3-4 再びの襲撃
騎竜が一斉に降下する。
口内に火を湛えて長い首を砲身としながら。
「防御じゃ!備えろォォ!」
ブリンジャーの大声が竜の咆哮よりもよく響き、戦士団は体に刻みつけた動作を即座に実行する。
密集し、盾を構えて空からの脅威に備えて更にスキルも。
盾を持たないリットらを内側に隠した甲羅の如きそれを前に、竜騎士とて怯みはしない。
巧みに騎竜を操り拍車を掛けて……空を裂くような咆哮と共に火炎が放たれる。
そして4対の大型亜竜からも。
「ッ!盾の内側でもこの熱さか!」
「竜の息吹は魔法やスキルと大差ない。それを空から一方的に吹き下ろされたなら、と考えればその脅威が分かるでしょう?」
「ああ!リーチは圧倒的な強さだものな!」
しかし息吹は息吹。
息の続くまでがその限界であり、その火勢は次第に弱まり……続く衝撃が訪れた。
暴風と鋭い一撃が防壁を吹き飛ばし、ポッカリと開いた中央には代わりに赤髪の男。
「よぉ、遊ぼうぜ」
それは直上からの登場。
上空からの自由落下で防御を打ち破る無茶をやってのけた聖騎士リーヴだ。
「アンタ昨日の!」
「残念だが今日の相手は俺じゃあないんだ」
ミライは背嚢を背負い直し、双刃剣を手にリーヴを睨むが……不意に頭上から影が掛かった。
「貴女はこっちだ」
急降下してきたラウルスが騎竜の爪でミライを捉え、そのまま飛び去ろうとして──その進行方向をリットが塞ぐ。
「行かせるか!」
「ならば付いて来るといい」
騎竜の顎がリットに迫る。
剣を抜き、剣身を噛ませたままにリットは浮き上がった。
如何にSTRが高くとも持ち上げられて、地に足が着かなければどうしようもなく、リットはドンドンと上昇してゆくままに任せるしかない。
下方を見れば先程まで進んでいた道は無く、背の高い木々が生い茂る深い緑の森がある。
引き離されれば離されるほどマズイとリットは焦りを一筋額に流した。
「くっ……ミライ!無事か!?」
「大丈夫!でもどうするつもり!?」
「少し手荒に行く!」
リットは剣を支えに鉄棒のように体を揺らし、脚を振り上げる。
狙うは騎竜の首。
ブーツの爪先が喉を打つ。
くぐもった悲鳴が鳴った。
「なっ!?正気か貴様!」
「もう1発!」
脚を大きく振りかぶり、再び鋭く打ち込まれた爪先は騎竜の喉にめり込んで、一度は堪えたものの如何に竜種といえどそう何度も耐えられずに口を開いて悲鳴を上げる。
当然、剣のただ一点で支えられていたリットは宙へと放り出されて──
「"ソードヴォーテックス"!」
スキルによって空中で身を翻し一閃。
騎竜の首が森へと落ちる。
「ちょっ──!リットぉ!?」
「キャッチする!」
頭を失えばそのまま全身が脱力し、ミライは爪の束縛から解放されて3者皆が地面に向けて真っ逆さまに落ちてゆく。
頼るもののない空中でミライは手脚をバタつかせて、しかし何も得られずに内臓が浮く感覚を存分に味わいながらリットを見れば……切先を向けていた。
「"ランスチャージ"!」
より正確に言えばミライのすぐ側を。
踏み切る地面が無い空中で、スキルによって加速を得たリットは剣を頼りに空を進みミライの横を横切る瞬間、ミライの脇に手を回して抱き寄せた。
「怖すぎるよぉ……っ!?」
「我慢してくれ!」
そのまま2人はやや水平方向にに角度を付けて落下し、リットの剣は鬱蒼と茂る針葉樹へと突き刺さる。
景気良く割れる音が森に響き、衝撃を根元から幹をたわませ受け流す。
「次はもっと緩やかな方法で──」
「舌噛むよ」
ミライが苦情を言い切るより先に、リットは木へと突き刺した剣を引き抜き再びの自由落下へ。
地面まではまだ距離がある。
「ぎゃああぁぁ!?」
近づく地面、覚悟しきれていない状態で訪れた浮遊感に悲鳴を上げるミライを片手に、リットは再び剣を突き立て……また引き抜く。
それを何度か繰り返して勢いを殺し、地面への距離を刻む。
2人の足が地に着いた時にはミライはすっかり息を切らして心臓は早鐘を打ち、目には少しの涙が。
