表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/53

3-2 冷たい空気


 ホワイトファング城の城門前の広場、昨夜リットとユイツーが戦った場所に今日も彼の姿があった。


「冷えるな……」


 リットは白い息を吐きながら震える体で呟く。

 空は未だ夜の名残を残したもの。

 そんな時間である事も寒さに拍車をかけてリットの肌を突き刺すような寒さで苛むのだった……がリットはこの寒さすら楽しげだ。

 

「朝、早いのね」

「昨日はおかげさまで疲れてたんでね。さっさと寝たんだ」


 リットは背後から気配もなく現れたウィスタリアへと振り返らずに返事をする。

 元々白い顔がこの寒さでより白くなっているような状態のウィスタリアはしかし寒さなど微塵も気にしていないような態度でリットの横へとやって来て黙って立っているのだ。

 

「まだ僕を疑っているのか?」

「別に、そういう訳じゃないけれど」

「けれど?」

「情報を得たいだけよ。《《何か》》、《《何でも》》、知っている事があれば是非聞きたいと思っただけ」


 顔色ひとつ変えずにそんな事を言ったウィスタリアを見るリットの表情は眉間に皺を寄せた険しいもの。

 

「何か、ねぇ……」


 リットは昨日の記憶を振り返り、疲れる出来事の連続だった事に辟易としつつ何気ない会話のひとつを思い出す。

 偶然出会った酔っ払い、クルスと名乗ったあの傭兵の事を。


「昨日会った傭兵が南からここへ荷物を運んだと言っていた。依頼主は貴族だと口を滑らせていたけど、実はそれは秘密なんだとか」

「怪しいものね。それで?その傭兵には何処へ行ったら会えるのかしら」

「……昨日は酒場の前で会ったんだけどね。気まぐれな酒の妖精を捕まえるのは難しいだろう」


 リットは踵を返して城の中へと戻って温まろうとした。

 したのだが。


「待ちなさい、念の為その傭兵と会った場所への案内を。周辺を捜索してみるわ」

「本気で?」

「ええ、時間が惜しいから迅速な行動をお願い」


 それだけ言ってウィスタリアは城下へ向けて歩き出す。

 有無を言わさず着いて来いと、言外に伝えて遠ざかる背中を追いかけてリットも寒さに縮こまる体を伸ばすようにして歩き始めるのだった。


「それで、どのような経緯でその傭兵から話を聞いたのかしら」

「酔っ払った彼に話しかけられたんだよ。そっから意気投合だね」

「貴方はそんなに他人と仲良く出来る人間には思えないけれど……」

「君は刀より言葉の方が鋭いな。……ちなみに何故そう思ったのか聞いてもいいかな?」

「口先だけで発してる言葉は響かないものよ」


 城下へと向かう坂を下れば昨夜リットが"戦神化"した際の破壊の跡が複数見えてくる。

 石畳は砕けて窪みが点々と残り、坂を完全に下れば残骸となり血の跡が残る門だった物が山になって道の半分程を埋め尽くす。

 何とか半分は瓦礫を取り除いて物の出入りを行えるようにした努力の跡に、リットは罪悪感を覚えて立哨の兵士へと頭を下げる。


「これをやったのは貴方だったとか」

「竜騎士が封鎖していてね。やるしかない、とあの時は確信していたんだ」

「味方による破壊の方が目立つ状況はなんとも言い難いわね。それに見合う利があったのならいいけど」

「少なくとも僕は聖騎士ひとりを倒して更にもうひとり退けている。君はどうだ?」


 瓦礫の横を通り抜け、大通りで立ち止まり左右を見渡すウィスタリアを追い抜いてリットは昨日クルスと会ったあの裏通りを目指して歩く。

 人はまばらに見えはする。

 しかし朝の活気にはまだ早い時間の為に動きはゆっくりと、眠気と寒さに縮こまる体を動かしている程度。


「私も聖騎士と戦闘を」

「ならあの城には少なくとも3人の聖騎士が居たわけだ。コレって多いのかい?」

「多いわね、明らかに。そもそも私達が追っていた理由がそれだもの」


 大通りから細い裏路地へと折れ曲がり、薄暗い道を進む。

 僅かな差だが、陽の光の差さないこの場所にはまだ夜の冷気が残っているようでより一層冷たい空気を切って進むことになる。

 頬から流れて首筋を這う寒さに震えるリットは手を擦り合わせて僅かな抵抗を行う。


「よく分からないんだけど聖騎士ってのはどのくらい地位や権限がある物なんだい?」

「ドラゲンティアは竜を信奉している。〈竜髄〉は竜が転じたもの。聖騎士はそれを持つ事を許された人」


 それだけ聞こえて、リットの背後から声が消えた。

 だが多くを語らずともそれだけで伝わるものもある。


(今まで相対して来た聖騎士は自身が聖騎士である事を誇っていた。それだけ彼らの信仰やアイデンティティに深く根付いた部分に竜という存在があるんだろう……僕には理解出来ないけれど)


