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3-5 聖騎士ラウルス


 ラウルスの剣が2度、3度と振るわれ火花が舞い散る。

 リットは問題なく攻撃を防ぎ、受け流すが、些かのやりづらさを感じていた。

 反撃にと剣を振るえばラウルスは盾にて防ぎ、半身を下げる。

 そして剣の切先を向けて……その脅威を前にリットは回避を選択せざるを得ない。

 戦いの主導権は完全にラウルスが握っていた。


(結局最初の1回しかあの大技は使って来ていない。こうしてこちらの動きを制御する為のパフォーマンスの可能性もあるが……)


 ラウルスが最初に放った不可視の一撃。

 それを警戒し続けているリットだが、それはチラつかせるだけで実際に使っては来ない事に勝機を見出しかけるがグッと飲み込む。


(ダメだ。警戒するものが多過ぎて迂闊には飛び込めない。ビルドはどうなっている?"シールドバッシュ"は中級の【騎士(ナイト)】、"ジャスティスバースト"も中級の【聖戦士(クルセイダー)】だ。共にカウンターを得意とするクラス……上級はどうなっている?このふたつのクラスを前提とする【聖騎士(パラディン)】は入っていると見て──)


 そこまで考えて、リットはクスリと笑った。

 ラウルスは怪訝な顔をしたが、特に攻撃が止む事はない。

 

(確かに聖騎士だものな……よし、力が抜けた)


 ラウルスからの攻撃を去なしざまに素早く切り付ける。

 しかし盾に防がれて、甲高い衝突音が連続して響く。


「"ペネトレイト"!」

「"コンセクレイション"」


 リットの放った高速の刺突に対し、ラウルスが使用したのは【聖騎士(パラディン)】の防御スキル。

 盾に光が集結し、一定時間の間接触したものに反撃の光の波動を放つスキル。

 切先が盾に触れたその瞬間、光は弾けたように剣を押し返し、リットは剣を受け止め地面に轍を残しながら後退する。

 そしてその隙へとラウルスは力強く踏み込み──


「悪は滅びる定めにある。"パニッシュ"」


 剣を地面へと叩き付けた。

 泥が飛び散る……よりも強い力が発生し、泥濘を巻き上げながらリットへ向けて衝撃が地を走る。

 鋭く、激しく引き裂くようなそれを前にしてリットは息を呑む。


(回避は……隙を晒すのはマズイ!ここは──)