「はっ、はっ……は……」
「ひょっとして高い所苦手なのかい?」
「苦手じゃなくても怖いでしょこれは!!」
リットの腕から抜け出して、自分の脚で確かにある地面を踏み締めたミライは胸を撫で下ろして息を整える。
肺に満たされる冷たい空気が平静さを取り戻す助けとなり、3度胸を上下させた時には元通りになっていた。
「準備は?」
「大丈夫、いけるよ」
「よし……なら今日はタッグマッチだ。卑怯とは言わないよな?」
リットとミライ、2人は肩を並べて森の奥……そこからゆっくりと現れた聖騎士ラウルスを睨む。
ラウルスも2人を睨み、引き攣った顔は溢れる寸前の怒りを押し留めている様子。
左手には盾、右手には剣のスタンダードなスタイルで戦闘態勢をとった彼はいつ襲い来るか分からない。
「私は常に冷静で、そして上品でありたいと考える。何故ならば私はドラゲンティアの誇り高き聖騎士だからだ。この〈導斂剣〉と〈偸蓋〉を賜った時から……そう、たとえ輝かしき銀の鎧が泥濘に塗れようとも、我が志しが輝く限りは負けはない」
ラウルスの右手には〈導斂剣〉、左手には〈偸蓋〉を。
共に〈竜髄〉、異様な存在感を放つそれを両手に持つ。
「〈竜髄〉2つ持ち?随分と贅沢だな」
「いや、あの金の腕輪を含めたら3つだよ。気を付けて、何をして来るか分からない」
リットとミライは息を呑む。
共に獲物を構えて油断なく。
「盾の方は分かってる。モノを収納する能力だってさ、何が飛び出すのやら」
「ほう?よく知っているな。あの都市連合の女から聞いたのか?ならば実際に見せてやろう……冥土の土産にな」
〈偸蓋〉、その能力は収納。
それを口にしたリットに対してラウルスは手札が割れた事に対する感情の動きは一切なく、代わりに剣を構える事で返答とする。
「収斂せよ、無形を矢とす……」
彼我の距離は未だ離れ、しかしラウルスは脚を大きく開いて切先をリットとミライへ向けた。
剣身を盾で支え、ブレを抑えるその形。
ライフルの射撃姿勢のような──
「ッ──!」
リットはミライを抱えて全力の横っ飛びを敢行。
念の為にと、全力で踏み切り過剰なまでに跳んだ直後、背後で轟音が……何かが通り過ぎた音がした。
「勘の良さは獣の性か?」
先程までリットとミライがいた場所には深々と抉り取られた跡が残っている。
何かが這ったようなその跡はずっと奥まで進み続けて、進路上にあった木々を全て薙ぎ倒して次第にその影響を弱めていったようだ。
「無詠唱魔法……!」
それを見てミライは畏怖と共にその技の正体について口にするが、しかし核心を突く答えではなかった。
「魔法?そのような竜を模倣した児戯と比べるものではない。これこそが真なる魔の力だとも」
「魔法でも〈竜髄〉でもどっちでもいいさ、とにかく切先に注意だ」
力の正体や原理に興味は無く、リットはただ起きた事を認識して剣を構える。
ひとまず注意すべきは〈導斂剣〉の切先。
剣を弾き続ければ向けられる事はないと。
「ミライ、双刃剣でも魔法でも出来る事を頼む。そして隙を見つけたら──」
「〈竜髄〉を焼く。任せて」
目を見合わせて、2人は同時に駆け出した。
狙うラウルスは悠然と盾を構えて左右に大きく広がったリットとミライを交互に見て……まず狙うのはミライ。
ただ駆け出した動きで力量を見抜き、竜殺し以外は脅威にならないと判断して手早く始末する事を狙う。
「させるか!」
再びの射撃姿勢で切先をミライへ向ける……素振りを見せて、背後に肉薄したリットを横目で確認。
大上段からの振りかぶりはあからさまに攻撃を誘うもの。
ミライへ攻撃を向けない為にリットが見せた隙を前に、ラウルスは冷静に盾を動かす。
「"シールドバッシュ"」
発動したのは盾を使った攻撃スキル。
盾を振り、殴りつけたり接近した敵を押し出すなどに使われるスキルではあるがこの場合、ラウルスはリットの攻撃に合わせて発動。
