間話 【破壊者】の記憶
間話の更新。
これからも章の間に投稿する、主に本編で差し込めなかった設定語り的エピソードとなります。
「だあぁぁぁ!無理だったかぁー!」
「そもそも3人で挑むもんじゃないからね」
【WoS】内、浮遊大陸エリア採掘群島のひとつ、そこにある坑道の前で3人のプレイヤーが声を上げる。
一際大きい声を上げるのは黒い長髪に黒衣の男──ギデオン。
それに対して肩を叩いて慰めの言葉を掛けている茶髪の男がリットだ。
そしてもうひとり扇状的な肌を見せる鎧……と言えるのか怪しい格好の女はユリエ。
「ラストのウェーブがキツ過ぎんのよねぇ」
「処理能力が単純に足りん!」
今日はこの3人、ソリチュードアライアンスの仲間でダンジョン攻略を目指していたのだが。
「ただでさえ人数少ないってのに雑魚処理出来んのアタシだけって負担デカすぎ。問題は野郎ふたりにあんね」
「と言ってもな、俺は中ボス抑えるので精一杯なんだよ」
「あぁこの流れ……僕が何とかすればいいんだろ?」
2人の視線を浴びてリットは項垂れステータスウインドウを開く。
リットのビルドは容易に変化させる事が出来るのだ。
【武王】のスキルによって武器種の制限を受けない為にその都度必要な役割を与えられる事が多いリットは、まさに今日のような少人数攻略で特に役立つ。
1V1を重視した現在のビルドから、対応力を持たせる為にリットは空中をスワイプしてメニュー画面を引き出した。
気に入っていたビルドを崩す事に、リットは少しばかりの残念さを抱きつつ慣れた手つきでクラス画面を開いていると、内心を見透かしたギデオンが呆れ顔を浮かべる。
「そもそも今日の狩りはオマエのリクエストだからな?頼むぜリットくん、ホストとして相応の対応ってモンをよ」
そう、今日はリットのたっての希望によりこのダンジョンが選ばれたのだ。
目当ては鉱石。
リットは新しい剣の為に質の良い素材アイテムを求めており、このダンジョンの踏破報酬にはリットの求める品質と性質を満たす物があった為に、少しばかりの無理をしてまで3人での攻略を目指していた。
「分かってるさ。さーて、何に変えるかなぁ……範囲攻撃だとグレイヴ使うクラスとか?」
「アタシとお揃いの【明星】にしなよ。」
「モーニングスター使うクラスだろ?癖あるから選びたくないんだけど……」
「リットこういう癖あるクラス使わないんだから今こそ使うべきだね」
【明星】はモーニングスターを扱う上級クラス。
地面に叩きつけて衝撃波を放つスキルの雑魚殲滅能力は【WoS】に存在するクラスの中でもトップクラスだ。
とはいえモーニングスターという限定的な武器を対象としたクラスの為に癖がとても強い。
モーニングスター自体が棒の先に鎖で繋げた鉄球を振り回す、という武器であるので当然スキルもその動作を踏襲する。
ある程度鉄球を振り回して溜めを行わなければならないなど、特殊な武器はスキルの発動条件に構え以外のものを要求される事がままあるのだ。
そしてリットはそのようなスキルをあまり好まなかった。
ワンアクションで発動できるスキルを好み、なにより取り回しの良さを重視する。
【武王】のクラスのメリットを最大化し、スキルを回し続ける構成だ。
「おいおい待て待て、それならリットは俺と同じ【断鎧剣士】にすべきだ」
「はーい!せんせー!ギデオンくんが趣旨を無視して自分の好きな単体攻撃クラスオススメしてまーす!」
「あぁクソッ……オススメ心が前のめり過ぎたか……!」
「それで!?どうすんのさリット!?」
「ああごめん【破壊者】にしたよ」
この坑道ダンジョンにはヤドカリが出る。
岩に穴を開けた物を背負ったヤドカリ型モンスターだ。
その家を【破壊者】のスキルで砕いてしまおうと考えての選択。
画面はすでにどのクラスと入れ替えるかを選択する状態へと変わっていた。
「よぉーし!アタシの勝ちィー!」
「なんでだよ!」
「アタシはかつてサブに【破壊者】を入れていた女……」
「過去の栄光に縋るなんてやだねぇ……なぁリット」
「僕に振らないでくれるかな。何と入れ替えるか考えてるんだ」
「どれどれ」
リットの操作する画面を背後から覗き込む2人。
その重さに押し潰されそうになるリット。
これまた、いつもの事だ。
「【喧嘩師】が要らないな」
「んだね。【喧嘩師】あんまし活用出来てないっしょ」
「ボロクソ言うじゃないか、良いだろ【喧嘩師】。鍔迫り合いの途中に前蹴り入れられるんだぞ?しかも【武王】との相性も良い」
【武王】には武器種の制限を無視してスキルを発動出来る、という固有スキルがある。
これは剣で槍のスキルを、格闘武器で槍のスキルを発動出来るというものだが、やはりそれでも限界はあるのだ。
例えばスキルの発動条件として定められた構えやモーションが、現在の武器種ではどうしても無理があるパターン。
握った拳で殴り付けるスキルであるのに剣を握っていては、柄頭で殴り付けるような牽制にはなるが刃を当てなくてはそう大したダメージにはならない。