 リットも剣を振り上げスキル名の宣誓と共に振り下ろす。


「"フォールンスラスト"!」


 鋼と衝撃波が打ち合わされ、空気が破裂する音が森を揺らした。

 リットは両手に握りしめた剣から伝わる振動に腕を痺れさせ、地面にめり込む剣と……ごく近くまで迫るラウルスを見て背筋に冷たいものが走る。


「出来るじゃないか。そのまま首を垂れていろ」

「──っ!」


 剣を振り上げるか。

 それでは盾に防がれ、剣の一撃をまともに喰らう。

 数歩下がるか。

 それで逃げ切れる距離ではない。

 刹那で思考し、周囲に何かないかと素早く左右を見回すリットは即断する。


「っ!"ムーンライズ"」


 スキルによって地面から弾かれたように剣が跳ぶ。

 振り上げられた剣はラウルスの盾を打ち、しかし盾が纏った光がそれを阻む。

 だが、これで良いのだとリットは笑う。


「"ファイアボルト"!」


 ミライの放った魔法がラウルスへ飛ぶ。

 蠅を落とすように容易く剣がそれを打ち払うが、ミライは気にせずに真っ直ぐにラウルスへと迫り……リットは僅かな隙へと潜り込む。


「腹が無防備だ!」

「ぐっ!?」


 それはなんの変哲もない前蹴りであり、受けたラウルスも鎧を着ていた為に大したダメージにはならない。

 だがシンプルに押し出される力というものが掛かればラウルスは体勢を崩して──ミライはそれを見逃さない。


「卑怯だって言わないよね!"ペネトレイト"!」


 双刃剣が一閃。

 ラウルスの首を狙って刺突がヒュウと空気を裂く。

 盾は遠く、剣は振る余地がない。

 ラウルスは明確に焦りを顔に滲ませて、しかし磨き上げた技が容易には命を獲らせはしなかった。

 〈導斂剣〉がミライの刺突を絡め取り、背後へと受け流して……


「っ!まだぁ!"ファストスラッシュ"!」


 ラウルスの背後を通り抜ける軌道へと誘導されたミライだが、双刃剣に力を込めて意地を見せる。

 刺突を放った刃を翻し、逆手の刃をラウルスの首へと振り出した。


「あぁ!しつこい連中だ……!」


 ラウルスは体を捻り、大きく体勢を変えて斬撃を潜り抜ける。

 頭上を過ぎ去ってゆく刃の気配に僅かな安堵を覚えて、次の瞬間には目を見開いた。


「"ラムホーンアタック"」


 剣を肩に当て、タックルの要領でリットが猛進。

 ラウルスは咄嗟に盾を彼我の間に挟み込み──"コンセクレイション"の最後の光が放たれた。


「削り切った!」

「これが狙いか!」


 光と共に衝撃が放たれ、リットの突進は僅かに勢いを弱めて……ラウルスは弾き飛ばされる。

 不安定な体勢に加え、衝撃を伴う2人のスキル効果が合わさり空中に飛び出したそこへと、狙いを定める者もいた。


「"殺せ"──"ファイアボルト"」


 蒼炎が走る。

 頼りになるものがない宙に居て、ラウルスはその炎を見て舌打ちをひとつ。

 そして〈偸蓋〉が溜め込んだ空気を開放した。

 圧縮されたそれが息吹のように噴き出され、ミライの放った"ファイアボルト"ははためくように炎を揺らす。

 そのまま魔法はそう時間をかけずに霧散して、ラウルスは傷を負う事なく放った衝撃で長めに空を舞う。

 しかし彼はいいようにやられている状況に対する苛立ちのままに怒声を放った。


「ただでは終わらせん!」


 指揮者のように、ラウルスは〈導斂剣〉を振るうと……ミライの魔法と共に霧散してゆく筈の空気の流れがひとつに集まる。

 巻き上げられた泥土も流れ、〈導斂剣〉の切先へと集まり一点へ。

 かつて斂竜と呼ばれたソレが扱う力は掻き集め、放つモノ。

 それによって作り出されるのは砲弾。

 圧縮し、指向性を与えてられて放たれる空気の塊。

 先程撃ったものよりも収束に掛けた時間が短い為に威力は然程。

 だがそれはスキルで言えば上級クラスのそれと大差ない。


「有象無象がイキがるなよ……!」


 ラウルスが狙うのは着地の無防備を狙おうとしていたリット。

 回避でも防御でも一手挟ませればその隙に防御を固められる。

 切先を向け……〈導斂剣〉から放たれた魔弾は不可視。

 空中から撃ち下ろしたのならば巻き上げる泥も無い故に。


「ミライ!任せた!」


 リットが叫び、ミライが応える。


「任された!──"ファイアボール"」


 着地のコンマ数秒前、ラウルスはミライの声を聴くや否や即座に防御へと移れるようにして口ではスキルを唱えて盾を構えた。


「"エスカッシャン"──!?」


 ラウルスの宣誓により盾に輝かしい紋章が浮かび上がる。

 それは中級【騎士(ナイト)】の盾の防御能力を高めるスキル。

 盾で受けたダメージを一定割合カットするもの。

 "ファイアボール"ならば防げると、半ば反射的に選択した最適解。

 しかし飛来した火球は……蒼。

 着地する先の足元に落ち、鎧が光を反射する。

 まるで水面のように表面が揺らめき、球が形を崩し始め──破裂。

 内部に蓄えた炎熱を残らず振り撒く。


「チッ!」


 蒼炎がラウルスを舐め、しかし然程の痛手にはならない。

 そう、ラウルス自身は。

 しかし屠竜の蒼炎はふたつの〈竜髄〉を呑み込み、声ならぬ悲鳴が森を駆け抜ける。


「入ったか!」

「いや!これじゃ足りない!」


 炎を受けた〈導斂剣〉はその力を急速に縮めてゆく。

 ラウルスは"ファイアボール"が炸裂するその一瞬を異様に長く感じながらも……安堵した。


(右手からはあの大いなる存在とひとつになるような力を感じない……だが!)


