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2-17 "コントラクトウェポン"


 "コントラクトウェポン"とは【WoS】の中でプレイヤーが能動的に行えるアクションの中でも派手な行動だ。

 武器ごとに定められた特殊なスキルは戦況を変える為の要因のひとつとなる。

 ステータスの向上や特殊な攻撃など、様々な効果が存在するがそれは武器種によっておおよその予測が出来た。


(格闘武器なら"コントラクトウェポン"の効果はステータスの向上か攻撃スキル……だがこれは、どうなんだ?)


 リットには【WoS】に関する深い知識がある。

 だがそれとは全く異なる部分が猛烈に警鐘を鳴らすのだ。

 眼前にあるものは、より大きな脅威だと。


「……"拐引"」


 ユイツーが〈拐乖棍〉を構えてポツリと呟く。

 仮面の内で霧散するような呟きは殆どリットには聞こえなかったのだが。


「我ガ秘奥、トクト味ワウガイイ」


 今度も同じような小さな、草が微風で揺れるような些細な呟き。

 しかしリットはその音を鮮明に聞き取った。


(……?何が──)


 衝撃。

 腹に受けた衝撃でリットはその正体を見る。

 いつの間にか、気が付かぬうちにユイツーが一足の距離に居た。

 

「っぐ!?なにっ……!」

「"乖離"」


 慌てて防御を構えるが、その間に何発も喰らって立て直した時にはユイツーは何メートルも先で立っている。

 彼我の空間には何もない。

 土埃ひとつ舞っておらず、一瞬にして移動したとは思えない静謐さがあった。


「……距離か?対象との距離を縮めて、離す。起こっている事自体はさっきとそう変わらない」


 ただ規模が大きくなっているだけだと、リットは推察し言葉にする。

 実際それは当たっていた。

 〈拐乖棍〉の能力は引き寄せる力と引き離す力。

 それらの能力は"コントラクトウェポン"によって自身を基準に対象との距離を縮め、引き離す力へと拡大した。

 元は竜巻の如く息を吸い、烈風の息吹を放つ2つ首の竜は分たれ、その力をこの〈竜髄〉へと変えている。


「ナラバ試シテミルトイイ……己ノ命ヲ使ッテナ!"拐引"!」


 またもリットは唐突に目の前に現れたユイツー……正確にはユイツーの前に引き込まれたリットは初撃を防ぎきれず、身を捩って痛打となるのを回避する。

 続く攻撃はこの戦いの中で掴んだユイツーの癖を読み、何とか防御を続けて反撃の一撃を放とうとするのだが。


「"乖離"」

「くっ!?距離を離したか!」


 剣は空を切り、ユイツーは剣の間合いの外……かと思いきや剣を振り切って隙を晒したリットの目の前に現れる。


「"拐引"……呼吸ヲ掴ンダノデハナイノカ?」


 確かにただの打ち合いでならリットはユイツーの攻撃を見切る事が出来るだろう。

 しかしユイツーの本領は別にあるのだ。

 ユイツーは〈拐乖棍〉を扱う為だけに育てられた生まれながらの聖騎士。

 戦い方は全て〈拐乖棍〉の前の使い手から叩き込まれ、それに最適化されている。

 基本的には2連寸頸で事足りるのだが、それでも倒せない相手と戦うのならば"コントラクトウェポン"を使用して相手の呼吸を乱す戦い方へと変える。

 これが聖騎士ユイツーの本領、ステータスを見る事の出来ない世界で効率的に作り出された〈拐乖棍〉利用の格闘ビルドだ。


「ヒレ伏セ!竜ノ祝福ノ前ニ!」

「君達は本当それ好きだよな!」


 絶え間なく打ち付ける攻撃の中に反撃の隙を見つけようとも、距離を即座に離されて再び無防備な状態で引き込まれる。

 常にユイツーに有利な状況で戦いは進み、不利を悟るとすぐさま仕切り直す。


 この戦いを支配するユイツーがここまで優位に立ち回れるのはやはり〈竜髄〉の力によるもの。

 竜が生前にその身に宿していた力を持ち、使用者に不老に近い長い生と強靭な肉体を齎すそれはこの世界で最も強力な武器だ。

 さらには〈鋼の民〉がその力を行使する際にも使われる魔力という無形のそれを、〈竜髄〉は使い手に供給する。

 ユイツーは元よりスキルに頼り切らない戦い方をしている為に〈拐乖棍〉の力の行使がそれ程負担にならず、その上で魔力の供給も受けている為に継戦能力が高い。

 本来のプランならば万が一シグルドが現れた際に対処する役割を担っていたユイツーは強敵を相手に長時間かけてジワジワと削る戦い方を得意とし、それに必要な集中力も備えているのだが。


(何故コイツハ、コンナニシブトイ?)