剣を縦横無尽に振り回すスキルを籠手で発動しようとも、空気を握って振り回すだけのごっこ遊びのような有様になる。
その点でリットが選んだ【喧嘩師】は格闘武器を扱うクラスでありながら剣で発動しやすいスキルが揃っていた。
特にリットが気に入っていたのは通常は脚術武器を装備しなければならない足技を籠手で発動可能なスキル。
ダメージではなく強烈なノックバックを目当てとするそれは、武器の攻撃力が乗らなくとも構わないもの。
そうでなくてはリットは蹴術スキルでダメージを出すのに、足の指で剣を保持しなくてはならないところだ。
武器を当てなくては大したダメージは見込めないのだから。
【WoS】のシステム上、素手とは武器装備無し状態でありそのまま空手とはいかない。
格闘スキルを発動するには格闘武器が必要で、大概の格闘武器は最大2つの装備を両方使う。
リットが好んで使うバスタードソードは両手武器だ。
片手で剣を持ち、もう片方の手に格闘武器を……と、両立する事は不可能なのだ。
更には【WoS】のシステム的に、武器を手にしていない手は無装備状態となり格闘スキルの発動対象外となるのだ。
これは【武王】といえども変える事は叶わない。
なにせ【武王】で変える事が出来るのは武器種の制限。
武器の有無ではない。
つまりは【喧嘩師】の蹴りとは手が武器を握ってさえいればいつでも発動可能なスキルであり、リットのビルドの補助にとても良かった、という話だ。
「確かにボクサーなんて言う割に蹴りをかます所なんてリットにピッタリ!相性抜群よねぇ……」
「心の形にフィットしてるよな。【喧嘩師】」
「君達【喧嘩師】じゃなくて僕の事をボロクソに言ってるな?」
現在のリットのビルドは【武王】を主軸として中級クラスは3つセットした形。
【流転剣士】、【槍騎兵】、そして件の【喧嘩師】の中級3積み型。
このまま【破壊者】を入れるならば3つの内どれかと入れ替えになる為になるのだが。
「ほらほらサッサと決断しちゃいなさいよ!」
「パワーあるクラスを選べ!それに破壊者なんてギデオンとお揃いだぞ!」
2人がかりでリットの腕を掴み【喧嘩師】を入れ替え対象にしようと無理矢理動かして遊んでいるが、そもそもステータスウインドウは他者からの接触時に操作制限が掛かる為に意味はない。
「掴まなくていいって!……はぁ、じゃあ変えるか。秘技もセットし直しだなぁ」
「どれに【喧嘩師】のスキルセットしてたの?」
「"威穿突"」
「あの突進突きか。相変わらずシンプルな名付け方するなぁ」
「ギデオンのはゴテゴテし過ぎてなのよ」
「ロマンがわからないやつだなぁ……なぁリット」
「だから僕に振らないでくれって」
リットの作成する秘技の名前は元のスキル名をそのまま使う。
秘技の名称にはある程度の音数の多さが最低ラインとして定められているのだが、この付け方ならば何も考えずとも大概の場合は問題ない。
そしてこれもまた人によって異なるところではあるのだが、オリジナリティ溢れるネーミングセンスを炸裂させる者とシンプルに纏める者の2パターンにプレイヤーは分類されて……リットは後者、ギデオンは前者だった。
「よし、俺が考えてやろう」
「マジか……『暗黒』と『究極』はNGワードに設定して良い?」
「『覇王』とか『超』も入れときなー」
「おいおい、俺にはこの【WoSお役立ち命名サポートブック】があるんだぞ?ハイセンスな名付けをしてやるよ!」
装備やマウント、船や家など【WoS】には名前を付ける機会というのが中々に多い。
ギデオンが自慢げに見せているこの【WoSお役立ち命名サポートブック】は命名に悩むプレイヤーの為に実装した古今東西の神話、民話、花言葉、言語など様々な情報を集約したアイテムだ。
「で?どのスキル組み合わせるんだ?」
「"ペネトレイト"、"ランスチャージ"、【破壊者】からは……"ラムホーンアタック"」
「前までとそんなに使い勝手変わんなそうね」
「秘技単位ではね。スキル単体で見れば少し悩む」
「なんでよ?【破壊者】なんて重量武器利用クラスの中ではシンプルな方よ?」
「なぁ!少し静かにしてくれ……今、降りてくる……」
2人を黙らせ、ギデオンは開いたサポートブックに手を当て目を閉じ、脳裏で言葉をパズルのように組み立てる。
思考の暗闇の中、次々に現れる言葉を捉え、捨ててゆく。
その中に輝く星の光を見つけて掴み取ったギデオンは目を見開き、不敵に笑う。
「命名──"羅星貫鋩"」
テキストボックスに打ち込んだ文字を得意げに見せたギデオンを前に、リットとユリエは目を見合わせる。
「どう?」
「思ったよりスッキリしてたわ」
「ユリエのお許しも出たしセットするよ。ちょっと待ってて」
「なぁオイ!感想ってものは合格か不合格かを出すもんじゃないだろう!オイ!!」
リットは2人から少し離れて剣を抜き、設定画面を睨みつつ秘技の登録を始め……ギデオンは自身のセンスについて白黒つけようとユリエへと詰め寄った。
これがソリチュードアライアンスの日常。
楽しかった、リットの思い出。