 昨日、まさに今会話している相手との戦いで役に立った〈拐乖棍〉は、長く持っていたくないと早々にミライへ渡してしまった。

 ドラゲンティアの人間が見れば卒倒してしまうような冒涜的な行い。

 だからこそミライは魔女や異端者と呼ばれて追われているのだが、正月を楽しみクリスマスも楽しむ日本的な宗教観をしているリットにはイマイチ実感が湧かないのであった。


「聖騎士はドラゲンティアの力や権威の象徴よ。竜騎士の脅威も無視はできないけれど聖騎士が戦場に現れると碌な事にならない……その上、今回のような工作活動まで行われてはね」

「正直な話……僕が倒した聖騎士は苦戦こそしたが倒せはした。もうひとりの聖騎士も人数多ければ何とかなると思うんだよな。聖騎士ってそんなに脅威になるのか?」


 レベル100のリットが苦戦しつつ倒せる聖騎士ユイツー、同格と感じたリーヴ。

 共に脅威ではあるが、昨夜のミスルト側の手傷は正面から数で押せば負うことは無かったのではないかとリットは考える。

 兵の質ではなく戦術の問題であると。


「貴方は純血の鋼の民?〈プレイヤー〉と呼ばれる……」

「ああそうだ」

「ならその強さは私と同等。でもそんな人はそう多くはないのよ。ドラゲンティアも同様にね」


 昨夜見た覚えのある看板を幾つか通り過ぎて、記憶のままにリットは進む。

 酔い潰れて道端で眠りこける男を見つけて顔を窺い、人違いだったと落胆しつつ。


「〈竜髄〉は段々と使用者を蝕み、その力を増す。その完全な力を扱うには使用者自身も強くなくてはならず、深く繋がる事で〈竜髄〉は真に竜禍となる。つまりは〈鋼の民〉が〈竜髄〉に最も適した使い手という事」

「なら素の状態で僕等と同等の聖騎士が居たらとんでもない脅威って事か」

「居たら、ではなく居る。それが何人もね」


 クルスと出会ったあの酒場、ソリチュードアライアンスの前へとやって来たリットは周囲を見回す。

 未だ太陽の光が届かない路地の隅、その影の中に座り込む男の姿。

 槍を抱いたまま眠ってしまったクルスがそこに居た。


「私達は聖騎士に対抗出来る戦力だけれど、それと同時に聖騎士と同等の竜禍となる危険性も同時に孕んでいる。それをゆめゆめ忘れない事ね」

「覚えておくよ……ほらそこの彼だ。そのまま眠ってたんだな……いくらステータス高いからって風邪引かないもんなのか?」


 リットは免疫力とステータスの関連について呟きながらクルスのそばにしゃがみ込み、その肩を軽く揺すって目を覚まさせようとしたものの、返ってくるのはいびきだけ。


「そんなやり方では日が暮れら方が早いわ……起こす時は!こうするものよッ!」

「ちょっ──」


 ウィスタリアの蹴りが空を切る。

 風の唸りと共に尻を蹴飛ばされたクルスの悲鳴と打楽器じみた軽快な音が裏路地に響く。


「だあぁぁ!?」

「うわ……」


 一応加減はしているのだ。

 その上で怪我にならない範疇にぴったり収まるようなパワーで振り抜かれたという状態であっただけで。


「なっ!?何!?はぁ!?」

「おはようクルス。昨日ぶりだね」

「なっ?な、おう。おはようさん……?」


 目を白黒させてリットと顔を見合わせるクルスは痛みと熱を持った尻をさすって立ち上がる。

 座るには痛みの余韻が残って辛い為に。


「荷物を南から運んだって言ってたろ?その話を聞きたいんだ」

「あ?バカかよ言える訳ねぇだろ?傭兵ってのは信頼が命だからよ」

「だか私達はその情報を必要としているの。《《何としてでも》》聞き出したいところね」


 そう言ってウィスタリアは威圧的に踵を打ち鳴らす。

 蹴りはいつでも放てる状態にあり、クルスは尻に感じるプレッシャーに後ずさる。


「お、おおい何だよこの姉ちゃん怖えな……」

「おい……僕は流石にそんな手段で情報を得る事は許容出来ない」

「冗談よ。揺すれば木の実が落ちてくるかと思ったの」


 先程まであった敵意はあっさり消えて、リットの咎める視線を逸らすようにウィスタリアは素知らぬ顔で明後日の方向の何処か遠くを見て誤魔化す。

 確実に暴力を手段のひとつとして使う意思が示されていた事にリットとクルスは肝を冷やしたのだが、ウィスタリアは少し気怠げにしてまるで気にする様子がない。

 