振り下ろされるリットの剣と、横薙ぎに迎撃に向かうラウルスの盾が迫り……火花が散った。
「パリィか!」
衝撃を受けて剣をかち上げられたリットは狙い通りの無防備を晒しながら鮮やかに決められた技に舌を巻き、ラウルスは冷々とした瞳でそれを見る。
パリィとは敵の攻撃に合わせて盾を突き出し、相殺と共にノックバックを与えるスキルではない技術の事。
剣と剣でもよいのだが、攻撃の角度とタイミングを正確に見定めてピタリと合わせなくては意味がない。
丁寧に攻撃を弾いたその勢いのまま、ラウルスは追撃のスキルを口にした。
「"ジャスティスバースト"!」
脚は肩幅、両腕を広げたスキルの発動体勢から放たれたのは波動。
泥濘を波打たせ、木々を揺らしてリットの腹を打つ。
全身で余す事なく衝撃を受け止めて、地面に深々と二筋の足跡を残しながらリットとラウルスの距離が離される。
だが、それだけの時間があればラウルスの元にミライか辿り着くには十分。
「"ペネトレイト"っ!」
双刃剣が煌めき、鎧の隙間であるラウルスの首目掛けて刺突が走る。
空を裂く鋭い音が聞こえた一瞬後には刃が鎧を滑り、喉へと切先を……突き立てるより先に、突如吹き荒れた暴風がミライを元の位置へと弾き飛ばした。
「っぐぁ……」
空気が肺から叩き出された音を発しながらミライは地面を転がり、しかし冷たい泥が肌に付く不快感を押し除けて脳内では冷静に今何が起きたのかを思考している。
(今の吹き飛ばし、衝撃が来た方向からして発生地点は盾だった。それにさっきの凄まじい破壊力の攻撃……要になるのは盾の方だ)
ミライが高速で思考し立ち上がる最中にも、リットはラウルスへ果敢に攻撃を仕掛けていた。
(速い。私じゃ追いきれない程に)
ミライがラウルスへ向けて全力で駆けているその僅かな時間で、2人は幾重にも剣を交えて戦いはミライよりも速いスピードで進んでいた。
やはりミライには隔絶した実力差により介入が難しく、双刃剣を握り締めて歯噛みする。
だがその青い瞳はまだ敵を見据えて輝いている。
固く結んだ唇には自身の力不足に対する悔しさはあれども諦念は無く、ただ前に進む。
(昨日の戦いで思い知った……私はまだ弱い。でも屠竜の力は武器になる!それを最大限に活かしえ状況を動かせば!)
蚊帳の外にいるからこそ、客観視が出来る。
自分にできる事と、状況を把握して打てる最善手を模索する。
ラウルスの一挙手一投足をつぶさに観察して、付け入る隙はないかと目を凝らす。
(あの盾、〈偸蓋〉は収納の力だって言っていた。多分、今は空気を入れているんだ。必要に応じてそれを解放して……でも、貯める時間も必要)
ミライを吹き飛ばした後、ラウルスはまだ盾から衝撃を放っていない。
あれを使えば楽になる場面が何度かあったというのに、使わずに切り抜けている事からミライはそう推測し……ふと昨夜の事を思い出した。
(昨日、あの赤髪の聖騎士は言っていた。私の力は竜に由来しない力には意味が無いと。なら逆に竜に由来しない防御を引き出す一手になるという事)
〈竜髄〉の作り出す障壁を突破出来ても、魔法によって作り出された障壁を前に屠竜の魔法は掻き消えてた苦い経験。
それを噛み締め、しかし今それが戦いの中で有利に事を運ぶ要因になる事に気が付いた。
(あの空気を開放するだけの衝撃波はただ単純に〈竜髄〉の中身を放っているだけ。私では突破出来ないもの。なら私はアレを空撃ちさせる事が出来る……!)
双刃剣を握りしめてを姿勢を低く、ミライは飛び出す好機を伺い……火を放つ。
「"ファイアボルト"!」
それはただの魔法の火。
赤々と輝き熱量を湛えて迸り、冷たい空気を切り裂いてラウルスへと迫る。
しかしリットとの戦いの片手間のように、容易く剣で払い落とされた。
(それでいい!この状況を動かすのは私だ!)
ミライは力強く踏み出し、不敵に笑って敵手を睨む。
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