 仮面の下、窺えない表情をジワジワと焦りが蝕んで来ていた。

 それはイレギュラーであるリットの出現に始まり、警戒していたシグルドと同等の強さを持つと気付いた時、そして段々と防がれる攻撃が増えた時に締め付けるような感覚として現れる。


「焦ってるだろ?顔は隠しても動きに出てるよ」

「チッ……〈竜髄〉ニ敵オウナドト!」


 〈拐乖棍〉と打ち合いながら、リットはユイツーの内心を見透かしたかのように呟く。

 この戦闘でリットを1番追い詰めていたのは魔力切れだった。

 "戦神化"に"ブランディッシュ"の使用でで底をついた魔力を回復する時間を稼ぐ事がリットにとっての勝機。

 元よりリットのバトルスタイルとは高めの防御で粘り強く相手が隙を見せるのを待ち、好機と見るなり各種スキルのラッシュを浴びせかけるもの。

 本来なら剣を使う〈クラス〉ではない【破壊者(デバステーター)】や【槍騎兵(キャバルリー)】はステータスにおいてはENDが高くなる。

 それらの〈クラス〉を修めたステータスと見かけの乖離こそリットが、最初に見せるブラフなのだ。


「無駄が無いな。チュートリアルみたいな動きだ」


 引き寄せられ、腹に一撃貰いつつも続く攻撃は剣で受け止める。

 ここに来てリットはユイツーの動きを殆ど見切る事に成功していた。

 ユイツーは確かに強い。

 しかしそれは〈拐乖棍〉を用いた機械的な、極めて精密な技を確実にトレースする技術こそが根幹にあるのだ。

 ステータスは複数の手段でレベル100相当まで上げているが実際はレベル70。

 〈拐乖棍〉を扱う為に無駄のない……逆に言えば拡張性や遊びのないユイツーには同格かそれ以上の相手と戦う際に欠点が露呈するのだ。

 〈竜髄〉だよりのパワープレイが通用しなければユイツーに取れる手は限りなく少ない。

 本来ならば格下に当たる城に入る者の撃退、そして相性の良いシグルドに対する対抗策メタとしての役割のみをこの作戦の立案者はユイツーに与えていた。

 それ以上には不足であると、そう評価を下されていたのだ。

 強者ではあるが巧者ではない。

 それがユイツーだった。


「アアッ!ナンナンダ貴様ハ!」

「知るかよ!名前聞きたい訳じゃないんだろ!」


 それでも〈拐乖棍〉の力に乱される事はあるのだが、復帰にかかる時間は次第に短くなっている。

 リットの反撃の予兆を察知し距離を離したユイツーにも消耗が見られ始めた。


「ハァ……ハァ……」

「やっぱりその仮面邪魔じゃないか?」


 それはリットが攻める事が多くなったから。

 その度に〈拐乖棍〉の力を使えば消耗は加速する。


「おおおおッッ!」


 開けられた距離を自らの脚で縮めたリットのスピードの乗った大上段が振り下ろされ、ユイツーの頭上に剣が迫る。


「クッ……"震脚"」


 防御スキルを使って受け止め、そのまま流れるように攻勢に……出ようとしてユイツーは自らを押し込む上方からの力が弱くなった。


「ナ?──グゥ……ガァッ!?」


 その事に気が付いた次の瞬間には顔面に衝撃を受けてよろめいて、伸びきったリットの腕が目に入る。


「防御力低いな。マイナス効果積んでステータス上げているのか?」


 続くリットの追撃に、堪らず〈拐乖棍〉を使って距離を取ったユイツーにその呟きは聞こえない。

 30レベル分のステータスを補う苦肉の策、それが防御力のマイナスと引き換えにステータスを上昇させる装備の使用だった。

 それ故に格下相手ならば然程問題にはならないが、ユイツーに迫る実力者だと防御力の低さが顕著になる。

 その回避策としての〈拐乖棍〉での仕切り直しだったのだが、リットの予想外の粘りが消耗に繋がり、ユイツーにとって未知の互いに削り合う長期戦へと突入しかけていた。


(この先にも戦闘があるだろう……あまり長く戦いたくはない。もう少し、もう少しで……)