「冗談に聞こえねぇぜ全く……んじゃ帰った帰った!言えねぇもんは言えねぇよ」

「そうか……すまないね」

「あー!ったく、クソッ……」


 眉と肩を下げたリットを見て、クルスは頭を掻く。

 彼はどうにも人情の男だった。


「あー……そこの姉ちゃん、俺は今から消えるがアンタらは歩いていると不特定多数のベロッッベロに酔っ払った性別も体格も分かんねぇ傭兵共に出くわす。酒臭えから道の端に寄って通り過ぎようとしたら話してる内容が──」

「話すなら早くしてちょうだい」

「建前!必要だろこういうのはよ……全く」


 ブツブツと文句を言いながら、クルスは懐からタバコを取り出し火を付ける。

 少なくとも一本吸い終わるまでは話すという言外の意に感謝しつつ、リットは手早く質問をする。


「それで?依頼主については?」

「前も言った通り依頼主は身元を隠していた。だが十中八九貴族だ。荷の中身も秘密と来たらもう、な」

「中身は秘密と。怪しいわね」

「傭兵如きに教える必要なんざねぇから秘密にする事自体はさほど珍しくもないがな」


 それは単純に受ける仕事の質によるものだが、クルスは大して気にしない。

 厄介事とは向こうからやってくるもの、仕事と金と同様に。

 それがクルスの生き方だった。


「とは言っても中身が何だと目当ての情報なんだい?鎧や武器を運ぶ程度でしょぴいてたら話になんないだろ」

「怪しさなら満点だったぜ。中は分からんように布がかけてあったが時折音が聞こえてな、ありゃ亜竜だ」

「まさに私達が探していた情報ね」

「檻に入れて陸路を運ばせたのか?確かに飛んでいたら目立つけど、随分なパワープレイだな」


 小型亜竜とはいえ人が騎乗して問題ない、乗用車ほどの大きさだ。

 それを何匹もとなれば中々に手間が掛かる。


「たまにあんだよなぁ、お貴族様がペットに珍しいもんが欲しくなって何処からか亜竜を調達する事がよ」

「それにしたってアレをペットにか……命知らずだなぁ」

「そしてその愚かさの代償を支払うのは本人ではなく、いいように使い捨てられる弱者……唾棄すべき事よ」


 不快さを隠さずに怒りを滲ませるウィスタリアを見て、クルスはひとつ息を吐く。

 煙を吐き出し、昔の事を思い出す。


「都市連合でもあったよ。自分とこの兵士大勢動かすとバレるから傭兵雇って指揮だけ子飼いにやらせんのさ。終着点には息のかかった連中が待ってて用済みだ!ってんで背後から切られんの」

「それにしては随分とハッキリと見えるし触れるんだな」

「そりゃ生きてるからな。あん時は切り捨てられるって気付けたんでな、ぶちかましてやったのさ!んで、そのほとぼり冷めるまでミスルトまで逃げて来たって訳」


 槍を手に得意げに笑うクルスのその言葉の意味するところはつまり、それ程の事をやってのける貴族の私兵を相手に生き残れる程彼が強いという事。

 自慢するに値する強者であると、少なくともウィスタリアは理解していた。


「それで運んだ場所は?」

「ここからそこそこ離れた森の中だ。ここまで歩きで1日かかったぜ」

「森の中……貴方は亜竜を運ぶなんて知らされずとも、何故そんな怪しい依頼を引き受けたの?」

 

 ウィスタリアの怪訝な視線はそもそもクルスという傭兵に対する疑念によるものだ。

 ウィスタリアは見た目に違わず気質においても上品だと言えた。


「んあ?荷の中身については予想出来ても考えないようにしてるしなぁ……それが亜竜だとしても別に森の中に運ぶのだって違和感はない。ああいうのは大抵人気のないお貴族様の秘密の遊び場に隠すもんだよ。そこで好き勝手に遊びまくるのさ」


 ここでタバコを吸い終わり、地面に転がしブーツで踏み付けたクルスがふと思い付いたようで顔を上げる。


「ところでよ、なんかあったのか?」

「……昨日結構派手に暴れた気がするんだけどな」

「アレに気が付かない程酔うなんて……これだから無頼の傭兵は」


 リットとウィスタリアは寒空の下、呆れて白い息を吐いて苦笑いをした。


絶対に書くタイミングを逃した設定を供養するコーナー!!


ホワイトファングは転移してきたプレイヤーであるプロロが築き上げた北の要衝。

当時まだ王ではなく貴族としてミスルトに迎えられた彼が戦で獲得した領地に「せっかくなら綺麗に整えて作りたいよな、碁盤の目とか蜘蛛の巣みたいな感じで……名前?高い所に白い塔建ってるしホワイトファングでよくないか?」と、都市計画を遺したものが長い時間を掛けて実現したのが現在のホワイトファング。

城砦は彼のクラン本拠地を再現して建てられた。


よろしければ感想、評価、ブックマークなどいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