 左の〈偸蓋〉はまだ生きている。

 防御スキルとはフィルターのようなものだ。

 "エスカッシャン"は竜に由来せず、ラウルス自身から齎された防御でもある。

 それが屠竜の蒼炎をいくらか和らげた。

 〈偸蓋〉はラウルスを"ファイアボール"から守ったが、なんの防御もない〈導斂剣〉よりもスキルの分でマシな状態。

 だがそのひとつで、聖騎士は脅威となる。


(盾があるのならば!)


 炎の中で、足の裏が感じ取った地面の確かさを踏み締めてラウルスは盾を構える。

 炎が晴れたならばその瞬間、と。

 だがそれよりも先に、蒼く染まる視界の外から叫びが聞こえる。

 

「"ソードヴォーテックス"!」


 ラウルスを覆う炎を自然消滅するより僅かに早く切り裂いてリットが剣を振るう。

 剣気の渦で蒼炎を巻き上げながら放たれる回転斬りにラウルスは盾を差し込む。


「オオォォォ!!」


 どちらの叫びとも分からず混ざり合った裂帛が大気を揺らし、同時に盾を強く一度、そして無数に擦過する音も鳴る。

 盾には未だ"エスカッシャン"の防御が健在。

 共に中級スキルならば装備性能で勝るラウルスが有利……だが。


「まだ──っ!」


 リットが盾に強く打ち込まず、剣を滑らせたのには理由がある。

 剣を振り抜いた勢いのままに再度体を捻り、2回転目。

 そして反転したところで再度スキルを発動──


「"ブランデッシュ"ッ!」


 猛烈に振り回して、今度の一撃は正面から。

 このようなスキルで畳み掛ける戦法もまたリットの得意。

 耳を刺すような衝突音がけたたましく響き渡り、木の葉が揺れた。

 盾に残る残響がその衝撃の強さを物語り……掲げられている。

 盾は弾かれ、ラウルスの左腕は痺れと共に伸び切った状態。

 リットとラウルスを隔てていた防御は無い。

 完全なる無防備。

 それはラウルス自身、そして〈偸蓋〉も。


「ミライ!」

「──"ヒート……ジャベリン"ッ!!」


 ミライの手に灯った蒼炎が、力ある言葉に従い形を成す。

 火勢を増して長く強く変化し、手の内には投槍が。

 ミライは力場を握り締め、全力で投擲。

 魔によって構成された槍は自らの内に蓄えたエネルギーを推進力として噴進。

 狙うはラウルスの左腕、〈偸蓋〉。


「くっ──!?」


 引き戻すには間に合わず、ラウルスはせめてもの抵抗にと腕を僅かに捻る。

 勢いを少しでも受け流そうと盾を傾斜させて……着弾。

 面制圧の"ファイアボール"とは比べ物にならないエネルギーが盾の表面を撫でる。

 勢いは確かに受け流されているが、そんなものが全体のどれほどを凌いでいるかなど図るまでもなく盾には負荷が掛かっていた。

 〈竜髄〉の悲鳴が聞こえる。

 美しい美術品のような盾にはヒビが入り無惨な状態。

 だが、だがそれでも〈偸蓋〉は死んではいない。

 防御スキルの効果が〈竜髄〉の生命を瀬戸際を繋いでいた。

 ラウルスは戦いの前には両腕から感じていた筈の力の流入を失い、顔は青白く血の気が失せてヒュッと喉が鳴る。

 そして次の瞬間には半ば狂乱状態で叫び出す。


「な……あ?──!"ジャスティスバースト"ォォ!!」


 叫びと共に波動がラウルスの全周に巻き散らかされ、間近で喰らったリットは後退る。

 血走った目が見開かれ、怒りに歪んだ表情でリットを睨む。


「ドラゲンティアに楯突くカスが……!様子見と思っていたが、こう調子に乗られると神経に障る……!」


