多いのだが、焚き火が小さく爆ぜる音と共に思考も纏まった。


「転移魔法と呼ばれるものの事を言っているのかと思いますがの、それは僅かな竜のみが使う大いなる業とされるもの。人が再現を試みつつも、人は人の枠を超える事が叶わず御伽話の中にしかありませんな」

「ま、そんなもんだよな。分かっていたさ」

「あたしの聞いた話だと、それこそドラゲンティアの奉ずる竜のひとつが喚竜と言って、世界の何処にいても届く叫び声を放ってあらゆるものを呼び寄せる力を持っているとか」

「なんだ、君ら凄く詳しいな。ひょっとしてこれくらいは一般教養なのかい?」


 リットの問いに、ミライとブリンジャーは顔を見合わせて笑った。

 それを見てリットはより困惑を強めるのだが。


「この国の有名な御伽話ですわい。霧の中から突如現れた流浪の戦士達が竜の群勢を討ち払う。遥か遠い地から気が付いたらここに来ていたと語る戦士は竜に脅かされるこの国を救う事こそ天命と悟り、数々の英雄的な行いの果てに王にまで至ったと」

「それあれだろ?シグルドのご先祖様だ……戦士達?他にも居たのか?」

「まさしく。かの王は転移にて数多の強者共にミスルトにやって来たのだと語られております。戦士団の原型もそこから。はてさて真偽はともかく、そんなまれびとが国を救ったのですから、故にこの国には旅人をもてなす文化があるのですよ」

「へえ……遠い過去から親切の贈り物って感じで良いね」


 リットは自らがこうして戦士団と共に行動している巡り合わせの中に、かつて転移して来た〈プレイヤー〉達が残したものを見出し感慨深く思えて空を見上げる。


(〈プレイヤー〉の足跡を辿るとか……案外そういうの悪くないかもな。ゲームならこういうクエストあるだろう)


 しかしそんな時間も長くは続かず、ブリンジャーが大きな手のひらを打ち合わせる乾いた音で引き戻された。


「さぁてリット殿。儂らは授業を再開せねばなりませぬ。話し相手をお探しなら丁度、殿下が暇しておいででしょう。茶の一杯でも淹れてやってくれませぬか」

「シグルドが?随分難しそうな顔して考え込んでいたけれど」

「ほほほ、遠回しに邪魔だからサッサと退けと言っておるのですよ。殿下もあの大きな図体で難しい顔をされると厄介だ。話し相手がいれば気も晴れるでしょう」


 ニコニコと笑いながら手でリットを追い払うブリンジャーの関心はどちらかと言えばシグルドの方にある事をリットは見抜いていた。

 ともかく、ミライまで一緒になってシッシッ、と追い払い始めたのでは多勢に無勢。

 リットは退散せざるを得ない。

 

「分かった分かった!邪魔したね、頑張れミライ」

「もちろん。リットもお茶汲み頑張れ!」

「舐めるなよ、僕はこれでもお湯を沸かすくらいは出来る」


 軽く手を振り、リットは焚き火を後にする。

 周囲にはミライと同じように本を読む者、警戒に当たる者など多く見えるがシグルドの姿はない。

 戦士としての尊敬を集めて、しかし親しみやすさを感じさせるシグルドではあるが王子という明確な立場のある人物だ。

 やはり一線引かねばならず、彼は今も1人で思案に耽っているのだろう。

 なればこそ、客人であるリットは少しばかりの自由が効く。

 身内ではないからこそ出来る事について、リットは考えながらシグルドの大きな背中を探した。


よろしければ感想、評価、ブックマークなどいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