 しかしリットはユイツーを倒した先の事を見ている。

 今もなお火の手が上がり、鐘を打ち鳴らすような戦いの音が城の外まで聞こえてその激しさを物語っていた。

 だからこそ、リットは待つ。

 じっくりと、勝つ為に必要な要素が揃うその時を。

 防ぎきれずに受けた傷に肝を冷やしつつも努めて冷静に。


「ッッ!ハアァァッ!」

「っ!」


 距離を離され、縮められ、自在に間合いを操る力は脅威だ。

 しかし。


(あの〈竜髄〉の力以外は何とかなる!問題は有効打を与えられない事……)


 リットがユイツーの動きを見るように、ユイツーも目ざとくリットの攻撃の予兆を察知している。

 この戦いでユイツーは未だまともに攻撃を受けておらず、その点に関しては極めて高い技量を備えていると言えるだろう。


「チッ……鬱陶シイヤツダ……!」

「君こそ塩試合メーカーだな!そんなんじゃ嫌われるぞ!」

「ペラペラト……!イイ加減ニ……消エロッ!」


 リットの剣撃とユイツーの打撃が交錯する。

 かたや豪剣、かたや柔拳。

 けたたましい衝撃音が響き、それにかき消されるように三言呟かれる。


「"化勁"……!"フェザーダンス"、"縮地"!」

「──ッ!」


 衝撃を受け流しつつ、続けてふたつ発動したのはユイツーの必殺に繋がるスキル。

 音を置き去りにする加速に反応するには既に遅く、リットは腹を括りせめてもの抵抗として腹筋に力を入れて歯を食いしばる。


「"寸勁"ッ!」


 それは最初に放ったものよりは数段劣る一撃だった。

 〈拐乖棍〉の力を解放した今はあの2段寸頸は使えずに一段のみ。

 それでも戦いの中でユイツーの脳内で弾けた戦闘経験がスキルを自前の技量でもってアシストする、という新たな境地へと踏み込んだのだ。

 高速移動の勢いを全身の関節と筋肉を駆動させて打突面へと集中、そしてそこからタイミングを合わせてスキル"寸頸"を発動……

 機械のような精密さで発動タイミングを逃さないそれらは流れるようにリットの体内へ導かれ、爆ぜる。


「くっ……ぐっぅぅ!?」


 体内を反響する波は破壊と不快を齎して、しかしリットは止まらない。

 技を放った直後こそ好機。

 ユイツーの無防備な背中へ向けて剣を振り下ろし──


「ッッオオ!"乖離"!!」


 〈拐乖棍〉の力によって距離を離され剣は地面に突き立てられる。


「はぁ、はぁ……」

「終ワリ、ダ。貴様ハココデ死ヌ……コノ手デ、殺ス!」


 共に疲労が溜まって肩で息をして、静謐な冷たい夜の空気に熱い吐息を吐き出している。

 ユイツーはウンザリとする感情を吐き捨てるように、仮面が震える程に語気を荒げて〈拐乖棍〉を握り締める。

 リットも地面に突き刺した剣を逆手で握り、もたれ掛かるようにして膝をついていた。


(今ノ一撃ハ確実ニ体内デ爆ゼタ!呼吸スラモ全霊ヲ注ガナケレバママナラナイ筈……!)


「コレデ──」


 ユイツーが構え、リットへ向けて〈拐乖棍〉の力を発動しようと意識を研ぎ澄ます。

 今、この瞬間ならば確実に取れると確信して腰を落とす。

 狙い違わず撃ち抜いてやろうと、その意気が拳気となって致命の構えを作り出し、次が最後だと意を決する。


(勝ツノハ聖騎士デアル、コノ私ダ!)


 気温は低く、流した汗から体温が奪われて筋肉が縮こまる。

 膝に触れる石畳の冷たさが服を隔ててなお刺すようで、リットは剣を支えにゆっくりと立ち上がろうと力を込めた。

 リットは立ち上がったそのまま逆手で剣を取り、切先で石畳をなぞって深く息を吸う。

 


「……"拐引"!」

「──"クラッシュブロウ"」


 2人の声が発されたタイミングは同時。

 リットはそれを発した直後に深く腰を落とし、ユイツーの目の前に現れた時には目線がほぼ同じ高さだった。


「ナ──?」


 ユイツーの思わず口をついた疑問の声はリットの顔を見たから。

 真っ直ぐに自分を見据えた……勝利の形を捉えたその瞳の輝きを見てしまったから。


(──違ウ!コレハ攻撃ッ!防御ヲ!)