 よろめくリットへ向けた怒りのままに武器を構える。

 〈竜髄〉が沈黙した今、頼れるのは己のみ。

 ラウルスは〈鋼の民〉として生まれ持った資質、そして聖騎士として磨き上げてきた技がある。

 それによって練り上げたのは相手の攻撃に耐え、隙を見つけて打ち込むスタイル。

 固めた防御によってダメージレースを競り勝って、最終的に立っていればよいのだ。


(問題はない。下された命令は時間稼ぎと様子見だ。殺すな、とは言われているが五体満足で、とは言われていない)


 ラウルスは昨夜、遠話の魔法にて受けた指示を脳内で反芻させる。

 元よりラウルスはひとつの()()があったのだ。

 対象の殺害を禁ずる、と。

 忠実なラウルスはそれを必ず遵守する。

 神経質で世界に許容出来ないものの方が多く苛立ちやすい気質ではあるが、決して譲れぬ一点だけはどんな時でも見失わない。

 忠義、そして崇拝こそがラウルスの軸。

 だからこそ、今この状況は彼を大きく揺るがすものなのだ。

 拝領した〈竜髄〉を失う危機と、与えられた命を遂行せねばという義務。

 片方を守れば片方が疎かになりかねない状況で、ラウルスはその中から許容出来る隙間を見つけ出して万事を問題なく遂行しようと意を決して……しかしそんな余計なものはただの重荷だ。

 ラウルスをラウルスたらしめる強さ、それこそが実戦では弱点となる。


 そう、リットとミライはそのような片手間で相手取れるほど甘くはないのだ。

 ミライは確かに剣も魔法も弱く、屠竜の力以外に目立つ強みはない。

 〈竜髄〉を持たないリットはラウルスからすれば格下、地力の差が無かろうとも〈竜髄〉の有無が明確に優劣を付ける。

 だがそれでもふたりを相手にした時にミライは意識の誘導が上手く、リットはそれに合わせて攻撃を仕掛けるのが上手かった。

 決して目を離す訳にいかない蒼炎を視界の端でチラつかせ、それによって揺れ動いた意識の間隙を突く即席のコンビネーション。

 ふたつの歯車が噛み合って上手く回り出したのは、リットとミライの息が合っていた事……そして何よりラウルスの慢心によるものだった。


「"ファイアボルト"!」

「まったく芸の無い……!」


 ミライの声が聞こえて、横目でチラリと伺えば赤々とした火矢が飛来している。

 ラウルスは溜め息をひとつ吐いて、そして正面を向いて歩く。

 盾を構えはしない。

 ただ悠然とリットへ向かって歩く。


(回避、防御……否、前進だ。結局、警戒に値するのは屠竜の力と茶髪の〈鋼の民〉のみ。ただ目眩しにしかならない魔法ならば──)


 火矢はそのまま遮るものもなくラウルスへと迫り肌に熱さを感じ始めるその時。


「"アイアンスキン"」


 防御スキルが魔法を防ぐ。

 炎はラウルスの頭を焼いている……焼いている筈だったのだが。

 頭髪の一本も燃える様子はなく、ただ熱風が吹いたように髪は揺れるだけ。

 "アイアンスキン"は防具ではなく、その下にある生身に作用する防御スキルだ。

 素肌を力場が包み込んで外付けのHPバーのように機能する。

 

(〈竜髄〉を失う訳にはいかない。その為ならば私自身が傷を負う事も厭わん!)


 立て続けにミライが火矢を放つが、その全てをラウルスはその身で受け止める。

 その中には赤も蒼も混ざっていたが、敢えて盾を動かしてまで身体を晒す。

 そんな様子を見ればミライは渋い顔もする。

 

 

(こんなの私の魔法じゃ死ぬ訳ないって言ってるようなもの……腹立つなぁ!)


 傷を負っていない訳ではなく、蓄積するものはある。

 それは受ける事を選択肢として持つ事が出来る程度のものではあるが、目の前に同格の敵が居るのならば優先順位が下がるもの。


「"ファイアボルト"!」


 火矢が飛ぶ。

 だがラウルスは動じない。

 顔面に命中。

 頬を、鼻を、眼球を炎が舐めて、ラウルスの視界は赤一色に。


(目潰しか?問題ない。この程度ならば目を開けたまま最速で行動を再開する)


 炎はそのまま数瞬あとには掻き消える。

 眉毛の一本すらも焼けはしないだろう。

 あと少しで視界から赤が消え──


「目ぇ閉じてろ!」


 ──るよりも先にラウルスの顔面に泥が叩きつけられた。

 投げたのはリット。

 掬い上げた泥を命中させられるまでラウルスを引き付けていた作戦の成功だ。

 顔に泥を塗られればラウルスは屈辱と共に狼狽える。


「くっ!?下劣な……!」

「戦い方で僕に行儀の良さを期待するなよな!」


 "アイアンスキン"はダメージの肩代わりを行うものだ。

 このスキルはダメージ、それひとつを遮断するフィルター。

 ダメージを伴わない行動……例えば目潰しなどは素通りする。

 リットは当然知っていた。

 このような防御スキルの穴を突く事は勝利に近づく一手になるからだ。

 そして同様にダメージを伴わない拘束に対してもこのスキルは無力。


「おおぉ!」


 視界を潰されてタタラを踏むラウルスを相手に、リットは脚を掛けて引き倒す。

 より泥を塗りたくるように、顔を地面に押し付けるようにして。

 剣を鎧の隙間に差し込んで関節の動きを阻害し、右腕を捻り上げる。

 鎧の背を踏み付けにして拘束は完成。

 スキルに頼らない技術(プレイヤースキル)によるもの。

 暴れるラウルスを抑えてながら、リットはミライへ向けて叫ぶ。


「ミライ!今だ!〈竜髄〉を焼け!」

「!──分かった!」


 ラウルスの捻りあげられた右腕の先には〈導斂剣〉が握られている。

 リットが抱え込むようにしている為にそれを振るう事は叶わないが、取り落とすこともない。

 左腕の〈偸蓋〉は沈黙し、ラウルスはもがきながら叫ぶ事しかできなかった。


「クッ……!放せ!無様な戦い方しか出来ない三下が!」

「無様なんてアンタが言えた言葉じゃないでしょ!」


 ミライが息を切らしながら急いで駆け寄って、髪や服の端が走った勢いのまま翻り、元に戻らぬその内に〈導斂剣〉へと手をかざす。

 何度もミライの蒼炎を受けて尚、力をある程度維持した〈偸蓋〉よりも確実に破壊出来るであろう〈導斂剣〉に狙いを定めて。


「──"██の名の元に"」


 深く息を吸い込んで……ミライの手のひらに蒼炎が灯る。

 流れ、揺蕩い、膨れ上がる蒼い光は周囲が暗く感じる程に鮮明に輝いて、リットは思わず息を呑む。

 ラウルスはまるで死刑執行を待つかのような平静ではいられない状態で、顔に押し付けられた泥を流し落とすのではないかと思う程の汗を流す。

 そして練り上げられた炎は今、最後の言葉を待っている。


「"イグニッション"」


 蒼炎が弾け飛ぶ。

 炎は〈導斂剣〉を包み込み、あっという間にヒビが走った。

 既に弱っていた〈竜髄〉だ。

 ソレに対する優位性を持つ力ならば薄氷を破るようにヒビを入れ、そしてそこからより内部へと力は流れ込む。

 そこまで行けばもう時間は掛からず、音を立ててあっさりと崩れ落ちた。

 剣は炎に包まれながらガラガラと幾つかの大きな破片へと変わり、そして地面に落ちるまでにより小さな破片まで分解されて、しまいには火の粉へと変わって消えてゆく。

 かつて世界に存在した力ある存在はやけにあっさりと死んだ。