 もはや防御が間に合う状況ではない。

 リットはこの時を待っていたのだ、この確実にユイツーに近づけるタイミングを。


「ッ──ッッ"ムーンライズ"ッッッ!!」


 逆手に振り上げられた剣が地面に食い込み、石畳を巻き上げて土埃と共に地を走る。

 ガリガリと喧しい音を盛大に立てながら振り切られた剣と石畳の破片がユイツー目掛けて飛翔する。

 半ば無意識、咄嗟に後ろへと踏み切ったユイツーのステップには未だ"フェザーダンス"のバフが乗っていた為に多少早く後退出来たものの、それよりもリットの逆袈裟が速い。


「ッアアァッ!」


 【破壊者(デバステーター)】はその力を表すクラス名ではない。

 そのまま戦い方を示しているのだ。

 "クラッシュブロウ"。

 それが引き寄せられる直前、リットが発動したスキル。

 効果はオブジェクト及び装備へのダメージ上昇、破壊に成功した場合対象を礫弾として射出。


 今回は地面と石畳を打ち上げ技である"ムーンライズ"によって破壊、そのまま刃はユイツーの左腰から右肩までを切り裂く。

 そして近距離から散弾の如く放たれた破片はユイツーの防御をすり抜け──


「ガッ……ア……」


 全身を打ち据える。

 この攻撃には破壊時にオブジェクトへ与えたダメージが多少乗る。

 ただの石とはいえ胴体へまともに喰らえば重要臓器を破壊せしめる。


「カハッ……」


 ユイツーは仰向けに倒れて天を仰ぎ見る。

 しかし痛みと呼吸器系へのダメージで星を見る余裕など微塵もなく、冷たい石畳の上に赤々としたものを流し続けて苦痛に喘ぐ状態ではあるが。


「勝ちを拾ったって感じだな……完璧とは言い難い勝利。でも勝ちは勝ちだ、悪いね……最後に立つのは僕だ」

「ナ、何故マダ立ッテイラレル……?確実ニ頸ヲ撃った筈ダ」

「僕にだって自慢の素晴らしい装備があるんでね」


  リットは痛々しく引き攣った自慢げな顔でベルトに手を置く。

 【WoS】に存在する装備品とは当然武器だけではない。

 防御性能や重さが違う防具に特殊な効果が付与されたアクセサリー……様々な装備が存在し、リットは当然それらに関してもこだわりを持って選択している。

 例えばリットが現在身に付けているこのベルトなどは特に拘った装備品だ。


(〈瀉血のベルト〉の緊急回復……起動条件が被ダメージ量だから検証出来なかったけど機能して本当に良かった……!)


 名を〈瀉血のベルト〉と言い、効果として一定量のダメージを喰らった時にHPを回復するという物。

 規定のダメージ量が多く、重量武器を扱うようなHPの多いクラスでもなければまともに活用する事が出来ない装備だったのだが、リットは【武王(ウェポンマスター)】のクラスによりビルドの自由度が高い為に〈瀉血のベルト〉を有効活用出来るラインまでHPを高めていた。


 この仕込みは世界を超えて今、リットの命を救い勝機へと近づける一助となったのだ。

 こうしてなんとか届かせたただの一振りで、しかし無数の傷を与えてリットは勝利した。

 代償として自らも無数の傷を抱えた辛勝であったが。

 脇腹を抑え、リットはユイツーの元へ歩く。


「勝者の特権だ。これは貰っていくよ」


 そう言ってリットはユイツーの手から〈拐乖棍〉を奪い取る……聖騎士の誉れ、ドラゲンティアの至宝を。

 力はもう殆ど残っておらず、強張った筋肉と関節だけで保持しているようなもので、指を解いてやれば簡単に取ることが出来た。


「ヤ、メロ……ソレハ、私ニ預ケラレタ……」

「大切な物なんだったら仕舞い込んでおけばいいだろ?物なんだから壊れたり失くしたりするだろうに」


 手にした時に心に触れるようなゾワリとする感覚があったが、リットはそれを無視してひと揃いの〈拐乖棍〉をアイテムボックスに入れようとして……すんでのところで抵抗感を感じて首を傾げる。


「ん?……入らないな。くっっ!無理なのか?」


 アイテムボックスの開口部、深い闇を湛えたその奥へと開いた口を境に不可視の壁でもあるようで、〈拐乖棍〉が弾かれて収納出来ない。


「まったく……不便な武器だな」


 やむを得ず、〈拐乖棍〉は纏めてベルトに挟み込み城門へと向かう。


「助けに行こうって僕まで満身創痍になってどうするんだよ……まったく」


 ひとりごちたその呟きを掻き消した冷たい風が、痛みに火照る体によく沁みた。


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