 ミライはゆっくりと肺の中の空気を吐き出して力の余韻を霧散させ、リットは未だ緊張感と共に顔を強張らせる。

 視線の先はラウルス。

 掴む物の無くなった右手は探るように、手繰り寄せるように動くが……


「──な、消えた……?」


 ワナワナと右手が握りしめられ、肩が怒りに震え出す。

 怒りに身悶え地面に押し付けられた四肢が土を削り取る。


「なんて、なんて事を……こっ、これ、これは……至宝だぞ!閣下から賜った……ッ!分かっているのか!?」

「あたしは自分の力を理解している。竜禍を燃やし尽くす、それがあたしの使命」

「なんて悍ましい言葉を……っ!」


 ドラゲンティアにおいて竜は神聖な存在だ。

 竜禍(わざわい)とは呼ばない。

 そしてラウルスにとっての禍とはまさにこの状況だろう。

 預けられた〈竜髄〉をみすみす失い、聖騎士の誇り高き姿は今、泥に塗れている。


「この……カス共が……!必ずやその命をもって償わせてやる」

「へぇ!カスの命で償えるなんて〈竜髄〉って案外安いんだね!」


 ハラワタが煮え繰り返るような思いでラウルスは言葉を絞り出すが、その表情はリットとミライからは伺えない。

 しかしミライは挑発の言葉で返事をし、火に油を注ぐような真似をして勝ち誇るのだが。


「その口が苦悶と悔恨の言葉を発する時を楽しみにしているぞ──」


 ラウルスは左腕を動かす。

 より正確には盾の、その向きを。


「っ!もう復活──」

「その脚を退けろ下等な漂浪者が!」


 爆発的な風がリットとミライを襲い、2人は風に舞う木の葉のように吹き飛ばされて地面を転がる。

 リットは途中で剣を地面に突き立て勢いを殺し、ミライは冷たい土を存分に味わった頃に勢いが弱まって立ち上がる事が出来た。

 慌てて視線を上げれば、ラウルスは怒りで頭に登った血のせいでフラフラと立ちながら空の右手で両目を覆っている。

 

「腹立たしく思う事には慣れているが、やはり世界の歪さは許容出来ない域にまで達している!このような力があって良いものか!?屠竜の魔女よ!貴様という存在そのものが世界を呪っている!」


 それは怒り。

 ただ純粋に悪に対して抱いた拒絶を言葉にしたもの。

 

「ハァ、ハァ……だが、今はまだだ。世界を正すには必要な事が幾つもある。無知蒙昧な貴様らには理解出来ない事だろうが……今は仮初の勝利に酔うがいい」


 そう言ってラウルスは指笛を吹き鳴らし、するとそれに応えた騎竜が急降下して来て、厳しい鉤爪を繊細に使ってラウルスを鷲掴む。

 次の一瞬には地面に猛烈な風圧を残し、あっという間に飛び上がって回収完了。

 飛び去る様子を見てミライは叫ぶ。

 

「逃げる気!?」

「大局を見据え、より大きな勝利の為に選んだ退却を矮小な愚者はそう呼ぶのだな。どの道この国は朱竜に呑み込まれる!」

「負け惜しみを!」


 しかし言葉を交わせたのもほんの僅かな時間。

 口撃の2往復目は返ってくる事なく、ラウルスの姿は見えない所まで飛んでいってしまった。

 残されたリットとミライはふたり、傷付けられた木々に囲まれて目を見合わせる。


「勝ちは勝ちだ」

「まんまと逃げられたじゃん?あたしはもっとハッキリしたのを勝ちと呼びたい」

「ハッキリって……」


 その先の言葉を発するべきか、リットは少し悩んで顔を伏せる。

 確かめてよいのか、その答え次第で何かが変わるのか。

 リット自身、問いかける事にどのような意味があるのか分からずに、ただ口の中で転がす。


「それは、殺すって事?」


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